調査隊,オランダを行く

モザイクの欧州見聞録。2006年、オランダ王国ユトレヒト市から帰国しました。

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イメージ 1 ユトレヒト/Utrechtの東側約50kmのところに,アーネム/Arnhemという街があります。この街は,現在でこそ緑豊かなパークシティですが,第2次世界大戦においては,ドイツ軍と連合軍の激戦の舞台となり街が文字通り瓦礫の山と化したということは,戦争映画「遠すぎた橋/英語名"A bridge too far"」により有名です。 オランダに居住していなければ観ていなかったかもしれないこの映画,先日,ふとした拍子でDVDを購入して鑑賞した後,現在のアーネムがどんな街なのか,ちょっと歩いてみたくなったので,電車に乗って行ってみました。ユトレヒトからアーネムまでの所要時間はオランダ国鉄/NationalSpoorwegのIC(InterCity)で約30分,アムステルダム/Amsterdamからは1時間と少しです。

イメージ 6 映画「遠すぎた橋」は,WW兇砲いて,連合軍が行った「マーケット・ガーデン作戦/operatie"Market Garden"」の大失敗がメインテーマです。
 まず,WW兇砲いて,オランダがどのような状況であったのか,簡単にご説明しますと,1940年5月10日,ドイツ空軍がロッテルダム/Rotterdam,ハーグ/DenHaagを攻撃し,南北ホラント両州がいきなり戦場となります。13日には王家と内閣がイギリスに亡命,翌日からロッテルダムは無差別攻撃により破壊され,15日,オランダはドイツに降伏。以後5年間,オランダはドイツ軍の占領下に置かれ,ヨーロッパの中では一番最後まで戦場となり解放の日を待ちわびていました。
 さて,上述のマーケット・ガーデン作戦とは,史上最大の作戦といわれるフランス北部のノルマンディ作戦後,連合軍は徐々にドイツを追撃するのですが,そのさらなる追撃のため,1944年9月,オランダを流れるライン川にかかる4つの橋を確保しようとした作戦です。この作戦には2種類あり,パラシュートで複数の地点に降下し,それぞれドイツ軍を攻撃して橋を確保するのがマーケット作戦。ベルギーから陸路で北進しつつドイツ軍を攻撃し,マーケット部隊と合流・援護をするのがガーデン作戦です。それぞれの地点で連合軍がドイツ軍に打ち勝ち,最もドイツとの国境に近いアーネムまで援軍が到着してこそ作戦は遂行されるわけなのですが,途中様々な齟齬をきたし,結局連合軍の援軍はアーネムの橋まで行き着けず,また最初の英国・ポーランド混成のアーネムの降下部隊も壊滅し,生き残った者は後方のナイメーヘン/Nijmegenへと撤退します。(と私は理解しています。)
 従って,史実に基づくこの映画は,娯楽映画のような大どんでん返しはなく,連合軍上層部の見通しの甘さや作戦のほころび,現地部隊が次々に追い込まれてていく様子,オランダの美しい街並みが破壊される光景,オランダ人レジスタンスの悲劇,傷ついた兵士に対し献身的に世話をする女性住民といったエピソードが細かに描写されています。
 このため,ハリウッド映画のハッピーエンド的ストーリーを好む人にはあまり受けがよくない趣,あるウェブサイトでは「巨費を投じているのに負けて終わる映画なんてくだらない。」といった感想が書き込まれていました。
イメージ 2 しかし,この作品の映画監督のねらいは娯楽ではなく,作戦の失敗をとおして反戦を訴えることにあるようです。そう思って鑑賞すれば,見終わった後,くだらないのは映画ではなく,戦争や,戦争をする人間達だ,という感想を抱くことになるでしょう。どうぞ,機会があれば是非ご覧になってください。
 ちなみにキャストはショーン・コネリー,ロバート・レッドフォード,ジーン・ハックマン,ジェームス・カーン,アンソニー・ホプキンス…と驚くほど豪華で,渋好みの方にはたまりません(笑)。そのうち,アーネム橋を死守しようとして孤立し,ドイツ軍の捕虜になった指揮官ジョン・フロスト/John Frost中佐を演じていたのは「レクター博士」ことA・ホプキンスです。
 現在では,アーネムの橋はこの作戦にちなんで「ジョン・フロスト橋」と改名されています。

イメージ 3 私が今回アーネムのなかで訪れたところは,街の中心部とアーネムの東側オースターベイク/Oosterbeekにある空軍博物館/AirborneMuseum"Hartenstein"です。 空軍博物館には,英国軍司令部が置かれていたとのこと。映画にも度々登場するこの建物は,白い美しく西洋らしい外観ですが,内部は戦争を生々しく思い起こさせる数々のものが展示してありました。博物館の周囲は緑地となっており,戦車が展示され,また犠牲者を悼む慰霊碑なども数多くあります。


イメージ 4 パラシュートで降下した部隊が集結し橋へと行進した道は,空軍博物館が面する通りでもありますが,この通りの名は奇しくも私が住む町と同じユトレヒト通り/Utrechtseweg。この通りにある住宅は,ほとんどが1戸建て。緑地の緑とレンガの色がマッチして,とても美しい景観でした。しかし,この通りが戦火で破壊されていたなんて,…こういう場でうまく表現することができませんが,雨上がりの冷たい風を受けて歩きながら,色々ぼんやり感じていました。


イメージ 5 市役所前からユトレヒト通りをトラムバスで行くと,公園の向こう側にライン川が見えます。アーネム駅前で下車して,街歩き。アーネムの街もやはり整然としていました。ここの建物は以上の理由からほとんどが戦後に建築されたとのことですが,途中,はっとしたのが右の郵便局。詳しいことは分かりませんが,内部がどのようになっているのかとても興味があります…が,日曜日でしたので,残念ながら内部に立ち入ることはできませんでした。他にも素敵な建物は色々ありました。

 観光者にとってアーネムといえば,デ・ホーへ・フェルウェ国立公園/DeHogeVeluwe,ゴッホの名作で有名なクローラー・ミュラー国立美術館/RijksmuseumKroller-Muller("K"の後の"o"と,"M"の後の"u"にはウムラントがつきます。)でしょう。これらについては,また後日ご紹介したいです。今回は映画の記憶が新しいうちに…(笑)。

 この記事を作成するにあたり,映画の役どころに関する理解を深めるため,はてなダイアリーの「遠すぎた橋とは」を参考にしました。直接のリンクは貼りませんが,興味をお持ちになられた方は,どうぞ検索してお読みくださいませ。

 写真は,(1)アーネム市街地の街並み,(2)空軍博物館,(3)慰霊碑,(4)ユトレヒト通り,(5)アーネムの郵便局TPGPost,です。

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オランダとドイツにそのような過去があったとは知りませんでした。勉強させていただきました。ありがとうございました。m(_)mつい先日帰天なさったローマ教皇が1981年広島から世界に向けられた「戦争は人間の仕業です。過去を振り返ることは将来に対して責任を担うことです。」というメッセージのような(というと、御幣があるかもしれませんが・・ そんな、作品なのではないでしょうか。・・・罪深き私をお許しください。と祈りを喚起させていただき重ねて御礼申し上げます。m(_)m・・・慰霊碑の、青が・・・美しすぎる・・・。 削除

2005/4/14(木) 午後 2:44 [ ramune ] 返信する

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ramuneさん,こんにちは。戦争映画ってやっぱり心に虚しさが残りますね。「プライベート・ライアン」を観たときも,しばらく落ち込んでいました(笑)。この映画をご紹介することで,オランダの戦地でもこんな風に多くの方が犠牲になったことを少しでも皆さんに知っていただけたら幸いです。

2005/4/14(木) 午後 4:14 mozaiek 返信する

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モザイクさん、こんばんは。1977年、リチャード・アッテンボロー監督の作品なのですね。プライベート・ライアンは、たしか、トム・ハンクスが出ていたような・・犠牲者の方のご冥福をお祈りいたします。(-i-) 先ほど、TB先へおじゃまして、サウンドから入ってみようか・・なんて、思いました。今日のオランダのお天気はいかがでしょうか。ハウステンボスのある長崎県よりお送りしました(^-^) 削除

2005/4/15(金) 午後 11:14 [ ramune ] 返信する

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おはようございます(日本時間)ちょっとリクエストしてもよろしいでしょうか?地図を載せてほしいのですが、いかがでしょう。Linkでもいいのですが。理由は、この橋を落としたいと思いました。作戦を振り返りどこで失敗したかを確かめたいと思い立ちましたので。よろしこ

2005/4/16(土) 午前 7:09 ペーパーキャプテン・りヴぁ 返信する

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リヴァ様,了解です。少しおまちゃれ。(←野村萬斎風)

2005/4/16(土) 午前 7:13 mozaiek 返信する

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16.Apr.05,07:24am,オランダ王国略地図追加掲載了。

2005/4/16(土) 午前 7:25 mozaiek 返信する

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ramuneさん,ナイスフォロー有難うございます(笑)。オランダのことお好きなのですね。よろしければ,どんな風に思い入れがおありなのか少しお披露目していただけませんか?無理にとは思ってませんので,お気に触りましたら,お捨て置きくださいませ。

2005/4/16(土) 午前 7:42 mozaiek 返信する

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こんちは!ヨーロッパといえば、西がローマンカトリック、東がギリシャ正教、といっても同じクリスチャンなのですが、近いカトリック教会へ通うことが多いにしても、自分はプロテスタントなのだ、と自覚させられたというか・・そんな中、マルチン・ルターのお膝元であるドイツは、オランダに対してもそのような過去があったのかと、何も知らない自分を思い知らさせた、といった感じでした。(^^;オランダは、チーズがおいしいんですね!m(_)m感謝を込めて! 削除

2005/4/16(土) 午後 1:16 [ ramune ] 返信する

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ramune様,不躾な質問に対し,丁寧にご回答いただきまして,有難うございました。感謝なんてとんでもないです。また,色々コメントしてくださいね!

2005/4/17(日) 午前 4:30 mozaiek 返信する

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司令官(上層幹部)の判断(作戦)が陸・空と違うことからあの橋が遠くなったのでしょう。幹部達はやはり勲章を意識せず部下を思いやるのが理想です。私がその場の兵士なら戦場から逃げるかなぁ敵を撃てるかなぁ…D-dayと併せてまた観賞したいですね。

2005/4/17(日) 午前 7:03 ペーパーキャプテン・りヴぁ 返信する

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そうね,是非観て頂きたいわ。敗因は色々あります。とだけ言っておくっ!

2005/4/17(日) 午前 7:07 mozaiek 返信する

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