東日本大震災
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震災関連の書庫です
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本日は小僧の試合を観戦に行く予定でした。
稀にみる強敵であり、先週急な仕事で観戦がドタキャンされた事もあり、会社にムリクリ言って休みをもらいました。
ところが、先方の都合で試合は中止(゚д゚)
今更、「休むのはやめます(^^; 」とは言えず・・・
目的がなくなってしまったのに休むハメになってしまった馬鹿親と馬鹿母親。
「どーする?」
「どーしよ?」
「映画でも観にいくか」
「いいけど」
「俺さ、『遺体』観たいんだけど」
「いいよ」
というわけで観てきました。
封切り初日なのにガラガラ、
まあ、重いテーマだし、若者ウケはしないよね。
年配のお客さんばかりでした。
でもね、内容は一見の価値あり!
でした。私には、
見ながら当時を思い出していました。
震災発生、
その日の夜、余震に怯えながら布団にくるまっていた事、まったく情報がないままニュースで初めて津波の映像を観て愕然とした事、
翌日の右往左往、
被災地から帰ってきた日の事、
役者さんが演技していますが、過度な脚色はまったくなく事実を忠実に再現した記録映画の意味合いが強いと感じました。
声は押し殺していましたが号泣でした。すすり泣きがあちこちから聞こえてきました。
この映画は商業的に成功しないかもしれません。
でも、ないといけない映画です。
描写が生々しい部分があって地上波でそのまま放映する事はできないかもしれませんが、全ての国民に観て頂きたい映画だと思いました。
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あの日から一年が経ちました。事ある毎に当時の事を思い起こしてきたのですが3月11日が近付くにつれその回数が多くなっている事に気が付きました。テレビやネットでも震災関連の特集やコラムを頻繁に目にします。この一年震災の事を忘れた日は一日もなかったと思います。
私は日常で何か思い出す時(それが震災とはまったく無関係な事でも)その出来事が震災前か震災後か無意識に区別しています。「ある店で食事をした」、「ある人と世間話をした」、そんな事をふっと思い出した時それが震災前だったのか震災後の出来事だったのか区別できるのです。あの日の前と後では私の周囲の空気が変わったのです。物事を思い出す時その空気も同時に甦り震災前だったのか後だったのか自動的に判断出来てしまうのです。これは私だけではないと思います。あの日を境に人生が一変してしまった人が数多くいらっしゃいます。私が被った被害はその方々から思えば微々たるものです。その私でさえこのような気持ちになるのですから、そういう方々の気持ちを察するとかける言葉が見つかりません。
年月が経つにつれこの空気感は薄れていくのかな。多分変わらないような気がしています。津波に遭った街が復興し原発事故が収束して避難している住民の方々が元の家に戻れた時少し薄まるかもしれません。ただそこに辿り着くのに何十年かかるのでしょうか。その間に亡くなる方もいます。子どもは社会人になっています。街並みはカタチを変えます。避難地域が解除されても元の状態には戻れない。それでも、やっぱり慣れ親しんだ彼の地にいつかは戻りたいと願っている住民の方々がほとんどでしょう。
皆さんが震災で受けた傷は消える事はないけれど、少しでも徐々にでも癒えていきますように、心穏やかに過ごせる日々がきますように、
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昨日Jヴィレッジ(以下、J村=じぇいそん)が福島第一原発の事故後初めて公開され各局でニュースになっていました。目にした方も多いと思います。
原発事故の対応拠点として何度かニュースで見た記憶がありますが、報道陣全体に公開されたのは今回が初めて、ということなんでしょう。
今日は第一原発内部が公開されます。一般人である報道陣を現場に入らせるということは、事故が収束に向かっているというアピールになります。アピールだけでなく実際順調に進んでいると思いたいです。
J村は馬鹿親も何回か足を運んだ事がある思い出深い場所です。震災後この施設のニュースや記事を目にする度に暗い気持ちになります。
J村で子ども達が懸命にボールを追う姿を見る日が再び訪れますことを、
何十年経とうとも、
記録として、
ニュース動画
ニュース動画はしばらくすると消される可能性があるので、
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