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宮城に戻りがてら秋田県横手市へ。
何でも、「本多上野介正純公を学ぶ市民の会」の会長さんに会うんだとか 横手城到着。 そう、愛知にある岡崎城をパクっ、、模して作られた「天守閣様式の展望台」なのです。岡崎城を縦に伸ばした感じ。最上階のサッシ窓が残念すぎる。 下は過日訪れた岡崎城。 ひととおり見た後に隣の城跡に、、って、何でバスに乗り込んでるの?どうしても何としても本多正純の墓に連れていきたい様子。こっちは観光で来てるんだからそこは空気読もうよ(-_-#) 渋々、本多正純の連れられ長々と話を聴かされる事に。 今は秋田神社になっています。 佐竹義宣の転封、正純の流罪、幕府軍の進行。なんか、秋田って踏んだり蹴ったりの場所だったような気がして来ました。 |
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吊り天井事件・・・・・もちろん豊臣家が滅んだ後だけに謀反をおこすはずはなく元々は家康公存命中に幕府内における本多家と大久保家の確執があって秀忠に忠義を尽くしてくれてた大久保家が理不尽な扱いをされていたことから秀忠がでっちあげたものではないかと思われます。源 住泰でした。
2017/9/8(金) 午前 11:18 [ japaninstaizu ]
> japaninstaizuさん
ご無沙汰してます。
福島正則を改易したあと、本多正純は徳川家康の遺命と称して、自らを宇都宮城主として15万石とし、宇都宮城主だった奥平忠昌は古河11万石へと移封とした。なんてことをやってるから、周りからも疎まれていたんでしょうね(^^;
2017/9/8(金) 午後 9:54 [ 狗已 ]