三十三間堂
何気に一番好きなところかもしれません
銀閣かここがいいなぁとおもう
蓮華堂は33間ある
だから三十三間堂
1間は柱と柱の間 通常は約2メートル(180cmちょい)なんでだけど
このここは倍の360cm
だから三十三間っていうと 約120m
その中に約1000体の千手観音さんがいる
中学のときのガイドさんの話を思い出すと
1000体の観音さんの中にはどれか自分に似ているものがあって
その観音さんが ピンチを救ってくれるらしい
ここの一番でかいご本尊の 千手観音菩薩坐像がとても好き
何がと言われると説明は難しいけど
なんとなく やさしさを感じる
ちなみに堂内は写真撮影禁止です
蓮華王院とも呼ばれる
吉川英治が書いた 宮本武蔵で 吉岡伝七郎と戦った場所がここらしい
寒い冬の晩に 武蔵がわざと遅刻して行って蓮華王院の軒下から攻撃するあの戦い
伝七郎は律儀に寒い中待ってたからがちがち おまけに下は雪(ぬかるみだったかな)
わらじが切れて・・・・・ってやつ
三十三間堂の解説には 蓮華王院の記録にそんな戦いは記されていないらしいので
どうやら吉川英治の創作らしいけどね。
後有名なのが通し矢
120mある軒下の端から端まで矢を通すことをいう
かなり伝説があるらしく 7時間で数千本の矢を7割の確率で射抜いた記録もあるらしい。
もう 軒先の欄干なんか ハリネズミ状態になってるのがのこってる。
お堂の裏の塀は 最近塗り替えたばかりらしく
すごくきれいな朱色をしていた。
昔家康が家来に伏見城の番をさせて 敵地に乗り込んでいたが
その隙を狙って 相手方が攻め入ってきた。
数千いた留守番たちは 300に減り
負けを覚悟した鳥居元忠以下家来は次々に切腹
その 血がべったりついた伏見城の廊下を 天井にはり弔ったもので
今でも 鳥居さんの最期の姿が染みとして残っている。
中には俵屋宗達のかいた 白像 の絵などがある
すいてて (というかそのとき客は俺一人) ゆっくりみれたよ。
受付のお姉さんが ちょっとタイプだった(笑)
説明をカセットテープでしてくれたり 血のあとを解説してくれたりして
いってみて いいところだと思う。
興味本位で行って ちょっと罰当たりかなとも思うけど
そういうことをみておくのも いいんでないかい?
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1000体の観音様は見ごたえありますよね 結構薀蓄が 興味ぶかいですね
2006/11/23(木) 午前 1:24 [ see**usoo*cana*a ]
なんだかここにコメが1つあるらしいのですが 表示できませんね 以前よりはましになった環境ですがたまにこんなこともあるのでしょうか?以前は記事自体がどっかに行ってしまっていたのでそれよりは改善が見られるけどね
2006/11/23(木) 午後 4:58
とコメを残した結果 出てきました前のコメ 薀蓄って読めなかったよ そうですね最近記事がそんな感じになってきてしまいました。あまり文才がないもので もっとおもしろくかけるといいんだけど・・・どりょくします
2006/11/23(木) 午後 5:00
三十三間堂ってあれ〜っ行った事がないです。血天井やそういったゆかりの史跡は京都のお寺にもいくつかありますよね。以前行ったところで(何処か忘れちゃいました・・)やっぱり神妙になってしまった。なによりも、タイプの女性かぁ嬉しいよね^^!
2006/11/25(土) 午後 5:14
Kellyさん そうそう 京都在住と大阪在住の友達も行ったことないって。修学旅行ではメジャーなところだと思うんですけど地元民はあまり行かないのでしょうか。 いいところだと思うんですけどね
2006/11/25(土) 午後 6:51
このころは
佐渡や、岩手で「金採鉱」が盛んでしたね。
すべて中央へ貢いだ、搾取された_のですね。
2013/6/11(火) 午前 1:08