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石橋の風景

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通潤橋 其の2

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通潤橋(つうじゅんきょう)「7月から放水が解禁になり早速撮りました。」

阿蘇外輪山の南西側すそ野、上益城郡山都町(旧矢部町)に、全長79.64m、橋幅6.65m、橋高21.43m(昭和59年3月の通潤橋修理工事報告書より)の堂々とした「通潤橋(つうじゅんきょう)」という、大きな石橋がある。この橋は江戸時代ペリーの来航騒ぎの最中、安政元年(1854)矢部手永(てなが)惣庄屋(そうじょうや)布田保之助(ふたやすのすけ)の企画、石工丈八(じょうはち)達の技術、矢部郷住民の献金と労力奉仕のもとに完成したものである

通潤橋は人を渡す橋ではなく、橋の上に石造パイプを3列並べた通水管を通し、水を渡す水路橋である。水路は水の吹上口が取入口より約6m低くなり、逆サイホンとも呼ばれる連通管によって対岸に水を送る特異な構造になっている。アーチ橋自体の技術史上、また文化史上貴重な遺構、極めて重要な建造物と認められ、昭和35年2月9日に文化財保護法の規定により、国の重要文化財にも指定されている。
『通潤橋HPより』

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馬門橋

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馬門橋

馬門橋(まかどばし)の所在地は、下益城郡砥用町今です。松橋町から国道218号線を東に進み、砥用町へ入ります。豊野村・中央町を過ぎて砥用町に入ると、左側に緑色の「馬門橋」と書いた案内板が立てられています。ここからは畑の中を徒歩で行くことになります。5分ほど農道(旧街道)を進むと、やがて林の中に大きな石橋が現れます。

この橋は文政10年(1827年)に架けられた、単一アーチの石橋です。砥用町の指定文化財になっています。橋の長さ27m、橋の幅3m、高さ9.2mの造りですが、なんともいえない雰囲気が漂っています。まさに石橋の風格があり、険しいがけとうっそうとした木立の中でタイムスリップをしたようです。しばらくここで一人たたずんでいました。橋のすぐ近くには新しい橋の橋脚がそびえ立っています。国道や新しい道は、ひたすら直線の道路を求めています。『馬門橋HPより』

二俣橋 其の3

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熊本県美里町 二俣橋

この橋は矢部砥用方面と松橋方面及び甲佐方面を結ぶ重要道路が交差する場所であり、景観もよく往来する人々の良き休憩場所であったという。
種山村の石工、丈八(後の橋本勘五郎)により架けられた橋である。丈八は国の重要文化財に指定されている通潤橋や霊台橋、東京の皇居の旧二重橋や日本橋、神田橋、万世橋などを架けた人物であり石橋架設の石工としては超有名人です。兄弟も石工として多くの石橋を残している。
種山石工の中でもう一人岩永三五郎という人がおり、この人は最初の水路橋である雄亀滝橋や鹿児島の甲突川五橋を手がけた人である。丈八は岩永三五郎の甥にあたり、石橋架設の技術を丈八は岩永三五郎から教わったものと思われる。この2人が種山石工の中では有名な人である。(二俣橋HPより)

二俣橋 其の2

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熊本県美里町 二俣橋

この橋は矢部砥用方面と松橋方面及び甲佐方面を結ぶ重要道路が交差する場所であり、景観もよく往来する人々の良き休憩場所であったという。
種山村の石工、丈八(後の橋本勘五郎)により架けられた橋である。丈八は国の重要文化財に指定されている通潤橋や霊台橋、東京の皇居の旧二重橋や日本橋、神田橋、万世橋などを架けた人物であり石橋架設の石工としては超有名人です。兄弟も石工として多くの石橋を残している。
種山石工の中でもう一人岩永三五郎という人がおり、この人は最初の水路橋である雄亀滝橋や鹿児島の甲突川五橋を手がけた人である。丈八は岩永三五郎の甥にあたり、石橋架設の技術を丈八は岩永三五郎から教わったものと思われる。この2人が種山石工の中では有名な人である。(二俣橋HPより)

二俣橋

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熊本県美里町 二俣橋

この橋は矢部砥用方面と松橋方面及び甲佐方面を結ぶ重要道路が交差する場所であり、景観もよく往来する人々の良き休憩場所であったという。
種山村の石工、丈八(後の橋本勘五郎)により架けられた橋である。丈八は国の重要文化財に指定されている通潤橋や霊台橋、東京の皇居の旧二重橋や日本橋、神田橋、万世橋などを架けた人物であり石橋架設の石工としては超有名人です。兄弟も石工として多くの石橋を残している。
種山石工の中でもう一人岩永三五郎という人がおり、この人は最初の水路橋である雄亀滝橋や鹿児島の甲突川五橋を手がけた人である。丈八は岩永三五郎の甥にあたり、石橋架設の技術を丈八は岩永三五郎から教わったものと思われる。この2人が種山石工の中では有名な人である。(二俣橋HPより)

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