遍路巡礼31番〜40番

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

4月下旬のGWから始めた遍路です。
観自在寺には7月2日に訪れました。


いよいよここから愛媛県での巡礼です。


四十番札所 観自在寺

お寺の読み方は「かんじざいじ」と言います。

三十九番札所の延光から車で約40分ぐらいの所にあります。



観自在寺の歴史・由来

愛媛県は「菩提の道場」。その最初の霊場で、一番霊山寺からもっとも遠くにあり、「四国霊場の裏関所」とも呼ばれる。寺があるこの町は、美しいリアス式海岸の宇和海に面した最南端で、海洋レジャーの基地、真珠の生産地としても知られる足摺宇和海国立公園の景観を存分に楽しむことができる。
縁起をひも解くと、弘法大師が大同2年に平城天皇(在位806〜09)の勅命を受けてこの地を訪れ、1本の霊木から本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来、十一面観音菩薩の三尊像を彫造して安置し、開創したとされている。このとき、残った霊木に「南無阿弥陀仏」と6字の名号を彫り、舟形の宝判を造って庶民の病根を除く祈願をなされた。

平城天皇はまた、勅額「平城山」を下賜し、次の嵯峨天皇(在位809〜23)とともに親しく行幸され、御朱印を下されて『一切経』と『大般若経』を奉納し、毎年勅使を遣わして護摩供の秘法を修された。こうしたことから、この地方を「御荘」と称し、また勅額の山号に因んで「平城」とも呼ぶようになっている。
寛永15年(1638)、京都・大覚寺の空性法親王が四国巡拝の折に宿泊され、「薬師院」の院号を授かっている。このころは七堂伽藍がそびえ、末寺48坊、寺領二千数百石という隆盛を誇っていたという。だが、火災によりすべての堂塔を焼失、その後は宇和島藩主・伊達家の祈願所として旧観の回復につとめ、法灯を守っている。




ここに到着したのが夕方の16時を過ぎていたので急ぎました。


仁王門です。

イメージ 1







イメージ 2









境内に入ってすぐの景色です。

イメージ 3








入って左側に宿坊がありました。

イメージ 14










まずは手を清めました。

イメージ 4









です。

巡礼をしててよく見かけた光景なのですが、かなりの確率でほとんどの方が
来た時に鐘を鳴らさず帰りに鳴らしてるんですよね
帰りに鐘を鳴らしてはいけないと言うの知らないのかな?
もし、鳴らした場合はもう一度、参拝してから帰るようにということですが
みなさん鐘を鳴らしたら満足した顔で帰ってます
やばいですね

ちなみに私は鐘を鳴らしたのは結願寺の大窪寺だけでした。

イメージ 5










本堂に向かいました。

イメージ 6








イメージ 7










本堂です。
ここしっかりお経を唱えました。

イメージ 8







イメージ 9










大師堂です。
こちらでもお経を唱えました。

イメージ 10









おびんつるさまです。
ここでも撫でてきました。

イメージ 11









金剛枡があったので触ってきましたが、今度行った時はちゃんと撫でてきます。

イメージ 12







独鈷杵です。
身体をさすりその後に独鈷をさすりました。

イメージ 13










境内を散策しました。

宝架殿八角堂です。

イメージ 17









栄かえるです。
仁王門から本堂に向かう途中に、愛嬌のある姿をした3匹のかえるの石像
「栄かえる」があります。
願いを込めてこれを撫でると、「親子孫と三かえる」「お金がかえる」「福がかえる」
「病気が引かえる」などのご利益があるといわれています。

願いを込めてしっかりと撫でてきました

イメージ 15









八体仏十二支守り本尊です。
水をかけて願いを成就させるとのことで水をかけてきました。

イメージ 16








イメージ 18










イメージ 20









イメージ 19








まだ少しだけ紫陽花も咲いてました。

イメージ 21










ご朱印です。
ここは納経所が本堂の中にあります。
ご朱印をもらおうと思ったら書いてくれる人がどこかに行っていなくなり
5分以上待ちました  男性が書いてくれました。対応も良くなかったです。

イメージ 24









おまけ

駐車場の近くにこんなお店もありました。

イメージ 22








おまけ2

駐車場にどなたかが忘れてたスニーカーがありました。
靴の持ち主が気づいて取りにかえってきてたらいいのですが・・・

イメージ 23








一言メモ
中は広く綺麗なお寺でした。願いが叶うという見所もあり私は好きなお寺です






観自在寺の見どころ

本尊と脇侍
2度の災難を奇跡的に逃れ、本堂に安置されている。
「南無阿弥陀仏」の名号宝判
晒し木綿の布に刷り写した御守。厄除けや安産、病気平癒に霊験あらたかといわれる。
本堂
昭和39年、全国の信徒の浄財だけで再建。
大師堂
平成5年、総檜の宝形造りで、回廊では四国八十八ヶ所のお砂踏ができる。







観自在寺へのアクセス

JR宇和島駅から国道56号線を高知県室戸市方面へ。御荘町のホテルサンパールを過ぎ、2つ目の信号を左へ。

イメージ 25












4月下旬のGWから始めた遍路です。
延光寺には7月2日に訪れました。


三十九番札所 延光寺

お寺の読み方は「えんこうじ」と言います。

三十八番札所の金剛福から車で約2時間ぐらいの所にあります。




延光寺の歴史・由来

土佐路の西南端、「修行の道場」最後の霊場である。
現在の山号、寺名の由来にかかわる竜宮城の縁起からひも解こう。時代は平安中期、延喜11年(911)のころ、竜宮に棲んでいた赤亀が背中に銅の梵鐘を背負ってきたという。僧たちは早速これを寺に奉納して、これまでの山号、寺名を「赤亀山延光寺」に改めた。この梵鐘には、「延喜十一年正月…」の銘が刻まれ、総高33.6cm、口径23cmの小柄な鐘で、明治のはじめ高知県議会の開会と閉会の合図に打ち鳴らされていたともいわれ、国の重要文化財に指定されている。

縁起を寺の起源にもどそう。神亀元年に行基菩薩が聖武天皇(在位724〜49)の勅命を受けて、安産、厄除けを祈願して薬師如来像を彫造、これを本尊として本坊のほか十二坊を建立したのが開創とされている。当時は、薬師如来の瑞相にちなんで亀鶴山と称し、院号は施薬院、寺名を宝光寺と呼び、また、本尊の胎内には行基菩薩が感得したという仏舎利を秘蔵したと伝えられている。
弘法大師がこの寺を訪ねたのは延暦年間(782〜805)で、桓武天皇(在位781〜806)の勅願所として再興、日光・月光菩薩像を安置して、七堂伽藍を整えた。このとき大師が錫杖で地面を突いて湧き出た霊水が、今日に伝わる「眼洗い井戸」である。





高知県最後のお寺です。


仁王門です。

イメージ 1






片一方しか写真撮ってなかった

色鮮やかな仁王さんでした。

イメージ 2










境内に入ってすぐの景色です。
中は広いそうだなというのが最初の印象でした。
でも実際に行くとそうでもなかったかもです

イメージ 3









修行大師が迎えてくれます。

イメージ 4











まずは手を清めます。

イメージ 5








存在感がありました。

イメージ 6










まずは本堂に向かいました。
ここでもしっかりとお経を唱えました。

イメージ 7











大師堂です。
この写真はお経を唱えた後で撮影したのですが、ここでハプニング
左前にいる山伏の方が私がお経を唱えてる所の斜め後ろに来て
思いっきり法螺貝を吹いたので思わず「うわっ」って言ってしまいました。
さすがに耳に近い所で法螺貝を吹かれるときつかったです

でも山伏の方はそんなのおかまえなしで法螺貝を吹き続けました

イメージ 8







この方です。
人がいないような所に移動して吹いてもらいたかったです。

イメージ 9










ここにもおびんつるさまがいましたので撫でてきました。
かなり古い感じでした。

イメージ 10









境内を散策しました。

梵鐘です。
亀の背に乗っているのは「延喜十一年」の鉛が刻まれた梵鐘です。
実物は寺宝として大切に保管されており、国の重要文化財だそうです。
赤亀が竜宮城から持ち帰ったとされ、「赤亀山」という山号の由来にもなっているそうです。この梵鐘は明治時代に県議会の開会・閉会の合図に使用するため、
高知県庁に出張していたというエピソードもあるそうです。

イメージ 11










眼洗いの井戸 です。
眼が調子悪い私は凄く興味を持ってました。

境内の片隅にある眼洗いの井戸は、弘法大師さまが水不足に困っていた
住民のために、杖で地面を突いて湧き出されたという霊水だそうです。
眼病らご利益があるとされ、「宝医水」と名付けられているそうです。
祈願するために、実際にこの水で眼を洗う参拝者がいるので、賽銭などを井戸に
入れるのは控えてもらいたいとのことです。


で、私も目を洗いたかったのですが・・・
中に苔とか生えていたりゴミが浮いてたりと衛生的にどうかと思い
洗うふりをしただけにしました。
後で知ったのですが・・・  目の周りだけを浸したらいいようですね。
次に行った時にそうします

イメージ 12










イメージ 13










イメージ 14











境内散策も終えて納経所に行きました。
何人かの方が待ってる状態でしたが5分程でご朱印を頂けました。
対応してくれた方は普通でした。

イメージ 15







イメージ 16









ご朱印です。

イメージ 17








一言メモ
可もなく不可もなくというお寺でした。
山伏さん・・・  この後も行く先でよく見かけることになりました。
そこらじゅうで法螺貝吹きまくってました(笑)

眼洗いの井戸は水が綺麗じゃなかったのが残念でした






おまけ

仁王門の前に小さい小屋があり何かと思って覗いてみたらお菓子やろうそくや
線香などが売られてました。


イメージ 18







イメージ 19








駐車場には綺麗な花が咲いてました

イメージ 20









延光寺の見どころ

眼洗い井戸
本堂の右手。大師は「宝医水」と名づけ、眼病にも効くとされ、眼の周りを浸している遍路さんが多い。
延宝8年(1680)建立の石碑
江戸前期。36度の四国遍路をした高林玄秀の石碑。
大赤亀の石像
竜宮城伝説を象徴しており、赤い大きな亀が背中に鐘を乗せた姿をしている。仁王門をくぐった右手にある。






延光寺へのアクセス

土佐くろしお鉄道宿毛駅から、中村市街を目指す方向で国道56号線を走り、バス停寺山口のところを左折。そのまま約1km直進し、正面にあります。

イメージ 21



























金剛福寺には7月2日に訪れました。


三十八番札所 金剛福寺

お寺の読み方は「こんごうふくじ」と言います。

三十七番札所の岩本から車で約2時間半ぐらいの所にあります。



前回の続きです。

境内に入った途端、絵葉書のような風景だったので写真を沢山撮りました

イメージ 1









イメージ 2









イメージ 3










イメージ 4










イメージ 5










イメージ 6










イメージ 7










イメージ 8










イメージ 9










イメージ 10









おびんつるさまもいました。

イメージ 11









金剛枡もありました。

イメージ 12










イメージ 14










イメージ 13






金剛福寺の境内はと綺麗なので私は大好きなお寺です。
又、逆打ちで訪れるのを楽しみにしています






4月下旬のGWから始めた遍路です。
金剛福寺には7月2日に訪れました。


三十八番札所 金剛福寺

お寺の読み方は「こんごうふくじ」と言います。

三十七番札所の岩本から車で約2時間半ぐらいの所にあります。




金剛福寺の歴史・由来

四国の最南端、国立公園の足摺岬を見下ろす丘の中腹にあり、境内は120,000平方メートルを誇る大道場。弘法大師はその岬突端に広がる太平洋の大海原に観世音菩薩の理想の聖地・補陀落の世界を感得した。ときの嵯峨天皇(在位809〜23)に奏上、勅願により伽藍を建立、開創したと伝えられる。弘仁13年、大師49歳のころといわれる。
岬は、濃緑の樹海と白亜の灯台、それに断崖に砕ける波涛、観世音さんの浄土を連想させ、自然の大庭園に圧倒させられるのだが、ここにたどり着く遍路の旅もまた壮絶を極める。前の三十七番札所から80余km、いまは車で約2時間余、歩いたら約30時間、3泊4日はかかり、四国霊場の札所間では最長距離で、まさに「修行の道場」である。

縁起の仔細をみると、大師は伽藍を建立したときに三面千手観音像を彫造して安置し、「金剛福寺」と名づけられた。「金剛」は、大師が唐から帰朝する際、日本に向けて五鈷杵を投げたとされ、別名、金剛杵ともいう。また、「福」は『観音経』の「福聚海無量」に由来している。歴代天皇の勅願所となっていたが、武将からも尊崇された。とくに源氏一門の帰依が厚く、源満仲は多宝塔を建て、その子・頼光は諸堂の修復に寄与している。
戦国時代以降、海の彼方にある常世の国・補陀落浄土を信仰して、1人で小舟を漕ぎ出す「補陀落渡海」が盛んだったことや、一条氏、山内藩主の支えで寺運は隆盛した。
大師因縁の「足摺七不思議」といわれる遺跡が、岬の突端をめぐるように点在している。




駐車場から歩いて3分ぐらいで到着します。

イメージ 1









仁王門です。

イメージ 2










まずは手を清めます。

イメージ 3










大きな亀がいました。
亀の頭を撫でると幸運訪れるとのことでしたので丁寧に撫でてきました。

イメージ 4










本堂に向かいます。

イメージ 5










本堂です。
こちらでもしっかりお経を唱えました。

イメージ 6







イメージ 7






イメージ 8











大師堂です。
こちらでもお経を唱えました。

イメージ 9






イメージ 10







イメージ 11







金剛枡です。
触っただけだったので今度行った時は撫でてきます。

イメージ 12










愛染堂です。

イメージ 13










権現堂です。

イメージ 14










不動堂です。

イメージ 15







イメージ 16










多宝塔です。

イメージ 17









イメージ 18










納経所です。

男性の方が対応してくれました。
道の地図を見てたら詳しく教えてくれました。
凄いぶっきらぼうな感じのいい方でしたが照れ隠しなのかな?
嫌な気持ちにはなりませんでした。
ありがたいです

イメージ 19






イメージ 20








ご朱印です。

イメージ 21







一言メモ

境内の中に入った途端に景色が凄く綺麗で絵葉書のようだなと思いました
写真を沢山撮ったので明日、続きをUPします。







金剛福寺の見どころ

本尊・三面千手観音立像
本面の左右に脇面が付き、高さ約1.6mの檜材寄せ木造り。県の保護有形文化財。
真念庵
金剛福寺への遍路道の途中、土佐清水市に遺る遍路宿で、真念が江戸時代に建てた。
嵯峨天皇宸筆の扁額
「補陀洛東門」と彫られた木額。嵯峨天皇は弘法大師、橘逸勢とともに平安初期の能筆家「三筆」の1人。






金剛福寺へのアクセス

土佐くろしお鉄道中村駅から、足摺岬を目指す方向で国道56号線・国道321号線を走り、土佐清水市以布利で県道27号線に左折。そのまま直進し、右手にあります。

イメージ 22































































4月下旬のGWから始めた遍路です。
岩本寺には6月26日に訪れました。


三十七番札所 岩本寺

お寺の読み方は「いわもとじ」と言います。

三十六番札所の青龍から車で約1時間半ぐらいの所にあります。




岩本寺の歴史・由来

清流四万十川が流れ、標高が300m程の高南台地が広がる四万十町に、五尊の本尊を祀る岩本寺は建立されている。歴史は天平の世まで遡る。寺伝によれば、聖武天皇の勅を奉じた行基菩薩が、七難即滅、七福即生を祈念して、現在地より北西約3kmの付近にある仁井田明神の傍に建立したと伝えられる末寺七ヶ寺をもつ福圓満寺が前身とされる。仁井田明神の別当職(別当寺)であったことから、仁井田寺とも呼ばれていた。弘法大師がこの寺を訪ねたのは弘仁年間。大師は一社に祀られていた仁井田明神のご神体を五つの社に別け、それぞれの社に不動明王像、観音菩薩像、阿弥陀如来像、薬師如来像、地蔵菩薩像を本地仏として安置した。大師は、さらに末寺五ヶ寺を建立された。このことから、福圓満寺等は七ヶ寺と合わせて十二福寺、また仁井田明神は仁井田五社と呼ばれていた。

天正時代に兵火等で寺社共に一時衰退してしまう。再建の際に、この地域の全ての神社を管掌下においていた岩本寺(当時は岩本坊)に、寺の法灯並びに別当職は遷され、継承される。戦国・江戸時代には武将や藩主等から寺領等の寄進を受け、神仏習合の札所として隆盛を誇っていた。明治になると神仏分離の政策で仁井田五社と分離され、五尊の本地仏と札所が岩本寺に統一され、それに伴う廃仏毀釈の法難に遭い、寺領地の大半を失ってしまう。再建には苦難の道が続いたのであるが、少しずつ伽藍を整備し現在に至っている。





駐車場から降りるとすぐにこの景色が目に入ります。

イメージ 1










まっすぐ歩くとすぐに仁王門に到着します。

イメージ 2






イメージ 3







イメージ 4        イメージ 5























まずは手を清めます。

イメージ 6

























修行大師像です。

イメージ 7










です。

イメージ 13










本堂です。
こちらでもしっかりお経を唱えました。

イメージ 8







本堂の中に入ってみました。

イメージ 9








金剛枡がありました。撫でるんじゃなく触ってきました。
今度はちゃんと撫でてきます。

イメージ 10









ここは天井絵が有名で575枚あり、県展出品者からアマチュアまで約400人が
参加して奉納したもの。洋画、日本画、水彩画、水墨画、ちちぎり絵と種類も色々あります。仏様やマリリン・モンローなどテーマも多彩で、見ていて飽きません。

暫く私も見入ってました。

イメージ 11






イメージ 12










大師堂です。

イメージ 14






イメージ 15






こちらにも金剛枡がありました。

イメージ 16





もちろん、触ってきました。今度は撫でてきます。

イメージ 17










この建物は何だったのか忘れました

イメージ 23









イメージ 18











歓喜堂です。
平成8年に落成した建物。
木造でありながら円形という珍しい造りとなってます。
本尊は大聖歓喜自在天で、歓喜天や聖天といった名でも知られています。
商売繁盛、夫婦円満、子授け祈願、病悩祈願などにご利益があるといわれています。頭は象、体は人間の形をしています。

イメージ 19











イメージ 20








イメージ 22









こちらのお寺は全体的に五色旗がありカラフルでい感じでした

イメージ 21









花はほとんどなかったです。

イメージ 28










こちらの建物は売店もありトイレも中にあります。
宿坊があるお寺なのでもしかしたらここが宿坊の入り口だったりするのかな?

イメージ 24






中はこんな感じです。
奥がトイレになってました。トイレも使わせてもらったけどとても綺麗でした。

売店で、散華を入れる額縁を購入したのですが(ここの額縁が安かったです)
売店のおばさんが「今、特別に拝観できる物があるので見て行きなさい」と言って
くれたので奥に入り見せて頂きました。

残念ながら写真撮影は禁止でした。
とてもいい物を見せてもらいました

イメージ 25










納経所です。
女性の方に書いてもらいました。対応もよくとてもいい感じの方でした

イメージ 26






駐車場が有料と書いてたので「駐車場代です」と言って渡すと驚いたような顔をして
「ありがとうございます」と言われこんなかわいいステッカーを頂きました。

ちなみにみなさん払ってないような感じでした。

ステッカーは大事に保管しています。

イメージ 27








ご朱印です。

イメージ 29






一言メモ
ここのお寺は五色旗が沢山あり花が少ない分、五色旗の鮮やかな色が綺麗で
いい感じでした。
こじんまりとしたお寺ですが、綺麗にされていてとてもいい気持ちになりました。
個人的には大好きなお寺です
今度行った時にはゆっくりしたいと思いました。







岩本寺の見どころ
大師堂
200年ほど前の建造物で、境内では最も古い。
本堂内陣の格天井画
昭和53年に新築の際、全国から公募した花鳥風月から人間曼荼羅まで、575枚の絵が天井を彩る。






岩本寺へのアクセス

JR窪川駅からは、駅出口を左に。国道381号線を目指す方向で直進。国道を越え、つきあたりを右折。約120m走ると左手にあります。 36番札所からは、国道56号線を四万十市方面へ。窪川トンネルを抜けて古市町交差点を右折。直進して、二つ目の信号を左折。つきあたりを右折。約120m先左側にあります。

イメージ 30







全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
ねこさん
ねこさん
女性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事