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テロリストによる銃撃、手榴弾でムンバイのフォート地区が赤く血に染まった。 死者は125人、負傷者327人。 攻撃を受けたのは、5つ星ホテル、ターミナル駅、病院、有名レストランなど10か所にのぼっている。 インド資本主義の象徴であるタタ・グループの創業者ジャムセトジー・タタが建てたホテル「タージマハルホテル」も攻撃を受け、炎上した=写真右。 テロリストは「デカン・ムジャヒディン」というイスラム過激派のようだ(ムジャヒディンはイスラム過激派の民兵)。 これまでにも、インドでは度々イスラム過激派によるテロ事件は起きている。 特に、経済の中心地であるムンバイで頻発している。 1993年に証券取引所など12カ所が爆破され、250人が死亡。 2006年7月の列車同時爆破テロでは約200人が死亡した。 ITを中心とした経済の中心地でもありながら、その多くはスラム街で、人口の54%、約756万人もいる。 特に、アジア最大のスラム街・ダラビ地区はトタン屋根の住居が立ち並び、衛生状態も治安も悪い。 いまなお、貧困層を中心に50万人以上が暮らしているといわれる。 しかし、スラム街でありながら85%の世帯がテレビを所有し、75%が圧力鍋やミキサーを、56%がガスレンジを、21%が固定電話を持っている。 それは、法律上の土地所有権がないゆえ、住まいに固執する事がなく、まず贅沢品に金を使うからである。 今回発生したフォート地区は、ダラビ地区の真逆で、高級ホテルが点在し、外国人ビジネスマンや観光客も多い。 テロリストはホテルで「イギリス人かアメリカ人か」と尋ねるなど、英米人を狙っている犯行である一方、駅では乗降客を無差別に銃撃している。 イスラム過激派からすれば、「オサマ・ビン・ラディンを捕らえて死刑にする」と息巻くオバマを陥れても仕方がなかろう。 テロリストの一人が、インド国内のイスラム教徒への迫害をやめ、インドの刑務所で拘束されているムジャヒディン全員の釈放を要求した。 この要求をインド政府が呑むとは思えない。 インドはその多くがヒンドゥー教徒であり、イスラム教徒の対立はずっと前からあるからだ。 2006年、インド東部の村を荒らしまわった象に名付けられた名は「ビン・ラディン」だった。 たとえ世界で3番目にイスラム教徒の多いインドであっても、この対立の構図がある限り、イスラム教徒への迫害は終わらない。 なお、世界で1番イスラム教徒が多い国はオバマも子供のころに住んでいたインドネシアである(オバマの父はケニア生まれのイスラム教徒)。
その数、人口2億の9割、1億8000万人。 皮肉にも、インドからインドネシアにイスラム教は伝わったという。 |
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