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gonntaのきまぐれblog
雑種の保護猫、こたろうとさくらとの楽しい生活のことを書きます。

書庫ちょめおさん

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おかげさまで、ちょめおさんが回復に向ってきました。
昨日は本当にダメで、やばいかなーと思いましたが、なんとか持ち直しました。

「扁桃腺炎」だそうです。

実は数日前から風邪かなーなんて言っていたのですが、市販の薬は効かず。
勤め先のドラックコーナーで薬剤師さんに相談。
それでいただいた薬も効かず。
しまいには弱っていき

「gonntaちゃん、お迎え来て・・・・」

そう言われたのが金曜日。
車を出して迎えに行きました。

土曜日に病院行ったのですけど、この時点で既に口が開かないというか、本当に食事も出来てませんでした。













話は戻ってお迎えの話。
ところが、ここで事件。
家の前をすぐ行くと左に曲がらなければなりません。
でも小路なので、右に大きく膨らまなければなりません。
それが路駐で膨らみきれず、

「がん!!!」

標識に当たりました(泣)。

しかも曲がりきれず、仕方ないので曲がらないで直進することに。
でも直進すると危険な道に出ざるをえないのです。
それでもちょめおさんのピンチだから頑張りましたよ。
ちょめおさんの仕事場に着いたら、ちょめおさんがプジオの凹み具合をチェック。

「もう、路駐が邪魔で!」

そんな話をしたらちょめおさんにあっさり否定されました。

「gonntaちゃん、ぶつかったのはこの前のナンバーのとこね。つまり、こんな真ん中が当たるなんて、はっきり言って曲がりきれるわけがない。」




撃沈。
ごもっとも。

そんなわけでプジオが少しへこみました。




話はとんだりしますけど、とりあえず免許あって良かった。←そこかいっ!
ちょめおさんの役に立てて良かった。

ちょめおさんが

弱っています。

扁桃腺が腫れてつばを飲むのも痛いくらいだそうです。

病院に行ったら

「これ以上悪化したら入院」

と、言われたそうです。






gonntaは仕事で、さっき帰ってきたら本当に弱っていました。

入院になっちゃうかな。

処方箋があまり効いてないみたいで・・・。



まぁ病院っていっても、徒歩圏内です。
ってかベランダから見えるとこです。


本当に不謹慎ですけど、ちょめおさんが弱っていると、元気なgonntaさん。
迷惑かもしれませんが、甲斐甲斐しく介抱してあげたいと思います(笑)。

本当は

ちょめおさんと、ことごとく休みが合いません。

お葬式とこの前の法事くらい。









一緒にお出掛けとかできないからちよぴりつまんないです。
やはりスーバーに買物でもいいから一緒にお出掛けしたいです。

・・・ティッシュとかかさばるものを買いたいから、荷物持ってくれる人がいないと困るのよ 笑。

メタボお兄さん

朝起きたら、ちょめおさんがリビングで寝ていました。

フローリングに椅子の小さいクッションを敷いて、寝でいたのです。
眼鏡かけてました。

私は仕事だから放置しました。


のちのち聞いたら、
「腹筋してそのまま寝た」
らしいです。
記憶もないらしい。









ちなみにリビングの隣の和室でいつも寝ています。
2〜3歩で布団に寝れるのに(笑)。

空気は読み物です

おかげさまで、昨日無事にちょめパパの葬儀が終わりました。
会社の方々には多方面で配慮していただいて本当に有難うございます。

ブログではネタにするつもりはないのですが、感じだことを少し書いておこうと思います。
不謹慎だとか不快に思う方がいるかもしれません。
反転させておきます。

では下記からどうぞ。



まず家族が亡くなって「悲しい」という感情が私には分からないのです。
だからちょめおさんがおいおい泣く姿を見つめるしかありませんでした。
そんな時にかける言葉も知らないし、私自身どんな顔をすべきないのかわからないんです。

私は既に父を亡くしています。
その時も(やっと平穏が訪れる)としか思えなかったです。
アル中でしたし、よく暴力振るいましたし、働かないし。
本当にわからないのです。
ばあちゃんの時は小学生でした。
じいちゃんは私が物心つく前でした。

普通の人は家族が亡くなったら悲しいんですよね。
泣くんですよね。

お通夜も葬儀も無事に終わりました。
でもあんなに立派な会場で、しかも立派な祭壇、悲しみを誘う演出、都会の葬儀っていうのはやはり違うんですね。




gonnta父の時は家で葬式でした。
どっちかっていうと、「家があるのになんで寺とか他の場所でやるんだ!」という風習なんです。
家でやらないほうがおかしいという感じです。
白黒の幕を張り、喪家を示しました。
母は吃音症だったし、読み書きも出来ません。
そういくこともあり、何も分からない高校生の私が手続きの書類書いたり、電話したり。
そういうことさえ、母の悪口の対象になりました。
親戚とは汚いものです。
嫌いです。
血の繋がりって無意味だと思います。
今後一生うちの親戚とは関わる気はまったくありません。
縁を切る宣言もされていますし。

でも都会の葬儀はあんなに葬儀屋さんが仕切り、段取りを教えてくれるのですね。
きっと田舎は葬儀屋より親戚の重鎮が仕切っていました。
まぁそんな感じだから私は何をしてよいのやらです。
まったく勝手が違いますから。

そしてお通夜や葬儀で「泣く」もんだということも初めて知りました。
泣くんだ。
普通に泣くんですね。
gonnta父の時は、悲しみ誘う演出もないし、子供扱いでほったらかし。
当日自分は何をするべきかさえ分からなかったです。



なんか都会の葬式はちゃんと悲しんでお別れが出来るようになっているんですね。





亡くなった翌日は小江戸花火大会でした。
どーんと打ち上がる花火の音を聞きながら、葬儀の打ち合わせをしていたそうです。
そして昨日の葬儀は皆既日食でした。
その時間は火葬場で焼かれている時間でした。


ちょめママの実家はお寺さんです。
今回は宗派の関係から岩槻のお寺の住職さんがお見えになりました。
でも参列してくれたちょめママのお兄さん?(たぶん)はもちろん住職さんです。
なので、火葬場でのお骨を骨壷に入れるときも念仏を唱えてくださったりと至るところでそんな場面が見えて感慨深いものがありました。


あとお客様にお茶を出したこととかあまりないので、そーいうのも大変でした。
お茶っ葉の分量も分からないし。
結局はちょめ兄の奥さんがやってくれました。




まぁそんな感じで色々学びました。
お数珠の意味から葬儀のあれこれと。
そしてとにかく大変でした。
場所はすべて地元で済みましたが、ちょめ兄の奥さんとお子さんがうちに泊まることになったりと。

体調面もやばかったです。
旅行に行っても快調な私ですが、自宅だというのに便秘になったり、食べ物があまり食べれず、胃酸のせいか口臭が病的だと言われたり、大して関わってない私でさえ胃が痛いと思いました(ちょめおさんには内緒)。
頭痛もひどくバファリンに助けられました(でもこれは先週からずっとです)。
今日に時点で2〜3kg痩せてました(あ、見た目は変わらないです・泣)。


そんなこんなでなんとか乗り切ったのでした。






とまぁこんな感じです。

あと「物を知らない」ということがやはり恥ずかしいと思いました。
喪服に関してもネットで調べたりしました。
そして「空気は読むもの」だと実感しました。
読めないなら黙っておくのがいいかもしれません。


私が心残りなのは、通院でちょめパパを病院まで送って行ったこと。
「次は運転うまくなって来ますから」って言ったのに「次」はありませんでした。


運転、うまくなります。
今年の後半の目標です。

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