遍路巡礼51番〜60番

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4月下旬のGWから始めた遍路です。

横峰寺には7月16日に訪れました。





六十番札所 横峰寺

お寺の読み方は「よこみねじと言います。


五十九番札所 国分寺から車で約1時間10分ぐらいの所にあります。



横峰寺の歴史・由来

西日本の最高峰・石鎚山(標高1982m)は、山岳信仰の霊地であり、修験道の道場でもある。弘法大師・空海が24歳の若いときの著書『三教指帰』の中で「或時は石峯に跨って粮を絶ち(断食)轗軻(苦行練行)たり」と、この山で修行した様子を記している。境内は山の北側中腹(750m)にある。四国霊場のうちでは3番目の高地にあり、「遍路ころがし」の最難所であった。昭和59年に林道が完成して、現在は境内から500m離れた林道の駐車場まで車で行き参拝できる。ただし、冬期は12月下旬から2月いっぱい不通となる。大型バスは通行が不可である。
縁起によると、白雉2年、役行者が石鎚山の星ヶ森で修行をしていると、山頂付近に蔵王権現が現れたという。その姿を石楠花の木に彫り、小堂を建てて安置したのが創建とされている。また、延暦年間(782〜806)には石仙仙人という行者が住んでおり、桓武天皇(在位781〜806)の脳病平癒を成就したことから、仙人は菩薩の称号を賜ったと伝えられる。

弘法大師がこの寺で厄除けと開運祈願の星供養の修法をしたのは大同年間(806〜10)とされ、このときやはり蔵王権現が現れたのを感得、堂宇を整備して霊場とした。以来、神仏習合の別当寺として栄えているが、明治新政府の廃仏毀釈令により寺は廃寺となった。明治42年になって、檀信徒の協力によりようやく復興している。






横峰寺は石鎚山の中腹にあるお寺でかなり山を上がって行くのですが
車で行くのと下の方でマイクロバスに乗り換えて行く2通りがあります。
道幅が狭いのとくねくね道が続くので運転に自信がない方はバスで行く事を
お勧めします。

ちなみに車で行くと通行料が1台あたり軽が1450円、普通車だと1850円かかります。
マイクロバスで行くと子供さんは880円、大人は1750円かかります。(1名の料金)

正直、高いなぁと思います




こういう道を走って行きます。
車が前からやってくると交わせない場所もあるのでバッグしないといけない時も
あります。

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走っていると前を料金を払って上に行くバスがちょうど走っていました
この写真を見てもらうとわかりますが道幅が狭いでしょ?

運転手さんは慣れているからスイスイ走ってました。
どうやら無線で情報がいってるらしく途中で停まったりするのでと思ってたら
少し経ってから車が来てたりしてたので無線でやりとりしてるのだなぁというのが
わかりました。

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私、こういうのに乗ると絶対に酔いそうです。
柔らかい足周りのバスは苦手でして 

車だと大丈夫なのですが・・・ (と言っても車による)

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駐車場に到着すると紫陽花がまだ咲いていて綺麗でした

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駐車場からお寺まで約500mの道のりを徒歩で下って行きました

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紫陽花が途中で咲いてたりしました。

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途中で休憩するための椅子が設置されているのですが何か座ると後ろに
転げてしまいそうで怖くて座れない

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途中で道が急に広くなりました。

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また紫陽花が咲いていて癒されました

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途中、稲荷大明神の赤い鳥居があり何か不気味でした

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やっと到着しました

手水舎で手を清めました。
こちらの手水舎は納経所の手前にあるのですが階段を下りなければいけません。
で、また上に上がって参拝するようになっているので足腰の悪い人は辛いかもしれません

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本堂です。
こちらでもしっかりとお経を唱えました。

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大師堂です。
こちらでもお経を唱えました。

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境内を散策しました


です。

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歓喜天堂です。

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納経所です。
対応は普通にご住職らしき人がしてくれました。

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ご朱印です。

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横峰寺の見どころ

本堂
神社風の権現造り。本尊は伝弘法大師作の大日如来坐像。鎌倉時代の金銅蔵王権現御正体像も祀り、ともに県指定重要文化財。
星供大師
本堂左手前。右手に剣、左手に星供の巻物を持っている。
石楠花
本堂から大師堂の横の山際一面に植えてある。5月上旬から鮮やかな薄桃色の花が、杉木立の中に匂いを放っている。




横峰寺へのアクセス
いよ小松インターチェンジから国道11号線を西条市方面を目指して走ります。朝日町交差点を過ぎて県道142号線に右折、バス停横峰登山口で右折。山へ向って進むと正面です。

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4月下旬のGWから始めた遍路です。

国分寺には7月16日に訪れました。





五十九番札所 国分寺

お寺の読み方は「こくぶんじと言います。


五十八番札所 仙遊寺から車で約25分ぐらいの所にあります。



国分寺の歴史・由来

伊予国分寺。伊予の国府があったところで、この地域は伊予文化発祥の地ともいえる。往時の国分寺はいまの寺から150mほど東にあった。東塔跡とみられる遺跡には13個の巨大な礎石があり、国の史蹟とされている。礎石の配置等から推測される七重塔の高さは60mほどで、豪壮な七堂伽藍を構えた寺観は、伊予の仏教界に君臨した天平の昔をしのばせ、その面影をいまに残している。
国分寺は天平13年、聖武天皇(在位724〜49)の勅願により行基菩薩が本尊の薬師如来像を彫造して安置し、開創したと伝えられる。第3世住職・智法律師のとき、弘法大師が長く滞在して「五大尊明王」の画像一幅を奉納、また大師の弟子・真如(?〜862?)も2年間留まり、『法華経』の一部を書写して納められている。

その後の伊予国分寺は、悲運な災禍の歴史に見舞われる。まず、天慶2年(939)の「藤原純友の乱」により灰燼に帰した。次に、元暦元年(1184)源平合戦の戦火による焼失。3度目は南北朝時代の貞治3年(1364)、讃岐・細川頼之の兵火によって焼かれ、さらに4度目は長宗我部元親の「天正の兵火」にかかり、堂塔を焼失している。相次ぐ罹災で寺は荒廃、元禄2年(1689)の寂本著『四國禮霊場記には「茅葺の小堂が寂しく建つのみ」旨が記されている。本格的な復興は江戸時代後期からであった。
幸い寺には、古瓦をはじめ『国分寺文書』『大般若経』など数多い文化財が保存されている。
四國禮霊場記には「茅葺の小堂が寂しつのみ」旨が記されている。本格的な復興は江戸時代後期からであった。



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です。

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石段を上がって左側にかわいいお地蔵さんが迎えてくれます。

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手水舎で手を清めました。
左の方に水が出る所を押すと、この薬師のつぼから水が出てくるようになっています。

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本堂です。
こちらでもしっかりとお経を唱えました。

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大師堂です。
こちらでもお経を唱えました。

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境内を散策しました


石段を上がって右側に握手修行大師像薬師のつぼがあります。

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握手修行大師像です。

等身大だと言われているそうです。
左手に鉄鉢を持ち、右手で握手ができるようになっています。
この大師像と握手して祈願すると願いが叶うといわれ、多くの参拝者が
この大師像の手を濁り、手を合わせています。
ただし、一つしかお願いできません。

看板にも、あれもこれもはいけません。お大師様も忙しいですから 
注意書きがあります。

私も大師像と握手しながら一つだけ願いをしてきました
叶うといいなぁ

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握手修行大師像の隣にあるのが薬師のつぼです。

御真言を唱えながら触ると体の悪いところが治るそうです。

御真言を唱えながら触ってきました。

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とくとく弁天です。

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薬師如来です。

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七福神です。

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トイレです。
お借りしましたが新しく綺麗でウオシュレット付きでした。

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納経所です。
対応は男性がしてくれました。普通の対応でした。

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ご朱印です。

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一言メモ
こじんまりとしたお寺ですが綺麗にされていて見どころもあり私は好きなお寺です

先日も逆打ちでも訪れましたがやはり綺麗なお寺で何度行ってもいいお寺だなと
実感しました







国分寺の見どころ

本堂・本尊
本堂は寛政元年(1789)に再建。
伝行基菩薩作の本尊・薬師如来像は県指定文化財。
書院
奈良・平安時代の出土品、平安から室町時代に制作された
資料価値の高い絵画、文書類が収蔵されている。
唐椿
伊予の10大椿とされ、四月中旬には
径17cmほどの牡丹に似た花をつけ、楽しませてくれる。





国分寺へのアクセス

今治インターチェンジから国道196号線を東予市を目指して走ります。喜田村交差点の次の信号で左折後、直進。上徳駐在所のところを右折、約1km走ると左手にあります。







4月下旬のGWから始めた遍路です。

仙遊寺には7月16日に訪れました。





五十八番札所 仙遊寺

お寺の読み方は「せんゆうじ」と言います。


五十七番札所 栄福寺から車で約20分ぐらいの所にあります。



仙遊寺の歴史・由来

境内は、山号になっている作礼山の山頂近い標高300mの高台にあり、今治の市街地や四国一高い今治国際ホテルは眼下に望める。その先には瀬戸内海に浮かぶ島々、さらには平成11年に開通した「しまなみ海道」も一望できる眺望豊かな地にある。
創建は天智天皇(在位668〜71)の勅願により、伊予の国主・越智守興公が堂宇を建立、本尊の千手観音菩薩像は天皇の念持仏として、海から上がってきた竜女が一刀三礼しながら彫って安置したとされる。このことから「作礼山」が山号となり、竜宮から届けられたという伝説もある。

さらに仙遊寺には、阿坊仙人という僧が40年にわたって籠り、七堂伽藍を整えるなどをしたが、養老2年(718)に忽然と姿を消してしまったという伝説が残っている。寺名はその阿坊仙人に由来している。
弘法大師が四国霊場開創の折にこの寺で修法をされたとき、病に苦しむ人々を救済しようと井戸を掘り、また荒廃していた七堂伽藍を修復して再興、寺運は興隆した。この井戸は旧参道の脇に残り、「お加持の井戸」として多くの諸病を救ったと伝えられ、信仰されている。
江戸時代には荒廃して本堂と12社権現だけとなっていたが、明治時代の初期、高僧・宥蓮上人が山主となり、多くの信者とともに再興に尽力した。宥蓮上人は明治4年、日本最後の即身成仏として入定している。境内には、上人を供養した五輪塔がある。





山門です。
かなり下のほうにあるので車で行くと通りすがりに見える感じなので
あ〜っていう感じで通ってしまうかもしれません。

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駐車場に車を停め境内に行く途中で子安観音像がありました。

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その後で千体地蔵が右側にありました。

昭和の中頃から数多くの人たちが願を掛けて設置してできたというお地蔵様です。
大切な人の供養だったり、先祖供養のためだったりと、その理由は様々だそうです。
お地蔵様は、一つひとつ表情や形が違っています。
中央には、それらを見守るかのように弘法大師像が祀られています。

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境内に入ってすぐに見える光景です。

工事をしてるのかと思ったら違ったようです。

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山が崩れたようで大変なことになってました。
空海像があったようですが崩れてしまってて足元しか残ってませんでした

早く復旧するといいですね。

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手水舎で手を清めました。

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本堂です。
こちらでもしっかりとお経を唱えました。

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本堂の横にあったおびんつるさまです。
こちらのおびんつるさまは大きかったです。四国一大きいらしいです。

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本堂の手前にあった石仏です。

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大師堂です。
こちらもお経を唱えました。

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大師堂の前にあった水月観音です。

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大師堂の隣にありました。

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八十八ケ所御砂踏です。

修行大師が祀られており、その周りを四国八十八ケ所霊場の本尊の石仏が
ぐるりととり囲んでいます。
すべての霊場をまわれないという人ももこのお砂踏でじっくりとお参りをすれば
ご利益があるそうです。

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休憩スペースには藤の花があり春になったら藤の花が綺麗に咲くんだろうなぁと思いました。

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境内にこんな看板がありました。
天然温泉がある宿坊いいですね

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参道から見える景色です。曇っていたので綺麗に撮れてませんが
このお寺がかなりうえの方にあるというのがわかると思います。

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納経所は本堂の中(入って右側)にあります。
男性の方が対応してくれました。とても愛想のいい方でした




ご朱印です。

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一言メモ
駐車場代金(普通車(軽も)400円かかります。
本堂の中には売店もあり色んな物が売られていました。





仙遊寺の見どころ

竜燈桜碑
伝説の竜女は海に帰ったが、旧暦7月9日になると毎年川を上って
竜燈を境内の桜の木にかけたと伝わる。その桜の跡に立っている石碑。
犬塚池
文化4年(1807)に完成した溜池で、仙遊寺と栄福寺の使い役をした犬の供養池。






仙遊寺へのアクセス

今治インターチェンジから国道196号線・317号線を玉川町方面へ向い、バス停大須木で左折、山道を進むと正面にあります。

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4月下旬のGWから始めた遍路です。

栄福寺には7月16日に訪れました。





五十七番札所 栄福寺

お寺の読み方は「えいふくじ」と言います。


五十六番札所 泰山寺から車で約10分ぐらいの所にあります。



栄福寺の歴史・由来

瀬戸内海沿岸のこの近海では、海難事故が絶えなかった。栄福寺は、弘法大師が海神供養を修したことから、海陸安全、福寿増長の祈願寺として往古から信仰されている。
縁起によると、嵯峨天皇(在位809〜23)の勅願により、大師がこの地を巡教したのは弘仁年間であった。内海の風波、海難の事故の平易を祈って、府頭山の山頂で護摩供を修法された。その満願の日、風波はおさまり、海上には阿弥陀如来の影向が漂った。この阿弥陀如来の尊像を府頭山頂まで引き揚げて堂宇を建て、本尊として安置したのが創建といわれ、勅願寺とされた。

栄福寺には、神仏混合の歴史もあり、その由来も平安時代に遡る。貞観元年(859)、大和・大安寺の行教上人が宇佐八幡(大分)の霊告をうけて、その分社を山城(京都)の男山八幡(石清水八幡)として創建するため、近海を航行中に暴風雨に遭い、この地に漂着した。ところが府頭山の山容が山城の男山と似ており、しかも本尊の阿弥陀如来は八幡大菩薩の本地仏でもあることから、境内に八幡明神を勧請して社殿を造営、神仏合体の勝岡八幡宮を創建したと伝えられる。この八幡宮は「伊予の石清水八幡宮」とも呼ばれ、「四国五十七番」と仲良く寺社名を刻んだ石塔の道標が立っている。
明治新政府の神仏分離令により、寺は旧地から山の中腹になる現在地に移転し、また神社と寺はそれぞれ独立した。現在の大師堂は、山頂にあった堂舎を移築した由緒がある。




映画「ボクは坊さん」の著者で映画のモデルのお坊さんのお寺です。

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境内に入ると色々と出迎えてくれます。

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修行大師像です。

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お願い地蔵尊です。

境内に入ってすぐにたっているお願い地蔵尊は、願いごとを叶えてくれると
いわれているそうです。
ふっくらとしたかわいいお顔をしてるけど「見る度に表情が違う」と地元の人たちから
信仰をあつめているそうです。

私もお願いをしてきました

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まずは手水舎で手を清めました。

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本堂です。
こちらでもしっかりとお経を唱えました。

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箱車です。
本堂の縁に置かれた、「箱車」(はこぐるま)は、昭和8年にお参りされた、足の不自由な15歳の少年遍路さんが、栄福寺にお参りされた時に、乗っていた箱車を、連れていた犬に引っ張られ、本堂から転倒。その際に、不自由であった足が治癒し、その御利益に感謝してそのまま箱車を奉納して帰られたそうです。

それ以後、栄福寺は足腰守りのお寺としても、信仰を集めてるそうです。

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仏足跡です。
本堂の前にありました。

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大師堂です。
こちらでもお経を唱えました。

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境内を散策しました

です。

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薬師堂金毘羅堂です。

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空海像です。

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石の机がありました。

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蛙がいてかわいかったです

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綺麗な花も咲いてました

花は綺麗ですが葉っぱは虫にやられてボロボロですね

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納経所です。
対応は女性の方でした。愛想のいい方で感じ良かったです

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こういうのが貼られてました。

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ご朱印です。

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おまけ

トイレです。小さいですがちよっと変わった建物でした。
ちなみに利用はしませんでした。

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一言メモ
小さいお寺ですが見どころはありなかなかいいお寺だと思いました。
古い納経帳は見てません 大師堂の建物の外廻りにぐるりと施された12支の干支の彫刻があったようですが見るのを忘れました
次回、逆打ちで行った時に見てきます。







栄福寺の見どころ

古い納経帳
寛政12年(1800)7月、九州から巡礼に来た人の名で、
「八幡宮別当栄福寺」と記されている。約3ヵ月で四国霊場を一巡している。
少年の箱車
足の不自由な15歳の少年が、犬に引かせて巡礼した箱車で、
昭和8年にこの寺で足が治り、松葉杖とともに奉納したもの。
お願い地蔵
参道入口。赤い帽子をかぶっている。







栄福寺へのアクセス

今治インターチェンジから国道196号線・317号線を玉川町方面へ向い、県道155号線を左折。蒼社川を越えて右折後、約1km先を左折、直進すると左手にみえます。

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4月下旬のGWから始めた遍路です。

泰山寺には7月16日に訪れました。





五十六番札所 泰山寺

お寺の読み方は「たいさんじ」と言います。


五十五番札所 南光坊から車で約10分ぐらいの所にあります。



泰山寺の歴史・由来

泰山寺には、水難で人命を失う悪霊のたたりを鎮めた伝説が根強く残っている。
弘法大師がこの地を訪れたのは弘仁6年のころ。蒼社川という川がこの地方を流れており、毎年梅雨の季節になると氾濫して、田地や家屋を流し、人命を奪っていたため、村人たちは恐れ苦しみ、人取川といって悪霊のしわざと信じていた。この事情を聴いた大師は、村人たちと堤防を築いて、「土砂加持」の秘法を七座にわたり修法したところ、満願の日に延命地蔵菩薩を空中に感得し、治水祈願が成就したことを告げた。

大師は、この修法の地に「不忘の松」を植えて、感得した地蔵菩薩の尊像を彫造して本尊とし、堂舎を建てて「泰山寺」と名づけた。この寺名は、『延命地蔵経』の十大願の第一「女人泰産」からとったと伝えられる。「泰山」にはまた、寺があった裏山の金輪山を死霊が集まる泰山になぞらえ、亡者の安息を祈り、死霊を救済する意味もあるという。
寺はその後、淳和天皇(在位823〜33)の勅願所となり、七堂伽藍を備えて、塔頭に地蔵坊、不動坊など10坊を構えるほどの巨刹として栄えた。だが度重なる兵火により寺の規模は縮小し、金輪山の山頂にあった境内が麓の現在地、大師お手植えの「不忘の松」があったところに移ったと伝えられている。
泰山寺の右約300m「塔の元」という場所は、鎌倉時代の学僧で、『八宗綱要』を撰述した凝然(1240〜1321)が誕生した地とされている。





駐車場から少し離れていました。
真っ直ぐに歩いていくと正面に泰山寺がありました。

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まずは手水舎で手を清めました。

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本堂です。
こちらでもしっかりとお経を唱えました。

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おびんつるさまがいたので撫でてきました。
沢山の方に撫でられているのかピカピカでした

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その近くにお椀がありました。賽銭入れに使われていたのかなぁ?

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大師堂です。
こちらでもお経を唱えました。

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境内を散策しました


です。

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千手、馬頭、如意輪と聖観音です。

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千体仏です。

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地蔵車です。

六道輪廻を現した地蔵車です。
石塔に輪があり、これを回すと六道輪廻の絆を断てるといわれてるそうです。
参拝者は、一回一徳を願って車輪を手前に回転させ、手を合わせて拝むのだそうです。この車輪は人生の時計を意味しているといわれ、回り巡ってくる輪廻思想に
基づいて名付けられたものだとも伝えられています。

私は廻すの忘れています
次回、逆打ちで訪れた時に一徳を願って手前に回転させてきます

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弘法大師像です。

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不忘松(忘れずの松)です。

大師堂のそばにあった不忘松は、弘法大師が一寺を建立した際に御手植えされた
という松の木です。一度枯れてしまい、今は古い切り株が残っています。
この切り株は腰痛に霊験あらたかだといわれてるそうです。

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納経所です。

対応してくれたのは男性でした。愛想悪かったです

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マルチーズのナナ 10才の女の子の子犬です。
おとなしいワンちゃんでした

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ご朱印です。

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一言メモ
ここのお寺も不忘松以外は見どころがないお寺でした。






泰山寺の見どころ

土砂加持
川の氾濫などで命をなくした亡者追善の祈祷などをいう。
不忘の松
大師堂の側にあったが、いまは切り株だけが残っている。
この切り株に腰をかけると腰痛に霊験あらたかという。
地蔵車
本堂斜め前。石塔に丸い輪があり、これを回すと六道輪廻の絆を断てるといわれる。
六道は、地獄・餓鬼など衆生が背負う六つの迷界。






泰山寺へのアクセス
今治インターチェンジから国道196号線を東予市方面へ直進。約500m先の交差点で右折後、直進すると右手に見えてきます。

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