防長里山歩き

山口県の山、地元の史跡などを記録に残そう

宇部ふるさと歴史散歩

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宇部に残る歴史スポットを散策します。
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旧秋田商会ビル

このビルのオーナーは宇部出身で宇部市内は銅像もあります。

大正4年に完成した地下1階、地上3階の建物です。
屋上に庭園があるのも珍しいですね。
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今でもモダンだなと感じます。
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中は和風です。
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長府毛利家から使用を許可されたということで家紋がありました。
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セキュリティーもしっかりして、なんとエレベーターまであります\(^o^)/
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金子みすゞさんの写真を撮ったと思われるカメラも展示していますよ。
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ビューン 百手祭

百手祭は応仁2年(1468年)に悪鬼退散を祈願して始められたと言われる行事。地元の若者の射手が古式に則り悪鬼に見立てた的に矢を射て、地区の安寧を祈願する。今年は第545回だそうです。
室町時代からず〜と続いているんです。すごいな。詳細はこちら
 
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神主さんが祝詞をあげてスタートです。
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的をイメージしたハッピ。いいな〜。
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的が通り過ぎるとビューンという音がします。
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半分は女性でしたよ。
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的は中央の黒い部分です。弓道部の若者のようですが、10本に1本当たればいいくらいでした。
経験がありませんが難しんでしょうね。
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<上宇部>
 
琴崎八幡宮     教念寺        松月院          福原邸跡
 蛭子様         経塚        佐々木向陽碑     黒岩観音
    
<川上>
 北迫貝塚        日吉神社        長福寺地蔵       石鍋製造跡
 北向地蔵        本覚寺        安楽寺         西山分校跡
 
<新川>
 
宗隣寺        宇部護国神社     黄幡山       渡辺翁記念館
 小串小跡付近
 
<神原>
 
中津瀬神社     緑ヶ浜      新川の町並み             信行寺
 覚宝寺         法興寺
 
<琴芝>
 
神原公園           参宮道路碑       梶返天神      道重上人
 東見初遭難者の墓    宇部紡績会社     光善寺         宇部火山灰層
 
カトリック教会        大学院           出雲大社
 
<常盤>
 
常盤池       飛び上がり地蔵      向田兄弟碑・蒸枠碑     常盤神社  
 国境石       八王子神社       鍋島       亀浦
 
<恩田>
 
草江(飛行場)      恩田運動公園       恩田河内神社
 
<岬>
 
住吉神社     住吉神社境内の謎       岬漁港       東洋象の歯
 
<見初>
 
常安寺        フェニックス道路
 
<鵜の島>
 
沖の山小学校     桃山配水池        圓乗寺       浄圓寺
 鵜の島         蛇瀬池          松濤園
 
<小羽山>
 
巨人の足跡    人磨社    高日山   大地主・藤本大八 
  
<藤山>
 
鍋倉山         西宮八幡宮      善福寺       三島神社(1)    
 三島神社(2)    廣福寺        白岩公園      松崎古墳
 平原神社      智光院        大鳥羽神社    浜田水神社
 
<厚南>
 
松江八幡宮       蓮光寺          綿澄神社       田坂四方蔵碑
 埴安神社      妻崎神社        毛利謙八の墓    大森の荒神様
 
<原>
 
尾崎先生の墓    吉岡藤子訓導の墓      竹の子島      庚申塚  
 百手祭         蟹塚   
 
<西宇部>
 
渡し舟         水分神社        平原八幡宮      大歳神社
 厳島神社      明照寺
 
<西岐波>
 
南方八幡宮       荒人神社        長生炭鉱       長桝遺跡
 西光寺        権代地蔵   
 
<東岐波>
 
若宮古墳     月崎遺跡      古尾八幡宮        波雁ヶ浜
 波雁ヶ遺跡    三神社        車エビ養殖場        山陽荘    
 丸尾崎埠頭    弘済寺          王子権現跡      琴平山古墳
 孝女佐々木ゆかりの碑          素隣の橋と碑          二人の部坂神兵衛 
 東明堂の蘇鉄    東條三郎の胸像        日ノ山        三光寺  
 善照寺       西福寺        王子一本松  
 
<二俣瀬>
 
熊野神社          極楽寺            二俣瀬     駒の頭       善和八幡宮
 丸山ダム            日吉神社       西秀寺      明専寺
 
<厚東>
 
東隆寺      東隆寺の文化財        恒石八幡宮           霜降岳
 浄名寺         五田ヶ瀬と御撫育     正八幡宮              持世寺
 千林尼の石畳       浄念寺       辰の口隧道    
 
<小野>
 
小野地区       横瀬八幡宮          法泉寺                  正善寺
 如意寺              小野十ヶ寺              厚東川ダム          小野の茶作り
 

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 江戸時代、船木には藩の出先機関である船木宰判の勘場(代官所)があり、このあたりの政治、経済、文化の中心地であった。

 宇部から勘場に用事がある時は棚井から一山越えて行かねばならなかった。厚東から船木へ抜ける重要な道に延長およそ六百メートル、五カ所にわたって石を敷き詰めた石畳道がある。慶応年間、一人の尼僧・千林尼によって造られたもので「千林尼石畳道」と言われている。
 
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 国道2号線や県道が整備されてからは、石畳道は通る人がぐんと少なくなり、やがて土や草に埋もれてしまった。この道について船木側では山田の石畳道として郷土誌などには取り上げられていたが、厚東側では近所の一部の人以外にはその存在すら知られていない状態であった。昭和五十一年、地元の人たちから発掘整備したいという話が出て、厚東地区民総出で二年掛かりで山田から厚東までの石畳の発掘整備を行った。
 
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この道を造った千林尼は文化六年(1809年)、西岐波村大沢に生また。
16歳の時、結婚したが不縁となり仏門に入った。初めのころは常盤池の本土手東側に庵を作り移り住んでいた。安政四年(1857年)、楠町の瑞松庵の末寺である逢坂の観音堂(現在も県指定文化財の十一面観音とお堂がある)の堂守をしていた。
 
船木は山陽道の宿場町であり人々の行き来も激しかったが、雨が降ると道はぬかるみ旅人は大変苦労をした。千林尼は人々が苦労しているのを見かねて自ら托鉢をして浄財を集め、逢坂の道を手始めに、有帆に通じる道、棚井山田道、厚南迫条鐘ケ窪などの道を造ったのである。
 
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石畳は比較的平たい石の平らな面を上にして道の中心部に敷き詰めたもので、雨水やわき水によって生じる泥濘や表面の土の流出を防ぐ役目をする。街道松とともに江戸時代には珍しいものではなかっ
た。棚井山田道は広い所でニメートル近い幅があり、音の交通の繁盛を物語つている。

千林尼は道だけでなく橋架工事も行っている。厚狭川の下津に架けた橋は二十四間(約四十三メート
ル)もある橋であったが、完成直後に大水が出て流されてしまった。
千林尼の落胆はひどく、そのために病に倒れ厚狭吉部田で亡くなった。時に六十歳であった。
 
これで「宇部ふるさと歴史散歩」が最終回です。約1年半かけて探し回りましたが、終わってしまうと寂しいものです。

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最初、日吉神社は山王権現として祀られた。年代ははっきりしないが、弘仁二年(811年)近江国比叡山から勧請され川上地区の産土神として祀られた。
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「山口県風土誌」によると、山王様といわれていたが明治四年には比枝(ひえ)神社と改められ、明治八年に日吉神社に変わっている。
「郷土史話」によると山王様は初め森崎(南側暖地の近くの小高い所)にあった。
昔はそこまで海水がきていた。「山王様は気が荒く沖を通る船がよく遭難にあうのは山王様の祟りに違いない」ということから現在の少し西の紫竹ヶ浴(しちくがえき)に移し、のち宝永年間(1704〜)に現在地に祀ったとある。ただし応永ニ年(1395年)の棟札があったり、持世寺や車地の山王様との関係を見ると、はっきりしない点がある。
森崎の西に山王田という地名が今でも残っているが、これは山王様の神田だったところ。日吉神社と書いて、ひえ神社というところが全国にもたくさんあるように本社は比叡山の日吉(ひえ)神社である。
したがって、ご祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)、大己貴命(おおなむらのみこと)、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)である。
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この神社での一番の特徴は猿の石像が狛大のかわりに置いてあることである。
いわざると、きかざるの石像で、見ざるはどういうわけか置かれていない。比叡山のお猿は神のお使いというところから、稲荷神社の狐と同じ考えで据えられたもので、文化十四年(1817年)の刻印がある。
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本殿のすぐ左には八王子社がある。南側の長福寺の所には八王子堂があったという。そこから移されたものらしい。
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神社の西南の川上八十八カ所を通って下に降りると元真寺があり、裏に山上の滝がある。大日如来の化身である不動明王が祀られ一年中、滝に打たれることができる。最近は滝に打たれる人が少くなっ
たとはいえ土曜、日曜には信者が真剣に祈っている姿が見られる。(寒いので誰も滝に打たれていませんでした(^_^;))
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