調査隊,オランダを行く

mozaiekのオランダ日記*2006年、オランダ王国ユトレヒト市から帰国しました。

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英語教育について−#3

「英語教育について」と題するこのシリーズ,最初のエントリから既に半月以上が経ってしまいました。その間に,私は「英語」に関わることとして,地域の「ハロウィーンの雰囲気を楽しむ会」を体験し,また,子どもは「ネイティブの指導」を謳い文句にしている某英会話スクールに通うようになりました。
それらの経験や,そこで知り合った人からもたらされる情報が,私の英語教育に関する考えを刻々と変えていくため,このエントリをシリーズ最終回にしようとしても,なかなか整然とした構図を頭に描けず,よいタイミングを得られずにいたのですが,私の場合,文章にしてしまわないと頭の整理がつかずに長いこと逡巡してしまう癖があるのと,こう書くと先に「逃げ」を打つようで不本意なのですが,私は専門家ではないので,ただ自分の体験を通して考えたことを書けるだけだ,という思いもあり,まとまらないものはまとまらないまま記録しておくことにも益があるだろうと考えました。
重ねて強調しておきますが,私は言語学や教育学について,書籍を読んだりはしますが,何らかの学問的な立場にあるわけではありません。ただ,このエントリにより,ここをご訪問くださる方の中に英語教育について私以上に知識や経験をお持ちの方が多数いらっしゃるので,前々回(英語をコミュニケーションツールとするのに,何故学校以外で学ぶ必要があるのか),前回(小学校における英語教育について)と同様に,私が皆様の有意義なアドバイスをお受けしたいと考えたことと,また英語教育についての意見を求めてここにたどり着いた方にとって,この場所でなされた発言が何らかの示唆となることを希望するものです。

  ※    ※    ※

上に書いたとおり,私の子どもは,オランダから帰国後に英会話スクールに通い始めたことで,2通りの外国語との関わりを体験している。
2通りのうちのもう一つは,オランダに滞在した4歳半から6歳半までの2年間で,現地校へ通いながら生活に直結した年齢相応のオランダ語を習得したことだ。家庭では日本語を使用していたとは言え,親である私達も,彼がオランダ語の環境に早く馴染めるようにと,自宅でも彼が暗誦するオランダ語やオランダ語の歌を聞いたり,理解が難しい単語の意味を教えたりしていた。だけど,それらには彼を勇気づける以上の意味は殆どなく,やはり彼自身の「コミュニケーションしたい」という強い欲求こそが,オランダ語の習得を後押ししたのだと思う。それで,前回の記事の最後に,言葉の習得には社会環境が大いに関係するというようなことを書いた。だから,言語の習得で最も手っ取り早いのは,その言語を使わなければ生活できない環境に入り込むことである。語学留学などが奨励されるのはそういった理由だ。
だが,それが子どもである場合には,二つの大きな問題が横たわる。

一つは社会化(ソーシャライゼーション*下記)の問題。
子どもに外国語を習得させるためにこの方法を選択した場合,子どもを本来彼の所属すべき社会集団から分断してしまう危険性を伴うことになる。なぜ危険なのか,その理由は,社会環境は,言語の習得だけではなく社会化の役割を持っているからだ。子どもにとって,学校(幼稚園や保育所を含む)という場は,家庭の次に主要な社会性を身に付ける場所である。ところが,早い時期に子どもを準拠集団とは異なる環境に置くと,外国語の習得はおろか,必要な社会化ができない(または混乱が生じる)ために,本来その子が獲得すべきであった準拠集団の価値観や生活習慣等(母語の確立を含む)が身に付かず,民族的アイデンティティに混乱が生じてしまう恐れがある。このことは,子どもがその時期に外国で生活することになる者にとっても,必ずつきまとう問題であり,国内でも,日本に居住していながら幼児期からインターナショナルスクールへ通学させたため日本語(母語)が確立できないでいる子どもや,地域にうまく溶け込めずに不登校となってしまった結果セミリンガルになってしまった南米移民の子どもの事例が,しばしば新聞等で報道されている。

もう一つの問題は,同じ言語を使用していても単語が内包する意味が異なるために,言葉の持つセンスにズレが生じること。センスのズレとはどういうことか。例えばこういう単語により,うまく説明できる。
 日本語の

は,オランダ語では,
rijk (主権国家の権力の及ぶ領域(=範囲))
staat (国家組織)
natie (先祖や言葉などを共有する人々の集まりとしてのくに,国民)
land (領土)
など,それぞれの側面により別の言葉で表現される。したがって,Wikipediaの「」の項にリンクされたオランダ語は現在のところ,ない。
 (同様に,英語の life は,日本語では,より細分化された意味により構成される。)
以上のような違いがあるのは言葉が歴史を体現しているから。領土と権力の及ぶ範囲と民族がほとんど一致している日本では,国という言葉は無意識に極めて広い意味を込めて使用される。ところが,境界線が西に東にと移動し,フランスの一部となったり神聖ローマ帝国の一部となったオランダの人達にとって,日本人が発する「国(例えば英語で"in my country"という場合)」は,曖昧模糊としており,場合によっては誤解される恐れもあるのでは,と考える。
母語として獲得した言葉には,そういった背景が自然と組み込まれているので,同国人同士での会話では暗黙の了解事項であるはずだが,異なる環境で言葉を獲得した場合は,国籍と言葉のセンスにギャップが生じるので注意が必要だ。

極端な話では,私の知人に多言語の環境(両親がドイツ人とフランス人で,オランダで生活しながら英語のインターナショナルスクールに通うような感じ)で育った人がいるが,天才的に語学に長けてはいたのだが,思春期に心を病んでしまった。因果関係をここで細かに説明することはできないが,監護する者が余程気をつけてバランスを保たなければならないのだ,と思った例だ。これはあまりに特別な話で,普通に在外生活を送っておられる方を脅すつもりは全くない(もし,そう思われたら,それは真に申し訳ないと思う)が,私にとってはバイリンガル(マルチリンガル)って何だろうか?と考える契機となり,子どもを多言語の環境に置くことについて,それなりの覚悟を持って臨むことができた。
私の子どもについて幸運だったのは,渡蘭前の3年と半年ほどの間,彼は保育所に通い,日本式の社会(集団)生活を体験していたことだ。この体験は,彼にとって二つの意味で有益だった。一つは,親から離れる訓練ができていたこと。もう一つは,欧州の習慣を,自分の生活習慣とは異なる「欧州のもの」として受け入れることができたことだ。それに加えて,外国語の習得に関しては,最初の1年間通った学校がオランダ語教育を目的して設置された小学校/taalschool だったので,彼と同様にオランダ語を習得中の「外国人同志」と一緒に頑張れた。しかしながら,この2年間という短期間の滞在でさえ,私達と彼との間に言葉のセンスにズレを生じさせることとなった。私達が「オレンジ」という時,彼の頭には果物のオレンジ/sinaasappel とは別の言葉「オレンジ/oranje」のイメージを同時に思い浮かべるだろう。英語のオレンジ/orange は日本の蜜柑を指すかもしれないが,オランダ語では"mandarijn(マンダライン)”という全く異なる単語が割り当てられる(厳密には,オランダ語と同様,英語でも"mandarin(マンダリン)"と呼ばれる)。そして,後者の"oranje(オランィエ)"は,オレンジ色の他,オランダ王室やオランダのサッカー・ナショナルチームを指すこともあり,こうして言葉に対し経験の少ない彼が,頭の中である言葉を解釈するため,慣れ親しんだ別の言語に変換中に,その言葉の持つ複数の意味で混乱をきたしたとき,彼が次の言葉を発するタイミングは普通の人より遅れる(彼にとっては,「別のことを考えていた」と表現される)。同様に,「川」や「海」,「山」といった言葉のイメージも,オランダで生活したことにより随分変わってしまったようだ。ただ,私の子どもの場合は在外生活が2年間と比較的短かったので,今後日本での生活がそれを上回るようになり,日常生活で使用しないオランダ語を忘れていくにつれ,思考経路の遠回りは修正されて,語感のズレは次第に小さくなると予想される。
ちなみに,私の子どもは,渡蘭前にひらがなの読み書きとカタカナの読みの学習は終わっていた。カタカナの書きと1年生で学習する漢字を在蘭中に自宅で学習したのだが,漢字については,歩留まり率があまりよいとは言えず,確実に覚えるまでには相当の反復練習を要した。同時に,小学校ではアルファベットの読み書きを学習していたが,こちらは短期間の割にはかなり上達したように思う。一方,帰国後は,日常生活に日本語(漢字)が溢れているので,まだ学校で学習していない漢字も自然に覚えることができるようだ。そして,オランダ語の単語は加速度的に忘れている。言葉とはそういうものだ。それでいい,と思うのだが,時々刺激を与えてみようかとも思っている。(これは完全なる私の好奇心から)。

   ※   ※   ※

あと少し続くのですが,投稿文字数制限のため,ここで一旦投稿します(最終回にならなかった…汗)。続きは近日中に。


* 社会化(socialization) 
個人が他者との相互行為を通して,諸資質を獲得し,その社会(集団)に適合的な行動のパターンを発達させる過程。つまり人間形成の過程。
(ネット上によいリソースがなかったので,社会学小辞典の同項から,私が用いた意義にあたる部分を引用した。)

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お久し振りです。とても難しい記事、それでも興味深く読ませていただきました。小さいうちに外国生活を体験し、それにより外国語を習得するということに 羨ましさを感じていましたが、只単に言葉を得るだけではない様々な問題や影響があるということ、考えさせられました。 次回も楽しみにしています。

2006/11/19(日) 午後 2:23 [ tentz ]

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tentz2_4unaiさん,こんばんは。難しい記事でしたか? むむ〜,そんなにヤヤコシイ話ではないはずなので,難しくなってしまったのは私の力量不足です^^; ともあれ,こんな無駄に長いエントリにコメント戴き有難うございます。在外で生活している人は,それぞれに苦慮している話だと思います。

2006/11/20(月) 午前 0:18 mozaiek

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内緒さん,コメント有難うございます。私も2つ目のコメントのはじめの方に書かれているようなことをこの記事に含めたいと思ったのですが,私は当事者ではないので,そういた立場にある人から非難の意図を持っていると読まれることを恐れて,書けませんでした。お察しいただき嬉しいです。日本でも,外国に居住経験のある子ども(帰国子女)に関する調査を行っているようですよ。決して大掛かりではありませんが,我が家にも自治体から「相談」などといって,いくつか案内が届いております。そういうことが,帰国子女のケアに,また,英語教育についても活用されていけば,と思います。メールでも,コメントでも! お気持ちが嬉しいです。有難うございます。いつまでもお待ちしておりますよ。

2006/11/21(火) 午前 10:25 mozaiek

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難しい記事、それだけ結論の出ない難しい問題なんでしょう。続きの結論が楽しみです。

2006/11/21(火) 午後 11:30 デニーロ

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デニーロさん,コメント有難うです♪ このエントリは,今年春に投稿したリエージュ(ベルギー)のエントリ(http://blogs.yahoo.co.jp/het_mozaiek/36544545.html)中の外国語学習の話題を受けています。話を明快にするために章立てて書いたつもりなのですが,難しいとは…^^;ますます力不足を実感しちゃいます。

2006/11/22(水) 午後 9:27 mozaiek

初回から、興味深く拝読させていただきました。まさに、我が子どもたちは日本語の習得とドイツ語の修得を同時にしなければならず、「言葉のセンスのズレ」に直面しています。特に下のチビは1歳半。これから言葉を覚えるのに日本を知らずに日本語を正しく習得できるのか。これは私たち夫婦の課題です。

2006/11/23(木) 午前 5:57 palpalxxx

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力不足?日常生活では、全く必要の無い環境での日本の英語教育の難しさは、根が深いと言うことです。

2006/11/23(木) 午後 6:12 デニーロ

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デニーロさんのコメントを見て、一連のもざいくさんの記事を読んでてなんだかもやもやしていたものが解りました。。。日本にいたら、英語(外国語)に全く興味のない人は、喋れなくてもきっと困らないだろうし、本当に外国との接点のないまま過ごす人もいるのではないかと思ったりするのです。英語(外国語)を習得したい人は自主的に頑張るだろうし、別に関係ないし、どうでもいい、と思っている人にとっては、とても無駄な時間に感じるだろうな・・・と。英語(外国語)を習得することによって世界は広がり、将来の可能性が大きくなるのですが、習得しないことに意義を見出せない人も存在するだろうと想像できます。あ〜、何が言いたいのかわからなくなってきました。。。もう一度出直します。。。

2006/11/24(金) 午前 5:03 アミーゴプラザ

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ぱるぱるさん,初回からお読み頂き有難うございます。ぱるぱるさんのお子さんのこと,私もたびたび伺っておりますが,正直言って難しいだろうな,と思います。ご帰国の目処が付いているのであれば,その先のことも視野に入れてバックアップしてあげてください。って,きっと私が言うまでもなく,そうしておられるとは思いますので,失礼極まりないお返事ですが…。

2006/11/24(金) 午前 11:27 mozaiek

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デニーロさんだったら,日常生活にまったく英語が必要ないということはないのでは,と思っていましたが…。それで,そういう状況は,もはや特殊ではないと思うのです。

2006/11/24(金) 午後 8:19 mozaiek

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アミさん,コメント有難うございます。私は,日本にいても外国との接点はあると思うのですよ。普通に就職して仕事をしていて,英語が必要な場面は多いはずですし,ネットなんかを使っていても広く情報を得たいと思えば,外国語のサイトに足を踏み入れざるを得ないと思います。ただ,今はそれを避けている状況ではないでしょうか。という訳で,#1でも書きましたけど,私は英語教育の価値を認めないといけない時代かなと思っているのですよ。あと,英語を学ぶと他の知識が減るような話を時々見かけますが,私はそうは思いません。知識は2倍に増えるという意識で行きたいな,と(笑)

2006/11/24(金) 午後 8:20 mozaiek

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私も英語を習得することは、世界が広がり、可能性が広がるのでとても有意義で大切なことだと思っています。ただ、それを子供にどうやって伝えるのか、ということがとても難しいような気がするのです。英語を好きになり、もっと知りたい、もっと解りたい・・・という意欲をどうやって持たせるか、持った意欲を持続させるか、これは英語に限らず親や教師が子供に学習をさせるにあたって、常に考えていることだと思います。特に子供にとって英語は日常生活の中で必要性を感じないことが多いことから、意欲を持続させることが難しいような気がするのです。もざいくさんの息子さんはオランダ在住の経験の中で外国の人達とコミュニケーションを取る為には、その国の言語を学ばなくてはいけないということを体験されたとても幸運なお子さんだと思います。

2006/11/25(土) 午前 7:01 アミーゴプラザ

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英語を学ぶことは楽しい、外国の人達とのコミュニケーションツールとして役に立つ、ということを理解し体験して初めて、学習意欲が高まり、自主的に学習することで言語使用能力が高まっていくのではないでしょうか。ですから、私は英語に親しむのは早い方が良いと思いますし、できれば、ネイティブとの交流の中で、言語がコミュニケーションツールであることを体感することで、自然と身に付けることができるだろうと思います。但し、それが義務教育の中で行われるべきかとなると疑問を感じます。義務教育の中に週1時間でもよいから盛り込まれたら、いいだろうな、とは個人的に思いますが、果たして全ての人がそれをよしとするのか、と考えてしまうのです。もざいくさん自身の知的レベルが高いから、当たり前と思えることでも、それが当たり前でない人々の方が多いのではないでしょうか。。。(論点に矛盾があるような気もしますが、それだけ難しい問題だと思うのです。)

2006/11/25(土) 午前 7:17 アミーゴプラザ

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多分もざいくさん自身もいろいろ考えられていると思います。もざいくさんの息子さんは幸運にも小学生にして学習意欲を持っていらしゃるので、それを存分に延ばしてあげたらよいと思います。もざいくさんのお子さんですから、もっと知りたい、もっと解りたいと自ら努力していくことによって、学習効果が高まるということを常に感じることができるような素直ないい子でしょうから、将来が楽しみですね!

2006/11/25(土) 午前 7:29 アミーゴプラザ

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アミさん,コメント有難うございます。それと,お返事が遅くなりまして失礼しました。えぇ〜っとぉ,多分,私といただいたアミさんのご意見にそれほどの差異があるとは思えないので,反論はありません。知的レベルとか,子どもが素直とかは,ほめ殺しに照れますけどぉ,イヤイヤ,そうじゃなくって,私程度の知的レベルの者でもという感じです。世の中にはもっと外国との接点が多い方が大勢おられます。あと,小学校での教育については,少々求めるものが違うかもしれません。例えば,実用性のあるものだけを教えるのであれば,音楽の鍵盤ハーモニカとか体育の逆上がりとか,将来的にそれらの科目が実用的なものとなる人は少ないだろうけど教える。教育ってそういうものだと私は思うのです。数学なんかも,以前,「数学が社会で役に立つのですか?」という記事(http://blogs.yahoo.co.jp/het_mozaiek/33308446.html)を投稿しましたが,実用性に疑問を持たれる方もいらっしゃいました。だけど,やはり教科ごとに受け持つ役割があるんだと私は思うのです。

2006/11/29(水) 午前 0:12 mozaiek

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それに比べれば,英語なんてはるかに実用的だということは誰の目にも明らかだし,他の教科と整合性のあるカリキュラムが組まれればいいのではないかというのは短絡的でしょうか。あと,アミさんは多言語の環境で進めていらっしゃるので,日本で英語を学んでいるけど成果が出ない方に対して,「もっとしっかり勉強しろ!」みたいな方向で発言することについて,変な遠慮みたいなものがもしかして少〜しありませんか? 私は,正直言ってそういう感覚がちょっとあるのです。ってなんか,失礼な勘繰りだったら本当にスミマセン。。。ご意見たっぷりお聞かせいただくことができて嬉しいです。我が家のボンは,まあ,焦らず気長に見守ることとします。

2006/11/29(水) 午前 0:20 mozaiek

モザイクさん失礼だなんて飛んでもありません。言葉の習得、日本的表現、思考、その他さまざまな事について私たちはあまりに漠然としか理解していなかったため、どのように家庭でバックアップしたらいいのか暗中模索の状態です。

2006/11/29(水) 午前 1:29 palpalxxx

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ぱるぱるさん,私達も同じ状況でしたよ。まぁ,後から日本で過ごす時間が長ければ,いずれ時が解決するのでしょうが,環境が変わってすぐの頃が一苦労ですね。あまりよいアドヴァイスもできませんが,お住まいが大都市なのでその辺に期待して,ご両親が意識的に日本人と接する機会をお作りになられたら,とか思います。

2006/11/30(木) 午後 1:55 mozaiek


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