調査隊,オランダを行く

mozaiekのオランダ日記*2006年、オランダ王国ユトレヒト市から帰国しました。

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英語教育について−#2

前回のエントリは,コミュニケーション・ツールとしての英語力を現状の公教育だけで身に付けるのは難しい,という趣旨だった。ありふれた意見だが,難しいと考える理由については,現状の英語教育や教育システムといった切り口で述べたいったつもりなのだが,破綻している箇所があれば,引き続きご指摘をお願いしたい。
このエントリはその続編で,前回予告したとおり,子ども達にどのように英語を学ばせるのがよいか,考えてみたい。

   ※   ※   ※

前回のエントリのコメント欄では,英語の早期教育に批判的なご意見をいくつか戴いた。そこに書かれているとおり,今後,日本社会で生活する以上,日本語の習得が最優先だという意見は尤もな話。それに関連して,漢字について言及されたものがあった。
その真意を自分なりに汲み取ると,そこには,
  • 欧米等で使用される言語(以下,「印欧語」)と日本語とでは言語系統が異なるので,日本語を母語とする者にとって印欧語は親しみにくく,欧米人と同等に子どもに英語の習得を期待するのは難しいのでは。
  • 日本は漢字文化圏に属し,印欧語とは使用する文字も全く異なる。しかも,漢字は数限りない。従って,日本語の習得は他の言語より難しいので,同時に印欧語を習得させるのは子どもへの負担が大きいのでは。
というような理解があると思う。オランダで私の身近にいた欧米人は,みな口を揃えて日本語は難しいと言っていた。確かに日本語リテラシーを要求されると難しいだろう。では,日本人が母国語として習得するのも難しいのだろうか。そして,日本語を母語とする者が印欧語を学ぶのは負担が大きいのだろうか。よく分からない。後者は相対すれば「難しい」となるのだろうが,環境や費やした時間の長短により解決されるようにも思う。個別のケースではあるが,私の子どもがオランダ語を習得していく過程を見ていると,耳で聞いて覚えていく段階では「母語が日本語だから…」というのはあまり関係なさそうに思えた。なので,これがその年齢の特性であり,早期教育のメリットなのだという認識が私にはある。もちろん個人差や性格に拠るところも大きいので,これが全てとは考えない。
しかし,外国人と交流する場面において,日本語の難しさ等を考慮して日本人が英語でのコミュニケーションを免除されるものではないことは確かだ。今後,日本人の英語を使用する機会が増えると予想されるのであれば,これまでとは異なる英語教育のあり方を考えなければならない。そして,すでにそれを公教育の場で実践しようと,小学校から英語教育が必修化されようとしているのだと考える。

平成15年3月31日
文部科学省
   「英語が使える日本人」の育成のための行動計画
1 趣旨
 経済・社会等のグローバル化が進展する中、子ども達が21世紀を生き抜くためには、国際的共通語となっている「英語」のコミュニケーション能力を身に付けることが必要である。
(中略)
 標記の行動計画は、戦略構想に基づき、その後の施策の実施状況や平成15年度予算措置などを踏まえながら、今後5カ年で「英語が使える日本人」を育成する体制を確立すべく、平成20年度を目指した英語教育の改善の目標や方向性を明らかにし、その実現のために国として取り組むべき施策をまとめたものである。
(以下略)
 文部科学省HPより(機能的な問題のためURLが貼れないので,全文を読む場合は標題により検索してください。)

少し余談になるかもしれないが,英語教育の話は,どうしてもミクロな視点でそのメリットやデメリットを考えがちだが,もしかしたら,上の戦略構想は,マクロレベルのより大きな計画の前段階かもしれない。つまり,今後,人口の減少が予想される日本では,遅かれ早かれ外国人を受け入れていくことになるので,国民に耐性を持たせておこうというような百年計画(?)だ。もっと平たく言うと,日本をまさに活発な国際交流の舞台にしようという企みだ。文部省には前科がある。脱線してしまうので詳しく書かないが,過去,中曽根内閣の時代に「留学生10万人計画」というのがあった。この目標のために,無理に留・就学生を受け入れた結果,出入国管理行政はガタガタになり,今では治安の悪化も懸念されている。
その百年計画が遂行された姿は,現在のオランダにある。ほとんどの人が英語を話すオランダ。この国は英語を公用語としていないにも関わらず,英語を話せる外国人にとって非常に生活しやすいところだ。大学で使用される言語について英語がデフォルトとなっていることが多いのも,世界から優秀な人材を集めるための戦略だ。オランダ人自身のメリットは言うまでもない。旅先とかビジネスのありふれた場面でも,危機管理の面でもかなり有効だ。というのは,英語が使えれば自力で状況を把握することが可能な場合が多いからだ。個人主義の世界では,そういった能力が国に準備されている状態は非常に望ましいといえるだろう。
ただ,自国が国際交流の舞台となれば,いわゆる文化破壊は進む。オランダの場合は,オランダ語の保存にもぬかりなく,英語を使用する優秀な人材を国内に呼び込む一方で,単純労働等に従事することが見込まれる移民や難民には,厳しくオランダ語の習得を課しているのが現状だ。だが,強く制限すれば反発も強くなる。オランダの場合でさえも,時代の変化とともに乗り越えていかなければならない問題が次々に起こっている。
このように,文化の一つである言語に関わる戦略は,マクロレベルであっても別の方面からのケアが必要だ。時代の要請や潮流で変容してゆくのも文化。一つも変わらず維持されてきた文化などないことは分かっているが,後の世代に伝えていく努力も必要だと思うのだ。

さて,小学校における英語教育に話を戻す。
ネットや新聞で小学校における英語教育を批判する意見を目にすることがあるが,現在の小学校でどんな英語教育が行われているかについては,広く一般に知られているのだろうか。
実は,私はあまりよく知らなかった。
文部科学省のサイトで同省が行った小学校英語活動実施状況調査(平成17年度)の調査結果概要を見ることができる。その他にも,ネットには参考になるサイトが多数ある。授業時間数については,概して,低学年では月1回程度,それより高学年になると,月に2回〜3回というのが多いようだった。授業内容については,聞くことと話すことに重点を置き,音声や映像による教材をを用いるなど,年齢を考慮したものとなっている。文字を使った知識の習得は,学年が上がると増えていく傾向にあるが,比較的少ないようだ。ちなみに私の子どもの小学校では,10月に地域人材を活用した交流が行われたように子どもから聞いている。教頭によると,この町は市の他の町に比べて帰国子女や外国人が多いそうなので,人材には事欠かないことだろう。
小学校の英語教育の関係者は,10年程前から英語教育の開発に着手していた模様,言語学的見地から,小学校での英語教育を「伝達能力の習得」,従来の中学校での英語教育を「学習」と位置づけ,従来の中学校での英語教育とは別のアプローチが試みられているとのこと。また,昨今の「国語能力の低下」にも対応するため,英語教育を国語能力の発展に寄与させるための方策なども研究されている。
以上のように,英語教育の導入方法については,ただ時期を早めればよいなどと安易に考えて,中学校レベルの内容の学習対象者を低年齢化しているわけではないようだ。従って,その批判の仕方は当たらない。だが,小学校の時間割に英語の時間を設けるために,何か別の学習の時間が割かれており,それが例えば,国語だという話なら,英語教育が子ども達の日本語能力を削ぐことにダイレクトに繋がる懸念があり,批判もあって当然だと思う。ただ,そういう話はネット上では見つからなかった。私の子どもの場合は,学級会の時間に行われたそうだ。実例を多くあたったわけではないので強くは言えないが,数学者の藤原正彦が「国家の品格」で行った批判は,非常に論拠に乏しく,勢いだけで行ったもののように思えてならないが,同書がベストセラーとなったことが彼に賛同する人が多いことを示すのであれば,日本の中の人の感性に少し怖いものを感じる。

ここまで,小学校で行われる英語の早期教育について,何だかそれはとても良さげなもののように書いてきた。だが,言葉の習得には,とりまく社会環境という大きな要因がある。小学校での英語教育は,子ども達をとりまく環境とまではなりえない…と続けたいのだが,今回も長くなったので,続きはまた来週。次回エントリでは,早期の英語教育におけるデメリットを,英会話学校等の学校外での学習や,日本人の情緒的な問題などと併せて考え,この話題の最終回としたいと思う。

閉じる コメント(18)

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公用語にするのが手っ取り早いけどね(^^;)前に漢字があるから難しいと書いたのは、日本語の難度のことではなくて、漢字を覚えるのに要する時間が馬鹿にならないという意味です。今朝NHKで某大学の大学生が満足に日本語を使えなくて、大学で日本語の授業(補習?)をしているという信じられないことを報道していましたよ(^^;)こういったことや、我々以前の英語に苦労した世代の人達でも海外に行って立派に日本を発展させてきた経緯を見ると、早期学習にそう神経質になる必要はないような気もします。

2006/11/8(水) 午後 2:02 hoegardenjp

取り巻く環境を考慮すると早期に英語に触れることは賛成なのですが、やはり英語の免許を持ったりちゃんと教えたことのある教師の人数が、子供の数(クラスの数)に対して少ないように思います。その点で危うさが見え隠れするのが私の主観です。より公平で良質な英語教育が待たれるのではないでしょうか。

2006/11/8(水) 午後 2:11 blue_ing_azure

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おひゅ〜ん先生…,手っ取り早いとか神経質になる必要はないとか,危うく飲んでたお茶を吹きそうになりましたよ(笑) 漢字について,時間がかかるとは思っていましたが「馬鹿にならない」という発想はなかったです。きっと私が,漢字ってキレイとかぼぉっと思ってて苦痛を感じなかったからなんでしょうね…。おひゅ〜んにだから白状しますが,ちょっとこのエントリ,イタいっていうか,お上の肩を持ちすぎっていうか,きれいごとを書きすぎたという気はしています。だけどね,日本語の補習の話は,少し前から新聞でも報道されていましたけど,英語教育とは関係ないと思いますよ。叩かれるの覚悟で思いっきり脱線しますが,そういう人達は大学へ行くべきではないんですよ。本当は別の道(例えば,職業訓練などの学校)へ行くべきなのに,日本はそういうのが整備されていない代わりに大学が大衆化して,とにかく大卒がうじゃっといる社会なので,そんなおかしなことになるのではないでしょうか。(あー,怒られそう。)

2006/11/8(水) 午後 3:37 mozaiek

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続き) それと,おひゅ〜ん先生も世界のビールを飲み歩く素敵な国際人でいらっしゃるので,見ておられる世界もまた素敵なんだと思います。おっしゃるとおり,目標があって世界へ出て行く人は,これまでどおりきちんと自分で英語力を習得するのでしょうが,そうでない人もシステム的にどうにかしよう,というのが現在の文科省の企図するところだと思うので…。

2006/11/8(水) 午後 3:38 mozaiek

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いんぐ。さんのコメントに対しては,今の私にはお答えできる材料が少ないですね。ただ,JETプログラムというのはご存知ですか? 私も10年以上前に許認可側として携わっただけで,現場でどう活用されているか詳しくないのですが,確か小学校での英語教育に関わっていたと記憶しています。少しずつネイティブが指導する環境が整えられていると思いますよ。

2006/11/8(水) 午後 3:52 mozaiek

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あるエッセイで読みましたが、昔は、青い目というだけで珍しがられたという一節。そういう点では、、数十年前に比べたら西欧文化と接する機会は多くなっているでしょう。英語を学ぶ環境、と言う意味では日本は必ずしも遅れているとも思わないです。どうしても、使える英語、道具としての英語をどう習得するか、というところに目が行ってしまう嫌いがありますが、習得のためには時間をかけるしかない。思いつきですが、もっと、異文化を知る機会を増やす教育の中で、英語教育を組み込めれば良いのでは、と漠然と思います。

2006/11/12(日) 午後 0:40 [ nakkun ]

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また、日本人にとって英語習得の負担は大きいか、という点に言及されていますが、相対的にはその通りだと思います。日本語は中国語から入った漢語が多く、ヴァーバルなコミュニケーションでも、必ず頭に文字が思い浮かんでいる筈です。一方、西欧言語の多くは音声言語。おそらく、言語に関わる頭の構造が少しばかり違うのではないかと、想像しています。寺子屋の時代から伝統的に日本は読み書きに重点を置いていますし、そんなことも少しは関わっているのではないかと。

2006/11/12(日) 午後 0:51 [ nakkun ]

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なっくんさん,ご意見,興味深く拝読しました。以前mixiのメッセでオランダ語についてやり取りした時にも感じたことですが,なっくんさんは言語学の方面に精通しておられるのですね。英語力の習得については私も同意見です。中学からの英語だと,受験へ向けてのカリキュラムで手一杯なのかな,などとも思いました。まさに現場では,なっくんさんのご提案のような取り組みをしている模様,今後は,その取り組みに中学英語との継続性や整合性をどう持たせていくか(小学校で学習する英語をノンバーバル・コミュニケーションにしないこと)が課題のようです。それと,日本語と印欧語の話ですが,確かに,音価しか持たない漢字でも,言葉を発しながら脳内にひらめく感覚っていうのはあるのかも? いや,よく分かりませんが。もしそうだとしたら,それは同じ言葉を3種類の文字で表わせる日本語の特徴かもしれませんね。リテラシーの高さも関わっているように思えてきます。じゃ,漢字が書けない中国人はどうなんだろ? なーんて,ホント,面白いご意見,有難うございました。

2006/11/12(日) 午後 11:09 mozaiek

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モザイクさん、こんばんは☆私は先日外務省主催の、オランダから来た日系人との日蘭交流パーティーに参加しました。どこから見ても日本人なのにオランダに住んでいてオランダ人で…。中には、Utrechtのdick bruna huisから徒歩5分の場所から来た方もいました。私も、英語を、願わくば、英蘭両方とも習得したいです。ローソンの新キャンペーン”ハッピーローソン”が本日発表されました。http://www.lawson.co.jp/company/news/1122.html

2006/11/13(月) 午後 10:18 [ おれんじみひ&みのりん ]

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みのりんさん,相変わらずご活躍のご様子,何よりです。次のエントリで話題にしようと思っていたのですが,外見と使用言語のギャップってなかなか大変みたいです。ところで,去年,ユトレヒトの新聞でブルーナさん(多分)のはとの絵を見ました。和平かなにかのキャンペーンだったのですが,その後調べても分からないのですよね。ご存知ありませんか?

2006/11/14(火) 午前 11:53 mozaiek

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モザイクさん、こんばんはみひ♪ブルーナさんのマークのキャンペーンはおそらく、『WORLD PEACE IS POSSIBLE』だと思います♪私も、ブルーナさんのハトのマークが大好きで、ポストカードを玄関に飾っています。 http://www.worldpeaceispossible.com/外見と使用言語のギャップの大変さ…次のエントリも楽しみにしております。

2006/11/14(火) 午後 11:10 [ おれんじみひ&みのりん ]

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みのりんさん,お返事有難うございます。これですー! やっぱりブルーナさんだったのですね。新聞ではクレジットが見当たりませんでしたが,そうだろうと思っていました。どういう活動をしておられるのか,私もこれからサイトを見てみます。このエントリの続き,更新していないのにたくさんの方に訪問いただいている様なので,早く書かないと,と思うのですが,ちと風邪っぴきで,まとまった文章が書けませんでした。今週末までには行事の合間に書きたいです。ところで,もうすぐアドベントですね! こちらでは近所のキリスト教系の大学でツリー点灯式があるので,行ってみようかなぁと思っています。なかなか山を降りて神戸までは出向けずにいますが…^^;

2006/11/14(火) 午後 11:59 mozaiek

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Mozaiekさん、言語学に精通などしてませんよ(>_<)。ただ、好きなだけでして・・・。文字を思い浮かべるという点は、かなり断定的に書いてしまいましたが、無意識に、というのもあるかと思います。言語は音声から、と考えるのが普通ですので、その点、音を真似るのが上手い人は、比較的語学習得も早いのではないかと思います。しかし、日本語では文字が理解の手助けをしている部分が多いので、日本語を日常使っている我々は、西洋言語の習得が不得手ともいえるのでは、と思うのです。根拠はありませんので、念のため(^_^)。

2006/11/15(水) 午前 0:45 [ nakkun ]

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なっくんさん,いえいえ,言語は音声から考えるのが普通とお書きになられるところからも豊富な知識が見えてますので(笑) 私が文字を思い浮かべる感覚という点で同意したのは,日本語の漢字には読みが音訓の複数あるからです。中国語は,上海語,福建語…と方言も色々ありますが,原則読みはそれぞれ一つですしね(もちろん例外もあります)。そういう意味では,ラテン語から派生した言語に似ていて,日本語とは趣が違うと思いました。続き,多分今日投稿できると思うので,またお読みくださると嬉しいです。

2006/11/17(金) 午前 9:03 mozaiek

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今,思い出したけど,なっくんさんは中国語もお話しになられるんでしたね。(xiarenというのはお名前で,もしかしたら両方併せてあの漢字を当てるのかな,とか思っています)話が早いというか,釈迦に説法という感じでしたか,失礼しました(笑)

2006/11/17(金) 午前 9:19 mozaiek

先日から何度もコメントを囲うと思っていたのですが、考えがまとまらずなかなかかけませんでした。でもまだ私自身の考えはまとまらないのですが・・・ただ、さっき次のエントリでも書きましたが、私の子どもたちの今後の事にも大きく関係する内容だけに子ども達にとって何がいいのかは常に考えます。

2006/11/23(木) 午前 6:15 palpalxxx

さて小学校での英語の教育についてですが、英語をカリキュラムに加えるには何かの時間を英語に変えなければならず、それがたとえ「学級会」であっても私は納得いきません。「学級会」も必要だから設定されている「授業」ではないのでしょうか?国語や算数ではないから変換してもいいのか?という疑問があるのです。ならばゆとり教育、学校の週休2日制を考え直すべきではないか?などとあまりに現実離れした考えになってしまいます。けして、小学校での英語教育に反対と言うわけでもないのですが・・・

2006/11/23(木) 午前 6:24 palpalxxx

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ぱるぱるさん,ご意見有難うございます。私は必要性とか優先順位の問題だと思います。私が小学生だった頃と比べたら,圧倒的に英語のコミュニケーション能力の必要性が高まっている,と。だからといって,他の科目をないがしろにしていい,とはもちろん思っていませんが,それを調整しようとするときに古い世代から反発がくるのは当然のことでもあります。大正とか昭和のはじめ頃に子ども向けの書籍が普及し始めましたが,そのときに大人が,「子どもに本なんてまかりならん」と言っていたのに少し似ているように思います。

2006/11/24(金) 午前 11:23 mozaiek


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