調査隊,オランダを行く

mozaiekのオランダ日記*2006年、オランダ王国ユトレヒト市から帰国しました。

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英語教育について−#1

我が家の長男坊は,日本語とオランダ語のプチ・セミリンガル。家庭の都合により,図らずも帰国子女として迎えることになった日本の小学校生活も,もうすぐ2ヶ月が経過する。ところが,彼の話す言葉は,親の私からすると完全なオランダ語の翻訳。彼の話言葉には,西洋語独特の話法や否定疑問文に対する返事の逆転などがあり,本人も「学校ではまだオランダ語で考えている」との自覚があるようだ。オランダ生活は2年だったので,これが完全に抜けるには,同等の時間がかかるのかも,と,その都度おかしな表現を直すという状況だ。
その一方で,オランダからは,小学校の担任だったカーリンや友達等から,彼あてにたくさんのメールが届いている。今後も子どもが彼らとコミュニケーションをとるためには,オランダ語か,オランダの友人達がやがて身に付ける英語のコミュニケーション技術が必要だと思いながらも,彼の英語の早期教育については,思うところあり,なかなか踏み切れずにいたのだった。
結局,先ほどまで夫と話し合い,彼がやりたいと希望する英語教室の門を叩いてみることとした。(まだ叩いてはいない。)

   ※   ※   ※

このエントリは,子どもの英語早期教育についての私の考えの紆余曲折を,自分の考えをまとめるために書くものです。あまりオランダとは関係がないメモ的な記事を,このブログの一部とする理由は,読者の皆様,特に,英語の早期教育に興味がある方,在外生活の経験がある方等からのリアクションを期待するからです。どうぞ,忌憚のないご意見をお聞かせいただければ,と思います。
色んなことを考えましたが,まず手始めに,学校教育以外の場所で英語教育が必要とされる理由から書いてみます。

   ※   ※   ※

かつて日本は,人口規模が大きい上に(現在第10位)比較的早く近代化を遂げたので経済規模も大きく,島国でもあることから,その経済活動が自国内で完結してしまう傾向にあった。従って,ビジネスの場面で英語を用いることは少なく,英語のコミュニケーション能力を求められる職業は限られていたが,運輸や通信技術の発達が産業の場面で世界にグローバリゼーションをもたらし,より多くの日本人に外国語,とりわけ英語のコミュニケーション能力を要求するようになった。現在でも,日本に特化した事業や単純な作業に従事するのであれば,まだまだ外国語能力を問われない職業もあるのだろうが,自分の周囲を見渡してみると,友人たちに関しても,その人が文系であるか理系であるかに関わらず,海外へ出る機会が多くなっているように思う。
ところが,そういった場面で活躍する人々は気が付いた。自分達が公教育で学んだ英語が,実践的な場面であまり役に立たないことを。それはなぜか。言い尽くされたことだが,その理由は,自分達が学んだ英語が受験英語だったからだ。では,なぜ,受験英語は実用性に乏しいのだろうか。

教育とは何か。読んで字の如く「教え育てること」とするならば,その行為には主体がある。私は,その主体は社会だと思う。より具体的には,社会を構成する者を治める者,つまり「お上」だ。これを日本と限定すれば,社会とは国民であり国民を代表する政治家である。また別の社会であれば,教会等の宗教団体であったりもするだろう。
では,社会は,何のために人々を教育するのか。社会は,決して,何の目的もなくむやみに人に教養をつけさせているのではない。その理由は,突き詰めていけば,人を社会のために良く働く者とするためだと思う。例えば,かつての日本では,国民を臣民,小国民とするための教育が行われた。今では小国民などとは言わないだろうが,どの社会にとってもその本質は今も変わらず,例えば,他の社会集団に貢献する人を生み出すためではない。このように考えると,歴史教育に関するアジア近隣諸国との摩擦も容易に説明がつくわけだ。そういうわけで,日本のお上は教育機関ごとに細かな規定を設けている。その一つが履修科目だ。

ところが,日本の場合,お上の目的を果たすべき教育機関には,別の目的がある。それは,より多くの学生を高次の教育機関に進学させることだ。それは自校の経営の安定化を図ることに繋がるからだ。中学においては,一人でも多くの生徒を偏差値の高い高校へ。高校においては,一人でも多くの生徒を有名な大学の学生にしたい。とどのつまり,教育機関においては,生徒のの大学入試合格こそが,究極の現実的な目的なのである。
この状況で,大学は設けられた規定を逸脱しない範囲で受験問題を作るため,多くの大学合格者を出したい高校は,自校の受験生を有利にするために,定められた必修科目よりもさらに狭い「受験科目」を履修させている。このことは,私が指摘するまでもなく,今般の高校のカラ履修騒動により明らかだ。皮肉にも,より多くの大学合格を勝ち取るために受験生に配慮した高校ほど,学生から広く教養を身につける機会を奪う結果となってしまった。
従って,手っ取り早く教育改革を行いたければ受験改革を行うのが近道だ。そのことは,お上も十分承知していて,「猫の目入試」と揶揄されるほど頻繁に受験改革を行っている。

この文脈に英語のコミュニケーション能力の話をぶち込む。そうすると,「それなら,入試に英会話の問題を出せばいいじゃないか」という意見があるだろう。
大学がこれまで受験生に求めてきた英語能力は,主に読解力だった。その理由は,大学の設置理由に求めることができる。つまり,日本の大学とは,先行研究=輸入した西洋の学術研究の文献を講読する場所だったからだ。これは理科系の学問に限ったことではない。社会科学の分野,例えば,私が学んだ社会学もそうだ。英語だけではなく,ウェーバーのドイツ語,デュルケームのフランス語などを読むために,西洋語の語学力が求められた。ドイツ法を採用した日本では,法学の分野でも,マルクスが一世風靡した経済学の分野でも同じことだ。
従って,高校では,受験を控えた時期に英会話の能力を鍛えるような授業計画は立てない。少し前に,高校の調査票について,関係者から話を聞く機会があったのだが,少なくとも,大学に多くの学生を合格させたい学校ではそうなっている。コミュニケーション関係の単位は,主に高校生活の早い段階で取得するようにカリキュラムが組まれている。
しかし,昨今は,ビジネスマンのみならず,研究者にさえも,英語のコミュニケーション能力が必要となってきている。それは,特に理科系の研究者によりよく言える。彼らは,英語で論文を書き,学会発表も国際的な場所で英語にて行うのが基本となっているからだ。
お上もそのことは承知している。昨年からセンター試験にリスニングテストが加わったように,受験生に英語のコミュニケーション能力を試すようになってきた。ただ,入試はやりにくい。親しい知人は,大学入試に関わる者だが,「センター試験の試験監督にだけは当たりたくない」と言って憚らない。50万を超える受験生に,まったく同じ環境を与えるのは,至難の業なのだそうだ。よって,リスニングテストの導入は,試験監督官,ひいては実施者たるお上への負荷を増やすことになる。リスニングテストのノウハウなんて,他の英語試験(英検など)から得ることもできるだろう,と思うのだが,日本は,失敗の責任を他人に求める他罰的社会だから尚更のこと,使える英語を教えろと要求する一方で,新しい制度を導入することに対しては用心深い。お上も大変だな,と思う。まあ,だけど,それが仕事だからね。

お上は,受験改革とともに,受験と縁深くなる前の段階,小学校から英語教育を導入し始めた。これのメリットは言うまでもない。日本人なら誰もが知っていることだ。オランダの小学校でも小学校高学年くらいから英語を学ぶ。だが,「国家の品格」の著者のように,リスクが高いと言ってみたり,必要ないと言ってしまう人もいる。ここにおける問題の本質はそこではないと思うのだが…。

今はどちらも過渡期。教育(=政治)は,批判されることはあっても,正解だと大絶賛されることは滅多にない。いつになったら十分な英語教育がなされるのか分からないし,状況次第では,今よりも後退してしまうことだって大いにあり得る。そんな時代なので,このボーダレスな世界で,受験英語しか学ぶことができずに苦労をした親世代は,我が子が少しでもグローバルな活動ができるようにと,学校以外の場所で英語教育を受けさせようとするのだと思う。私が英語教育を子どもの習い事として受け入れるに至ったのは,以上のような理屈が付いたからだ。

長々と書きすぎた。一気に書くので,いつも内容に深みがなく,話が散漫になってしまう。
まだ続きがあるのだが,週一ブロガーとなってしまったこの頃,それではまた来週!となるかもしれない。ともあれ,次回は,「それでは,親は子どもと英語教育の関係をどんな風にコントロールしたらよいか」というテーマで書いてみようと思う。

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モザイクさんらしい記事だこと(^^;)欧米人と違って漢字も覚えなければならないし、難しいところがあるんじゃないかな。それに英語が使えても「話す中身」がないとね。

2006/10/31(火) 午前 1:07 hoegardenjp

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本人のやりたい気持ちが一番大切かな。長男くんの場合、オランダ語ができるということで英語へのハードルはかなり低いと思います。慌てなくても大丈夫でしょう。忘れないうちに、という気持ちもわかりますが、今は日本語の力をつけることが最優先の気がします。

2006/10/31(火) 午前 4:21 [ 元英語教育者 ]

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おひゅ〜んうじ,モザイクらしかったですか(笑) コレ,堅っ苦しーものねぇ(汗) でも,私はそんなにお堅い人ではないんですよ,多分。とか言いながら,マジにお返事すると,私も難しいと思うんですよ。まぁ,目標をどう設定するかにもよるでしょうが。でも,欲が出るものなのね。漢字とか話す中身は,今後の読書量なんかにもよるんじゃないかな。あと,シンガポールも参考になるかも。

2006/10/31(火) 午前 9:49 mozaiek

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元英語教育者さん,はじめまして(でしょうか,それとも…?まぁ,どうでもいいことではあります・笑)。アドバイス有難うございます。日本語については,国語の学習には問題なく,作文なども相応に書いてます。ただ,話し言葉に少々難があり,端的に言うと「とろい」のです。これは学習ではなく慣れの問題ではと思っています。担任の先生は「コミュニケーションに何も問題はない」と言ってますが,私は,彼のオランダの友人と日本の友人では,彼に関する印象は大分違うだろう,と可哀想にも思います。だけど,それも彼の人生の一部なので,前向きに受け止めなければいけません。そこで,英語にはすごく興味があるようなので,ご指摘のとおり,カタカナで単語を覚えるようにならないうちに(彼はアルファベットを見て発音ができます),少しネイティブの英語に触れさせておきたい気持ちがあり,タイミングを見計らっている状況です。

2006/10/31(火) 午前 10:06 mozaiek

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「英語を勉強する」という決断は「英語を選択しなければ出来たであろう他の何かをあきらめる」ということだと僕は思います。語学力は「損にはならない」し、お子様ご自身が英語を勉強したがっているのですから、ここは英会話学校を選択することが正しいように思われます。しかし小さな子供は一般に「子供時代に学ぶべきこと」の中には、どれほど多くの選択肢があるのかすら知らないのですから、責任ある親として、こうした場合に子供の意見をどこまで尊重すべきかというのは、とても難しい問題だと思います。

2006/11/2(木) 午前 1:31 [ NED-WLT ]

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NED-WLTさんのブログでたびたび登場する「戦略」の話に繋がりますね。しかも,愛する子どもの人生における戦略ですから,マネジメントする親が,それが子どもの将来の幸せの足がかりになるように,と真剣に考えるのは当然といえば当然だと思います。これは英語に限らず,お稽古事やクラブ活動全般にも言えることですが,水泳なんかは護身にもなるので,請われるままにレッスンに放り込めますが,語学は生活に結びつかないと習得は難しいだろうというところでも悩みますね。結びついたら結びついたで,また別の難しさもありますし。

2006/11/2(木) 午前 11:12 mozaiek

うちの娘の場合、スイスだったのでドイツ語がすこし話せるようになって帰ってきました。せっかくなのでドイツ語は継続学習しています。英語もすこしやっています。ドイツ語ができるので英語は楽そうです。オランダ語も同じでしょう。帰国後は漢字が大変でしたが、本人のがんばりもあり、いまは特に問題ありません。うちの場合、外国人がよく来て英語で話しているので、それをみて英語を話したいと子供たちは思っているようです。英語の楽しさを見せ付けることが大事ですね。

2006/11/3(金) 午前 6:54 リレハンメル

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リレハンメルさんのお嬢様はドイツ語検定3級にチャレンジされたのでしたよね。スゴイです。お嬢様の今後に,私も期待しております。私の子どもも,オランダで大分鍛えていたので,現在のところ学業で困るようなことはなく,英語教室に通うくらいの余裕はあるのですが,週一くらいでは毒にも薬にもならないのでは,という気もするのですよね。本人は「お母さんが英語教室に連れて行ってくれない」とふて腐れるほど英語教室に通いたがっているのですが…^^;

2006/11/3(金) 午後 11:56 mozaiek

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週に1回の英語教室なら親しむ程度のものでしょうから、小学校の1年生でも始めたらよいのではないでしょうか。一概には比較できませんが、スペインでは幼稚園の3歳児のカリキュラムの中に週1の英語のクラスが組み込まれています。訳も判らず、真似して遊んでいるだけでしょうけれど・・・。外国語の早期教育は習得を目的とするよりは、親しみ、別の国には別の言葉があり、その国ではその国の言葉を皆が話しているということを体感することだと考えています。習得段階は、もう少し先の話だと思います。

2006/11/5(日) 午前 3:48 アミーゴプラザ

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アミさん,「えっ!あのスペインで!!」と,ちょっと意外でした。いや,あのスペインだからこそ,なんでしょうか。スペインで英語は通じにくいですよね。「スペイン(欧州)と日本では文化が違う」という非難を恐れず書くと,子どもの知的好奇心を満たす程度でもいいのでは,と,私も思います。また,彼らが耳で覚えた言葉は,ホントにキレイに発音されるんですよね,羨ましいくらいに。とかいって,日本で習うとノイズが多いので,そうもいかないかもしれませんが。確かに,小さい頃から英会話を習っているお子さんでも,英語が文章となって口から出てくるまでになるのには時間がかかるようです。

2006/11/6(月) 午前 0:23 mozaiek

オランダは英語を公用語にしていない国で最も英語の成績が良い国ですよね。その点で息子さんが英語に興味を持つのは関連性があって良いと思います。ただ日本人である以上、まず漢字ひらがなカタカナという日本語を理解するのが先でしょう。将来、完全に移住するという決断を下して日本語を切り捨てない限り、早すぎる英語教育には私は反対です。ただ、小学生で週1くらいの英語教室なら許容範囲かなとも思います。まずは何事も興味を持つことが大切なので、まあ悪くないんじゃないですかね。。全然説得力ありませんが…。

2006/11/7(火) 午前 1:48 blue_ing_azure

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いんぐ。さん,オランダ人の英語力の高さには,中央ヨーロッパの地勢といった合理的な理由があるのですよね。オランダ人も一様に「オランダは小さな国だから」と答えます。ところで,いんぐ。さんの英語教育ってどのようなイメージでしょうか。語学の習得には時間がかかりますので,結構ハードな学習といった感じでしょうか。実際に小学生をその環境に置くのは難しいですよね。だから,個別のことになりますが,私の場合は,いんぐ。さんのお考えとは逆に,たとえ週に1度の英語教室だとしても,子どもが英語に興味を持ってるだけであれば,英語教室に通わせようとは思いません。私が納得したのは,子どもが彼の友人達と引き続きコミュニケーションをとりたいと切望しているからなのですよ。

2006/11/8(水) 午後 2:50 mozaiek

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子供には、やりたいこと興味のあることをやらせるのが一番。グングンと知性は伸びるでしょう。その為には、様々なことに興味を持たせるような環境にするのが一番の教育でしょうね。詰め込み受験勉強では、駄目ですね。

2006/11/12(日) 午後 9:26 デニーロ

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デニーロさん,有難うございます。デニーロさんのお書きになったことこそが私の課題。子どもにどこ(いつ)まで苦痛を感じさせずに学ばせることができるか,挑戦中です。

2006/11/12(日) 午後 11:20 mozaiek

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子供さんがオランダでのお友だちとコミュニケーションを取りつづけたいから英語を勉強したい、というのはとても素晴らしいことだと思いますから、是非頑張って欲しいです。ということは、早い段階で本格的な読み書き&聞き取り・会話の習得をしなくてはいけませんね。。。お友だちとの短いメール交換とかいろいろ手段が考えられますから、楽しみですね!

2006/11/13(月) 午前 6:44 アミーゴプラザ

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アミさん,有難うございます。今は,オランダ語でメールが来るので,彼に読んで聞かせて返事を聞いて私が代筆するという感じです。だけど,オランダ語については,これ以上日本で学習するのは難しいので,その内英語に切り替えないと対話が続かなくなりそうです。友達ももう少ししたら英語を学ぶわけだし。というわけで,私の子どもにも,そういう実際的な目的があるので,続けられるといいな,と思います。

2006/11/14(火) 午前 11:47 mozaiek

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オランダに関心を持ち、関連のサイトを探していて、こちらにたどり着きました。「西欧の植民地喪失と日本」(草思社)というオランダの植民地人が書いたエッセイを読んだので、決してオランダ賛美者ではありません。しかしかつて日本人が、オランダ語に命をかけ、その出来不出来が 生死を分けた時代もありました。その時代のことを小説で読み、震えるほど感銘を受けました。

幕末の蘭学者高野長英は、妖怪とあだ名されて蘭学者を目の敵とする鳥居耀蔵のために投獄されます。時代が求めるオランダ兵書の翻訳をしたいという気持ちを抑え切れない長英は、牢獄の劣悪な環境に絶望した末、放火をそそのかしてそのすきに脱獄します。

2007/10/17(水) 午後 1:53 [ zeb*afe*ep*n ]

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長英は全国に散らばる支持者の助けを借りながら、日本中を転々と逃げ回ります。支持者の中に、薩摩藩など有力藩主がいるのが興味深い。そして有益な翻訳をいくつも成し遂げます。しかし翻訳書を読んだ者たちの間で、これほど立派な翻訳が出来るのは長英しかいない、長英はどこかで生きているという噂が立ち、その噂が幕府の役人の耳にも入ってしまい・・というお話です。翻訳が彼の命を奪うことになります。

吉村昭「長英逃亡」からの引用でした。読んでいて呆然とさせられています。それにしても日本の少年がオランダの少年とオランダ語でやりとりするとは。長英が聞いたら、何と言うでしょう。

2007/10/17(水) 午後 1:54 [ zeb*afe*ep*n ]

zebrafedepenさん,はじめまして。
面白そうな書籍ですね。いつか手にとって,我が家のオランダ関係本コレクションに加えたいと思います。ご紹介有難うございました。

2007/11/4(日) 午前 0:36 mozaiek


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