遍路巡礼21番〜30番

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4月下旬のGWから始めた遍路です。
善楽寺には6月18日に訪れました。


三十番札所 善楽寺

二十九番札所の国分寺から車で約20分ぐらいの所にあります。



善楽寺の歴史・由来

高知城へは約6km、JR高知駅まで約4kmというこの辺り一帯は、往時「神辺郷」といわれ、土佐では最も古くから栄えた地方である。 縁起によると、桓武天皇が在位(781〜806)されていたあとの大同年間に弘法大師がこの地を訪れ、土佐国一ノ宮・総鎮守である高鴨大明神の別当寺として、善楽寺を開創され霊場と定められた。
以来、神仏習合の寺院として法灯の護持につとめ、神仏の信仰を啓蒙して栄えている。とくに土佐2代藩主・山内忠義公のころには武門の庇護をうけて寺は興隆し、繁栄をきわめた。だが、明治新政府による廃仏毀釈の難を受けて寺運は一変し、昭和4年に再興されるまで苦難の日々が続いた。その後、2ヶ寺で納経ができるなど混迷の時期を経て、平成6年1月1日を以って「善楽寺」は第三十番霊場として現在にいたっている。

本堂左隣の大師堂は大正時代の建立。ここの大師像は「厄除け大師」として知られ、厄年にお参りしたり、交通安全などを祈願すると霊験があらたかと伝えられる。また、境内には「子安地蔵堂」があり、弘法大師作といわれるやさしいお顔の地蔵尊が祀られている。難産で苦しんでいる妊婦を、大師が祈祷し安産させたという伝説があり、安産や子宝祈願にご利益があるといわれる。さらに水子供養の祈願にも参詣する人が多い。 
本坊前は開放的な雰囲気が漂う。土佐一ノ宮の別当寺として栄えた古刹である。




駐車場に隣接したお寺でした。

大きな十一面観音菩薩像が目立ちました。

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駐車場には大きな木もあり目立ってました。

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まずは手を清めました。

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本堂です。
こちらでもきちんとお経を唱えました。

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坊主の案内板が綺麗で新品のようでした。

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大師堂です。
こちらでもお経を唱えました。

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このような物が貼られてました。これはボランティアになるのかな?

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修行大師です。

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水子供養堂です。

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フェルト地でてきたかわいい地蔵絵馬(300円)があります。
願いごとを書き込んで奉納したり、そのまま持ち帰ったりできるそうです。

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子安地蔵堂です。

この地蔵は子宝祈願にご利益があるとされています。

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梅見地蔵です。

首から上の病の平癒祈願にご利益があるとされ、全国各地から参拝客が訪れてる
そうです。
私も目がいまいち調子良くないのでしっかり拝んできました。

かつては梅の木の下にあり、その木を仰ぎ見る姿から「梅見地蔵」と呼ばれる
ようになったそうです。梅見地蔵の枕カバー(1000円)も授与されています。

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納経所です
納経所の方は愛想悪かったです

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納経所の中には色んな物が売られてました。

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ご朱印です。

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一言メモ
ここは駐車場と隣接されているのでとても楽でした。
首から上の病気の人はぜひ、梅見地蔵で拝んでみて下さい。





善楽寺の見どころ

梅見地蔵
子安地蔵堂の左。文化13年(1816)の建立。首から上の病や悩みにご利益ありとされる珍しいお地蔵さん。近年では脳の病気、ノイローゼの快癒から合格祈願をする参詣者も多い。
天邪鬼
境内の手水舎の下で石の手水を支えている邪鬼。天邪鬼は毘沙門天像についている鬼の顔がその原形。
本堂
昭和58年に改築。





善楽寺へのアクセス

高知インターチェンジから、高知北環状線を高知市街方面へ向い、県道384号線へ左折。約2km走り、バス停一宮神社前を左折し、突き当たり右手にあります。

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4月下旬のGWから始めた遍路です。
国分寺には6月18日に訪れました。


二十九番札所 国分寺

二十八番札所の大日寺から車で約20分ぐらいの所にあります。



国分寺の歴史・由来

土佐の国分寺といえば、平安中期の歌人、紀貫之(868〜945頃)が浮かんでくる。とくに貫之が著した『土佐日記』は、女性の筆に託して書かれた仮名日記であることはあまりにも有名であるし、貫之が国司として4年間滞在した国府は、国分寺から北東1kmほどの近くで「土佐のまほろば」と呼ばれ、土佐の政治・文化の中心であった。
聖武天皇(在位724〜49)が『金光明最勝王経』を書写して納め、全国68ヶ所に国分寺を建立したのは天平13年のころ。土佐では行基菩薩が開山し、天下の泰平と五穀の豊穣、万民の豊楽をねがう祈願所として開創された。歴代天皇からの尊信が厚く、加護をうけてきた。
縁起によると、弘法大師がこの地を巡錫したのは弘仁6年(815)のころで、毘沙門天像を彫造して奥の院に安置された。その際に本堂で真言八祖に相承される厄除けの「星供の秘法」を修められた。以来、土佐国分寺は「星供の根本道場」となっている。

本尊千手観世音菩薩を祀る国分寺の本堂(金堂)は、長宗我部元親が、永禄元年に再建。柿葺き、寄棟造りで外観は天平様式を伝え、内部の海老紅梁は土佐最古といわれ、室町時代の特色が見られて国の重要文化財に指定されている。また、仁王門は明暦元年(1655)、土佐2代藩主・山内忠義公の寄進で豪壮な二層造りである。1250年余の面影を残す境内地は、全域が国の史蹟に指定され、杉苔が美しい庭園で「土佐の苔寺」ともいわれる。




仁王門です。

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境内に入ってすぐ見える風景です。

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真っ直ぐな一本道なので境内の中はわかりやすかったです。
少し歩くとこんな感じの風景が見えてきます。

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右側にがあります。

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まずはこちらで手を清めました。

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本堂です。
お経を唱えました。

こちらの本堂は屋根は薄い板を重ねた柿葺きになってます。

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大師堂です。
こちらでもお経を唱えました。

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光明殿です。

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酒断地蔵尊です。
禁酒の効果があるとされています。

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開山堂です。

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境内にはしだれ桜が沢山あり春に行くと綺麗か思われます。
春に訪れてみたいです。

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境内のあちこちで紫陽花が咲いていて癒されました

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ここを入ると納経所があります。

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中は綺麗な庭園になっていました。

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句碑や歌碑が所々にありました。

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納経所です。

ご朱印を頂いてる時に途中で人が変わりました

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ご朱印です。

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一言メモ
駐車場の入口が狭いです。
寺を後にしようとしてたら檀家のおじさんに話かけられて20分程足止めされました。
が、とてもよい話をして頂いたので有り難く思いました
でもその檀家のおじさん、何かちよっと時代錯誤な感じがして(恰好とかすべてにおいて)話を聞いてる途中でもしかしたら弘法大師さん?と思ったりしました。
もしそうだったのなら有り難いです。

ご朱印を頂いてる時にいきなり人が変わったのには驚きました
判を押した後のことでした。

駐車場に戻っている時に参拝に来られてた方に仁王門がどこか聞かれて
たしかにわかりにくいかもと思ったりしました。






国分寺の見どころ

国指定文化財
金堂、木造薬師如来立像2、梵鐘。
摩尼
宝珠の意味。
庭園、句碑
本堂を背にして、春は桜、初夏には紫陽花、秋には萩と、心やすまる参道、創建当時の七重塔の心柱をささえた礎石、杉苔の美しい庭園が広がる。また、高浜虚子の五女・高木晴子さん、長男・年尾さん、孫・稲畑汀子さんの句碑などがある。
弥生時代の住居跡
昭和52年の発掘調査で発見。





国分寺へのアクセス

南国インターチェンジから、国道32号線を南国方面へ、道の駅南国の前を左折し、県道45号線に入ります。約1km走り、バス停国分寺通りを右折し約400m走ると右手に見えてきます。

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4月下旬のGWから始めた遍路です。
大日寺には6月18日に訪れました。


二十八番札所 大日寺

二十七番札所の神峯寺から車で約1時間ぐらいの所にあります。



大日寺の歴史・由来

境内は四季折々の花が咲き、巡拝者の目を楽しませてくれる。早春にはサンシュユの花、3月彼岸ごろにはしだれ桜、本坊前のコブシの花、10月中旬から十月桜や万両が咲き誇る。
縁起によると、聖武天皇(在位724〜49)の勅願により、行基菩薩が大日如来の尊像を彫造し、堂宇に安置して開創されたと伝えられる。その後、寺は荒廃したが弘法大師が四国を巡教された弘仁6年(815)、末世の人々の安泰を祈り、楠の大木に爪で薬師如来像を彫られ、これを祀って復興されたという。
以後、隆盛を誇り、七堂伽藍や末寺、脇坊も備わり、17世紀初頭の慶長年間(1596〜1615)からは土佐藩の祈願寺となって、堂塔も整備された。しかし、明治新政府の神仏分離令によって一時は廃寺となったが、本尊は「大日堂」と改称した本堂に安置していたので救われ、明治17年に再興されて現在にいたっている。

行基菩薩作とされる金剛界大日如来坐像は、高さが約146cmの寄せ木造りで、四国では最大級。また、脇仏の聖観世音菩薩立像は智証大師作と伝えられ、これも高さ約172cmと大きく、ともに国の重要文化財に指定されている。また、大師が楠の立木に爪で彫られたという霊木は「爪彫り薬師」と呼ばれ、奥の院とされている。その楠は明治初めの大風で倒れたが、跡地に一堂を建て、霊木として安置している。この霊木は、頭、眼、鼻、耳、顔など首から上の病に霊験があらたかとされている。薬師堂の脇には、土佐名水40選にも選ばれた大師御加持水が湧く。



ここのお寺に行くまでの道が少し狭く、降りてきてた車が道のどこかに引っ掛かり
後ろのバンパーがパコーンという感じで外れてしまいそうになってるのを目撃して
しまいました
車を交わそうと小回りしたのが原因みたいですが事なき得て
何もなかったかのようにその車は立ち去りましたがきっと後ろのバンパーがあれだけ宙に浮いてたので何かの部品は外れてると思います

みなさんも上がっていくところは気をつけて下さい。




駐車場からすぐだったので行きやすかったです。

山門です。

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まずは手を清めました。

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真っ直ぐに進むと本堂があります。


本堂に行く途中でがありました。

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六角堂もありました。

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本堂です。
こちらでもお経を唱えさせていただきました。

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お経を唱え終わったらお孫さんを連れた先達さんが「せっかく中に入れるようになってるのだから靴を脱いで中に入ったらどうですか?」と言って下さったので
お言葉に甘えて靴を脱ぎ本堂の中に入らせていただきました。

写真は撮ってないのですがとても綺麗でそれに何故かひんやりしていて
過ごしやすかったです。

教えて下さったあの時の先達さん、ありがとうございました

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大師堂です。

こちらでもお経を唱えました。

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紫陽花が沢山咲いてました。

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納経所です。

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凄い雰囲気のいい所にある納経所でした。
が、納経所の方(おばさん)は愛想悪かったです

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納経所の隣には休憩スペースがありました。

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中はこんな感じでした。
ちなみに休憩はしていません。写真だけ撮らせて頂きました。

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納経所の近くにも紫陽花が咲いていて綺麗でした

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ご朱印です。

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一言メモ

境内はとても綺麗で感じが良かったです。






大日寺の見どころ


本堂
檜と松を使って平成9年に再建されたが、
釘を使わず木組みだけで造られた。
大師堂
昭和58年に改修。
大師像は土佐2代目藩主・山内忠義公が寄贈。
野市百人衆
武将・長宗我部軍の遺臣たち100人を使って
水田を開拓させた。彼らは土佐郷士の初めとなった。
龍河洞
日本3大鍾乳洞のひとつ。全長4km。






大日寺へのアクセス

南国インターチェンジから、国道32号線・県道45号線を南国方面へ後免町交差点を左折し県道364号線を野市町方面へ向います。龍河洞方面へ向う表示に従い交差点を左折。バス停大日寺前を右折し山道を登ると正面にあります。

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4月下旬のGWから始めた遍路です。
寺には6月11日に訪れました。




二十七番札所 神峯寺

二十六番札所の金剛頂寺から車で約1時間ぐらいの所にあります。


お寺の読み方は「こうのみねじ」と言います。




神峯寺の歴史・由来

神峯山中腹の標高450メートルに山門、境内が広がる。
幕末のころ、三菱財閥を築いた岩崎弥太郎の母が、20km離れた家から急な坂道を21日間(三七日)日参し、息子の出世を祈願した話は、いまも伝わっている。
縁起による歴史の古さは屈指で、神功皇后(在位201〜69)の世に勅命で天照大神などを祀る神社が起源とされる。聖武天皇(在位724〜49)の勅をうけた行基菩薩が天平2年に十一面観音像を彫造して本尊とし、神仏合祀を行った。その後、弘法大師が伽藍を建立し、「観音堂」と名付けたのが大同4年(809)のころとされている。

明治初期、新政府の神仏分離令により、天照大神などを祀る神峯神社だけが残り、本尊は二十六番金剛頂寺に預けて一時廃寺の悲運に遭った。明治中期に、もと僧坊の跡に堂舎を建立して本尊を帰還させ、霊場は復活した。だが寺格がないため、大正元年、茨城県稲敷郡朝日村の地蔵院を移して認可を得るなど、苦難の道を歩んで今日にいたっている。 
昭和30年代、愛知県の水谷繁治さんの妻しづさんが「脊髄カリエス」で大学病院にも見放されたが、夫婦はこの峰で霊験を得て奇跡的に全治したという実例がある。





ここの駐車場に行くまでの道のりが結構、道が狭かったです。
大きな車は無理だと思います。
バスが通れない道なので団体の方はハイエースなどの箱バンに乗り換えて
来ていました。

駐車場から歩いて行きます。

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駐車場の上に土産物と食べる所のお店がありました。

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駐車場から上へ歩いている時に綺麗なつつじがあ思わずパチリ

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結構、歩いた記憶があります。
ここを見た時にも近いのかな?と思ったのですが違ってました

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仁王門です。

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仁王門をくぐり更に歩いて行きます。

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到着した!と思ったら違ってました

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土佐の名水 神峯の水です。

高知県の名水の一つです。
危篤状態の女性の夢に弘法大師が現れ、湧水を飲ませてくれたおかげで、
女性は一命をとりとめた。その夢に出てきた場所が神峯寺だったと言い伝えから、
病気平癒に霊験あらたかとされているそうです。

ちなみに私は飲みませんでした

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さて、これからまだ上を目指して歩きます。

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まだまだ上がります。

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階段を上がりながら見た不動明王像です。

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やっと上に到着!

みちびき弘法大師さまが迎えてくれました。

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本堂です。

しっかりお経を唱えました。

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経堂です。

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こちらには仏足跡がありました。
この仏足跡を合掌し、礼拝した手で身体の悪い箇所を撫でると罪障を滅ぼし
諸願を成就するといわれていということなので
私と家族は撫でまくりました。

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大師堂までは少し歩かないといけません。

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こちらにもお迎え大師さまがいました。

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大師堂です。
こちらでもきちんとお経を唱えました。

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大師堂の横にはこういった物が掲げられてました。

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少し休んでから納経所まで行きました。
納経所は下にあります。

納経所です。
納経所の方は愛想悪かったです

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ご朱印です。

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ご朱印を頂いてからトイレに行ったのですが・・・
トイレの横にはうすさま明王がいました。

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上がる時には余裕もなく周りをまないままだったのですが
帰りにはこういうものがあることに気づきました。

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紫陽花も少し残ってました。花を見ると癒されますね

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一言メモ

駐車場は有料です。
階段と坂が多くかなり疲れました 
覚悟して行って下さい





神峯寺の見どころ

石段沿いの景観
石段の両側には樹齢数百年の古木と、美しく整備された日本庭園が四季折々の花を咲かせる。梅の季節にはウグイスの風流なさえずりを楽しめる。
石清水
鐘楼の裏手に湧く石清水。病気平癒に霊験あらたかであるという伝えがあり、遍路さんの喉を潤す。






神峯寺へのアクセス

  • 南国インターチェンジから、室戸を目指す方向で国道32号線・国道55号線と走り、安田町東谷の出光石油GS前を左折。約1km道なりに走った後左折、約3km道なりに走ると正面にあります。
 
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4月下旬のGWから始めた遍路です。
寺には6月11日に訪れました。




二十六番札所 金剛頂寺

二十四番札所の津照寺から車で約15分ぐらいの所にあります。


お寺の読み方は「こんごうちょうじ」と言います。




金剛頂寺の歴史・由来

室戸岬から海岸沿いに西北に向かうと、土佐湾につき出した小さな岬がある。硯が産出するので硯が浦ともいわれる「行当岬」である。その岬の頂上、原始林の椎に覆われて静寂さがただよう境内が金剛頂寺であり、室戸三山の一寺院として「西寺」の通称でも親しまれている。朱印も「西寺」と捺される。当寺から4kmのところに女人堂と呼ばれる不動堂がある。若き弘法大師はこの間を毎日行き来し修行した霊地であり、行道したことから、「行当」はその名残かもしれない。縁起によると、大師が平城天皇(在位806〜9)の勅願により、本尊の薬師如来像を彫造して寺を創建したのは大同2年と伝えられている。創建のころは「金剛定寺」といわれ、女人禁制とされて、婦女子は行当岬の不動堂から遙拝していたという。

次の嵯峨天皇(在位809〜23)が「金剛頂寺」とした勅額を奉納されたことから、現在の寺名に改め、さらに次の淳和天皇(在位823〜33)も勅願所として尊信し、住職は第十世まで勅命によって選ばれており、以後、16世のころまで全盛を誇った。
室町時代に堂宇を罹災したこともあったが復興ははやく、長宗我部元親の寺領寄進や、江戸時代には土佐藩主の祈願所として諸堂が整備されている。昭和になって注目されるのは正倉院様式の宝物殿「霊宝殿」の建立である。平安時代に大師が各地を旅したときの「金銅旅壇具」は、わが国唯一の遺品であり、重要文化財が数多く収蔵されている。



駐車場から歩いて行きます。

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階段を上がります。 
また階段だ〜と思わず言ってしまった私
すっかり階段恐怖症になってしまいました。

この階段は厄坂だそうです。

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仁王門です。

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到着し、まずは手を清めます。

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お大師様が迎えてくれてます。


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本堂です。
立派な大きな本堂でした。

しっかりとお経を唱えました。

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大師堂です。
こちらでもきちんとお経を唱えました。

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境内を一周してみました。

霊宝殿です。

多くの文化財が収蔵されており、事前に連絡すれば見学することもできるそうです。

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がん封じの椿御霊木

「一粒万倍の釜」の近くに生えていた幹がコブに覆われたツバキは「がん封じの椿」と呼ばれ、枯れた後も幹が祀られており、病気平癒を願う人々の参拝が
絶えないそうです。


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一粒万倍の釜 

大師堂の横にある赤さびた釜は、「一粒万倍の釜」と呼ばれ、弘法大師が
三合三勺の米を入れて炊いたところ、万倍にも増え、飢えた人々を救ったという
伝説をもつそうです。

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中の写真を撮るとお金が入ってた。
家族と何だろ?と言いながら興味深く見てたら、見知らぬ女性が大声で何か
こちらに向かって話してくるので「?」と思ってたらやってきてくれて
「私は先達をしてるので詳しいのですが、この釜に1円を入れて入ってる5円を
持ち帰り財布の中に入れてたらお金が万倍になって返ってくるのでぜひ、5円玉を
もって帰りなさい。ずっとあなたがたと同じようにお寺をまわっていてあなたがた見てましたょ」と笑顔で言ってくれて何か嬉しくなりお礼を言い言われたように5円玉を持ち帰りました。

あの時の先達さん、教えてくれてありがとうございました
ここからしばらくは本当に金運が良かったです。
でも最近は・・・    

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納経所です。
納経所の方は愛想悪かったです

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ご朱印です。

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一言メモ

ここは駐車場200円かかります。(普通車の場合)
上まで上がって行く道が狭いです。

「一粒万倍の釜」で頂いてきたお金をずっと財布に入れてるのですが
これからきっとお金が万倍になるのかなと期待しています




金剛頂寺の見どころ

霊宝殿
収蔵する木造阿弥陀如来坐像、板彫真言八祖像、銅造観音菩薩立像、金銅密教法具、金銅旅壇具、銅鐘、金剛頂経などはすべて国指定重要文化財。
奴草
境内に自生する天然記念物。
鯨供養塔
鯨の供養塔があり、別名「クジラ寺」ともいわれる。

一粒万倍の釜
大師が炊いた米が一万倍に増え、人々を飢えから救ったという。






金剛頂寺へのアクセス


南国インターチェンジから、室戸を目指す方向で国道32号線・国道55号線と走り、室戸市のバス停元橋のところで左折、道なりに約2km走ると右手にあります。

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