調査隊,オランダを行く

mozaiekのオランダ日記*2006年、オランダ王国ユトレヒト市から帰国しました。

オランダのお祭り

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オランダで遭遇したお祭りをご紹介します。http://w1.ax.xrea.com/c.f?id=100493050
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 上のボンボンもどきは,近頃子ども達の間で人気のマスコット「ウッピー/Wuppie」です。
 オランダの最大手のスパーマーケット,アルバート・ハイン/Albert Heijn でお買い物をすると,15ユーロごとにひとつウッピーをもらえます。そして,ウッピーについているシールを3枚集めると,2.49ユーロで大きなウップ/Wup を購入できます。なかなか商売上手ですよね。とか言って,私が購入しようとしたときは既に完売だったのですが…^^; このエントリも「でっかいウップをもらってから」とか,「ライデン編が終わってから」と後回しにしていたら,ちょっと遅れてしまいました(汗)。
 ウッピーの色は,赤,白,青,オレンジの4色。つまり,国旗の3色と王室カラーにちなむサッカー代表の愛称とされる色です。このキャンペーンが,なぜ今行われているかと言うと…? それはもちろん,サッカーのワールドカップ商戦です!

 少し前のエントリで話題にしたとおり,オランダで「ワールドカップ」は,世界選手権/Wereldkampioenschap となり,頭文字を取って「ベーカー(WK)」と呼ぶことが多いようです。
 また,最近「それいけ,オランダ!/Hup! Holland Hup!」との応援の言葉を町でよく見かけるようになりました。なので,ウッピーの "Wup" は,きっと "Hup" のしゃれなんでしょうね。
 最近,ハードな内容のエントリをしながらも,いつも頭の中でアルバート・ハインのCMソングが回っています。もちろんその歌は,サッカーのオランダ代表の応援歌です。
Het WK Wuppielied
Jaaaaaaa
Met een Wuppie, Wuppie, Wuppie
Pakken wij dat wereldcuppie
Ja, we worden kampioen
Met een Wuppie, Wuppie, Wuppie
Staat echt niemand in z’n uppie
Ja, Oranje gaat het doen
??Albert Heijn 2006
+++++++++++++++++++++++++++++++++
(モザイクの試訳)
「世界選手権ウッピー応援歌」
そうだ! ウッピーと一緒に ワールドカップをいただきだ
そうだ! 俺達がチャンピオンになるんだ 絶対誰にもできないさ
そうだ! オレンジ軍団がやるのだ
 今,このサイトで応援歌のビデオを見ることができます。歌詞も全文書いてあります。(別のページでは,応援歌をダウンロードしたり,ウッピーのアクセサリを印刷することもできます。)
 結構ノリのいい曲なので,是非聴いてみてくださいね!
   →アルバート・ハインのウッピーのページ

 上のビデオで,ウッピーの使い方が分かりますが^^: 少しだけこのブログでもご紹介。
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 頭につけたり,全身につけたり…(んなアホな…^^;)
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 オープンカーをオランダ色にしたり…(ありえへん…)
 大きいウップは,リフティングのボールとして…(かわいそう…)

 蹴っている男性はこの会社の社長さんでしょうか? この会社のコマーシャルには大抵この方が出演しているようです。そして,リフティングが上手なんですよね。流石,オランダ!と思ってしまいます。(ご存知の方がいらっしゃいましたら,教えてください。)

 楽しいですね! 歌詞もなかなか勇ましいです。オランダチームが頂点を狙えるチームだということがよーく分かりました。

   ※   ※   ※

 開催地ドイツのスタジアムのピッチの外では,応援に行ったオランダ人が,スタジアムに入場時,警備員から,彼らが穿いていたオレンジ色のズボン(ビール会社バヴァリアのロゴの入ったライオンの尻尾つきのヤツ)を脱ぐように言われたとか。そして,彼らがズボンを脱いだところ,オレンジ色の下着を付けていたとか…。(参照) 何かと話題も豊富なようです。
 パンツつながりでは,先週のコートジボアール戦でオランダチームが1点を奪われたのは,ゴールした選手をマーク役だった選手が,破れたユニフォームのパンツを着替えている時間帯だったとのこと。そう言って選手が嘆いている記事もありました。

 さて,そのオランダチームは今のところ2戦2勝で決勝トーナメント進出が決まっています。明日水曜日はリーグ戦最終戦の対アルゼンチン戦。好調な優勝候補との好カードです。同じく優勝候補のブラジルにガチな戦いを挑む日本の試合と合わせて,今週も楽しみが続きます。
遅まきながら,サンタクロースの起源となったオランダのシンタクラースに関する調査結果についてご報告いたします。
シンタクラースやこの祭の起源等については,在蘭のNED-WLDさんのブログにも概略が紹介してあり,とても分かりやすいですのでどうぞご参考になさってください。
このエントリ作成のため,Wikipediaの以下の記事を参照し,当該記事を翻訳しながら説明に不足があると思われる部分については加筆いたしました。
   Wikipedia(オランダ語版) Sinterklaas http://nl.wikipedia.org/wiki/Sinterklaas
私はまだオランダ語を十分に読解できるレベルではありませんので,下記の内容に誤りがある場合は気兼ねなくご指摘ください。
また,より包括的な説明は,当ブログの次の記事にも追記しております。
 「シンタクラースがやってくる!」 http://blogs.yahoo.co.jp/het_mozaiek/16362786.html


 シンタクラース/Sinterklaas

シンタクラースは,オランダ,ベルギー,そしてオランダの旧植民地において,12月5日と6日に祝われる子どもための祭の主要キャラクターである。
シンタクラース祭は,小規模ながらもルクセンブルク,オーストリア,スイス,ドイツでも祝賀されており,ルクセンブルクではクレーッシェンと呼ばれている。
現在のシンタクラース祭における多くの伝統は,聖ニコラス(ミュラの司教)にまつわる。通常,シンタクラースには長い灰色の髭があるが,実際に聖ニコラスに髭があったかどうかは不明とされる。髭以外にも,シンタクラースは,司祭の杖等の付属品を持っていると認識されている。
当初,聖ニコラスはオランダ東部地域だけで崇拝されていたが,13世紀,その聖人の祝日(12月6日)が西部でも重要な祝日の1つと定められた。当時,既にユトレヒトでは4人の貧しい子どもの靴をコインで満たすというシンタクラース祭が行われており,また,他の都市でも貧しい者に対して同様のことを行っていた。
オランダの反乱(1568-1589)において,カルヴァン派の伝道者達はシンタクラース祭が多くの異教徒の要素を含んでいるので廃止しようとしたが,この祭が大変ポピュラーだったので成功せず,プロテスタントの信者によっても一般的なものとなっていった。

 プレゼントの夜

シンタクラース祭は12月5日の夕方(降誕祭の前夜)に祝われるが,オランダ南部では12月6日の朝,祝われている。「栄光の夜(プレゼントの夜)」にシンタクラースはカドーチェ(プレゼント,特に子ども達へはおもちゃ)を持って来る。「プレゼントの夜(お菓子をばらまく夜)」は元々収穫祭の行事であったが,現在はキリスト教的に用いられている。というのも,丸いプレゼント(リンゴ,クッキー:どちらも豊かさを示す秋のシンボル)をたくさん撒き散らすほど,この国が豊かだということになるからだ。この「お菓子をばらまく夜」が,実際のシンタクラース祭の行事と誤解され,今日に至る。
シンタクラースは白い馬に乗り,家の屋根を闊歩する。ワロン語圏(ベルギーのフランス語圏)では,シントはロバに乗ると言われている。また,シントは,赤い法服,司祭帽,司祭杖という司教服装をしている。この聖人には,たくさんのフォークソングとお菓子がある。ペパーノーチェ(クラウドノーチェ)マジパンで作ったお菓子,砂糖菓子,スペキュラース(投機家=司教,つまり,司教型のクッキー),ターイターイ,バンケットレター(アーモンドが入ったアルファベット方のペストリー),そして典型的なオランダのものとして,アルファベット型のチョコレートがある。
ズワルテ・ピートは,家庭にこれらのごちそうをまき散らす役割を担っており,これらのお菓子の総称が「撒き菓子(ストローイ菓子)」である。

 ズワルテ・ピート

シンタクラースは1人で働くのではなく,召使のズワルテ・ピートを同行させる。ピートはカドーチェの入った袋を持って煙突から家に進入し,袋を子どもの靴に入れる。
この助手の起源は論争の的である。彼は当初,聖人によって矯正された悪魔と見なされていたが,いつの間にか,ムーア人の召使と見なされるようになり黒い肌とされた(但し,ムーア人はアラブ化したイスラム教徒であり,黒人ではない)。キリスト教的には,ピートは矯正された悪魔であり,敗者ヴォータン(ゲルマン神話の主神,聖ニコラスにより排斥された異教の神),またはヴォーダンの助手ネルヴィ(夜の黒い父,豊穣のシンボル)の代役である。最も愉快な説は,シントが市場で奴隷として売られていたぺトラスという名前の黒人少年を買い自分の側に置いた。その少年の名前が転訛してピートとなった,というものだろう。
フランダース地方では,政治的配慮により「ズワルテピート(黒んぼピート)」ではなく「召し使いピート」と呼ばれている。ピートの黒い肌はしばしば人種差別の現れであると批判されるが,彼の肌の色はただ単に煙突掃除のためとも言われている。
今日,シンタクラースは,それぞれ異なる役目を与えられた数百人のピートを従えているが,第二次世界大戦の頃までは,助手は一人だけであった。大戦後,オランダはカナダから救援物資を受け,戦後最初のシンタクラース祭を実施することができたのだが,その時,たくさんのピートが現れ,伝統と異にすることとなった。

 スペインとの関係

シントの出生地は小アジア(現在のトルコ)なのだが,今や話変わって,スペインとなっている。
聖ニコラスは西暦280年トルコのペトラ生まれ,ミュラの司祭となり,ニケア公会議(宗教融和会議)参加の業績を持つ。彼が西暦342年12月6日に亡くなった後,その地はイスラム教徒の侵攻にあい,聖人の遺品はナポリの一部でありカレル5世が治めていたシチリア王国のバリへと移された。その後,彼の息子フィリップ2世がオランダを相続し,スペインとシチリアとともに治めた。この経緯から,シントがスペイン出身ではと誤認された。
以上の理由により,一般に聖ニコラスは海からやって来るとされている。シンタクラースは蒸気船でオランダへやってくるが,これは何も人々を驚かせるためではなく,オランダとスペインの歴史的な関係によるものと認識される。
2004年11月13日,シントはアルクマールに公式に到着した。2005年は11月12日12時15分にスネイクを訪問するように計画され,この様子はオランダのテレビ局で中継された。12時30分,この聖人は蒸気船でアントワープにも到着したのだが,テレビ放送は13日の夕方に延期された。

 シンタクラース祭への異議,反発

シンタクラース祭は,当初,カトリックの聖人崇拝に対するプロテスタントの反発と闘ってきた。1600年頃,デルフトでは,この聖祝日を祝うことが禁止された。宗教改革者のルターもこの祭に反対し,クリスマスにプレゼントを与えるのがふさわしいと主張した。
1895年には,スラウス市長が公立の学校でこの祝日を祝うことに反対を表明した。しかし19世紀には,この祭は追い風に乗り広がった。
シンタクラースの儀式はカトリック教会にとっても矛盾を含んでいる。2004年,北リンブルグの主任司祭は教会でこれを祝うことを禁止した。なぜなら教会を教会行事のためのみに使用したいという意向があり,神父が教会から聖ニコラスを締め出そうとはしていないのに,シンタクラースの儀式は教会行事ではないとした。この禁止はその神父の教区において抗議の嵐を引き起こした。

 シンタクラースのライバル達

シンタクラース祭はオランダ全土で祝われるが,フリースラントのフロウでは2月21日に聖ピターを祝っている。
ワッデン諸島では,他の地域とは非常に異なった形で祭が行われる。ここでは12月5日頃にスンデクラースを祝う。特にアーメラント島ではハロウィーンに似た乱暴な祭が行われる。通りで男達がマスクをつけて練り歩く。彼らはシンタロメスやクラーソメス,スンダールムスやスンダークラゼンになる。女性や子どもは室内にいなければならず,外出すると叩かれるのだが,外に出て男達から逃げ回るというチャレンジをする。
フランダースでも,聖ニコラス崇拝は一般的ではなく,ある地域(例えばアールスト)では聖マールテンが11月11日に祭られる。聖マールテンに関連する伝説は聖ニコラスに関する伝説とは異なる。
20世紀末,シンタクラースには,プレゼント係のケルストマン(サンタクロース)というライバルが登場し,シンタクラースの役割は征服されてしまった。祭も最早子どものためだけのものではなく,大人も皮肉に満ちたシンタクラースの詩が添えられた匿名のプレゼントを交換する。年に1度,お互いに(皮肉な詩をもって)やり合うことは重要なカタルシスである。と言うのも,それはオランダのコンセンサス社会に必要なものだからである。
サンタクロース
オランダ語「ケルストマン」のアメリカ名「サンタクロース」は,シンタクラースが転訛したものである。つまり,オランダ人が入植したアメリカのニューアムステルダム(現ニューヨーク)で使われていたオランダ語の1つが英語化されたものである。
アメリカ人により「サンタクロース」は欧州に輸入され,英国で最も人気が高まった。その後,中央ヨーロッパのドイツとドイツ語圏においても同様に人気者となった。オランダにおいてでさえ,自身の化身であるはずのサンタクロースがシントのライバルとなっている。

 シンタクラースの綴り

歴史的人物「聖ニコラス」や毎年ベルギーやオランダにやってくる聖人を言う場合は,シンタクラースの"S"を大文字で書く。しかし,誰かが扮装しているシンタクラースの場合(「夕べ,シンタに化けたの?」などという場合)や「シンタクラース祭」は小文字で始める。

 オランダ上陸

シンタクラースのオランダ到着は,このシンタクラース作戦の開始の合図。子ども達にとっては,「靴の準備開始」の合図であり,夜靴を準備すれば翌朝お菓子が入っていると期待される。
到着の行事は概して聖ニコラス祭の3週間前の土曜日に行われる。近年,到着行事はテレビ局主導となり,ますますお祭り騒ぎとなってきた。1987年からテレビでのシンタクラース役は一人の俳優(Bram van der Vlugt)だけが演じている。その前は1965年からAdrie van Oorschotが務めた。ズワルテ・ピート役は,黒塗りした Michiel Kerbosch, Erik van Muiswinkel, Erik de Vogelその他大勢が演じている。

   ※   ※   ※

いや〜,勉強になりました(笑)。
これにて,モザイクブログにおけるシンタクラース祭の記事は完結です。
長らくお付き合い頂き,有難うございました。
当ブログにより,皆様のシンタクラースに対する興味,関心が少しでも深まりましたら幸甚です。
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 シンタクラースのオランダ上陸から約3週間後の12月5日(月),オランダではシンタクラースアフォンドを迎え,ついにこのお祭りもフィナーレです。
 オランダでは,今日12月6日(火)を聖ニコラス降誕祭(休日ではありません)としていますが,その前日(昨日)が,盛大に聖ニコラスを祝う日。もちろん,小学校でもシンタクラース祭が行われますので,わが子も朝から何だかそわそわしています。
 上の写真は,私の子どもが通う小学校の教室のデコレーション。大きな子のクラスも大体このようにシンタクラースの絵や工作の作品が展示してありました。
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 昨日の朝は,登校したら園庭に集合するように,との連絡が事前にありましたので,いそいそと園庭に行き,子ども達が奏でるシンタクラースの歌の伴奏にをあわせて歌いながら待っていると,教室の中でズワルテ・ピートとシンタクラースがあたふたしているではありませんか! ズワルテ・ピートが園庭に出てきて説明するには,なんと,この方達,子どもの学校で寝ていたそうです(笑)。最近,私の町の住宅地では,玄関にチョークで○印が付けられた家が散見されていました。これを私の子どもは「○がついたおうちでピートが眠っているんだよ」と説明してくれていましたが,こちらは「え〜?」と半信半疑。だけど,この様子では,この学校ではそういう設定になっていたようです。学校にも○印がついていました。街の建物の○印は先生が付けて回ったのかしら???
 というわけで,子ども達が大好きなシンタクラース,可愛い毛糸の帽子をかぶって登場です(笑)。この後,「着替えに行きます。」と言って,また校内へ行ってしまいました。
イメージ 3 先生の指示に従い,子どもと一緒に私達も校内へ入ります。校内でもまた子ども達が楽しい曲を演奏してくれていました。
 そして,学校の中央にある踊り場に行くと,すでにシンタクラースは子ども達から握手攻めにあっていました。そして,ふと見ると側には,なんと〜!ダブルベッドが置いてあるではないですか!! シンタクラースとピートはここで眠っていたようです。ベッド,搬入したんでしょうね〜。ここまで徹底的に子ども達をだます(失礼!)のですから,ホントにオランダ人には脱帽です!(笑)
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 この後,子ども達は各教室へ分かれ,シンタクラースやピートを歓迎した後,カドーチェ(プレゼント)をもらって,お昼に帰宅しました。この日,学校は半ドン,翌日(今日)の始業開始はいつもより1時間遅れ。シンタクラース祭りの後片付けのためでしょうか? 小学校の先生達は,残業をしないみたいですね(笑)。
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 帰宅しても,まだまだシンタクラース祭は続きます。
 我が家にも天窓からシンタクラースがやってきて,プレゼントを置いていった模様。子どもがお部屋で麻袋に入ったカドーチェを見つけたときの騒ぎようときたら,凄かったです! ユッピー!!

 このお祭りは子どもがメインですが,大人もプレゼントや詩を交換するのだそうです。
 上の写真は,我が家の飾り付け。少しはお祭りらしくなっているでしょうか。

 さて,楽しかったシンタクラースのシーズンが終わり,ようやく子どもは毎晩のにんじん置き,夫はにんじん齧りから解放されました。
 そして,遅まきながら,ようやくオランダの街や家庭でもクリスマスのデコレーションが始まります。このデコレーションが,とても盛大で素敵なのですよ。今後,オランダの人々が暗い冬を楽しく過ごしていく様子をまたご紹介できると思います。

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【ユトレヒト 11月12日】 先にご案内いたしましたとおり,本日スペインから,わが街ユトレヒトにシンタクラースが到着しました。現地からモザイクがお伝えいたします。

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 オランダ現地時間今日午後1時30分過ぎ,ユトレヒト旧市街地から続く運河アウデグラハトの北端,ヴィールデシンゲル(運河)/Weerdsingel に,スペインからシンタとそのお供,ズワルト・ピート達が現れるとの知らせがあり,同時刻頃,現地は多くの親子連れで賑わいました。


 定時ちょっと過ぎ,運河の南方向から,まずはじめにピート部門鼓笛軍団の登場です。シンタクラースの歌を演奏するピート達。辺りは見物客の歌声が響きます。
 続いて2艘目は,蒸気船(を装ったカナルバス)です。黒い(作り物の)煙突からは煙が出ております。大人達は,子どもに「スチームボートだよ。」と教えていました(が,大丈夫でしょうか)。
 乗っているのはまたもやピート軍団かと見たところ,船の後方に赤い人影がありました。子ども達が大好きなシンタクラースの登場です!
 大声で呼びかけたところ,こちらを振り向いて手を振ってくれました。とても上品なおじいさんです。(上の写真2枚目)

 ここでシンタクラースはユトレヒトに上陸。市長をはじめとする多くの市民の歓待を受けた後,白馬アメリコに乗ってパレードを行い,ドム教会,ドム塔,ユトレヒト大学本部アカデミーへボウのあるドム広場へと向かいます。

 これからモザイクもパレード見物地点へと場所を変えます。




イメージ 3 場所を変え,ヤンス教会前でシンタクラースの行進を待機してところ,午後2時40分頃,パレードがやってきました。


 先導のパトカー及び白バイに続いて最初に登場したのはブラスバンドの皆さんです。赤いユニフォームに身を包んだ集団が楽器を演奏しながら,通り抜けていきました。ユトレヒトの楽団でしょうか? 素敵です。



 次は,太鼓のリズムに合わせて男性達が大きな旗を振りながらやってきます。PIRREWIT KEERBERGEN BELGIE の標識がありましたので,この人達,ユトレヒトのシントのパレードのためにベルギーから来てくれたのでしょうか? 謎です…。







 さらに続いてピエロの登場です。
このピエロ,後ろに大きな目覚まし時計が付いたベッド型の車を運転しているのですが,何やら手元不如意な感じ。観客達に突っ込みそうになりながらのパレードは,誰かの運転に似ています。安全運転を心がけて頂きたいものです(と自戒)。


 
 
 
 


 そして,騎乗した女性達の行進です。かなり素敵です。どこかの乗馬倶楽部の関係者でしょうか? コスチュームも決まっています。





 
 
 
 
 
 今度は,お茶目なピート君たちが,蒸気船型の車に乗ってやってきました。子ども達が手紙や絵を渡すので,パレードはなかなか前に進みません。
 ボート型の車が牽引しているトロッコに乗っているピート君達は,見物の子ども達にお菓子を配っています。このお菓子については,後ほどご説明いたします。
 なかなかシンタクラースはやってきません。

 
 

 と思ったら,ピート軍団鼓笛隊の行進です。間もなくシンタが来るのものと思われます。
 今年のピート君たちも真っ黒な顔をしています。そして,真っ黒な顔の中に真っ赤な唇が一際目立っています。友人は「黒いピエロ」と称していましたが,言い得て妙な感じです。
 鼓笛隊の後には,麻袋にたくさんのお菓子をいれたピート君たちもいました。私達調査隊も手を出したところ,黒い(手袋をはめた)手で麻袋からお菓子を出して渡してくれました。もらい損ねた人達は,大きな声で「ズワルト・ピート!」と声を掛けお菓子を請求していました。

 
 ピート軍団に続いて,ようやくシンタクラースの登場です。(上の写真1枚目は,どアップ写真です。)白い馬,赤い帽子とマントが西洋の聖人らしい印象を醸し出しています。なぜ,偉い人は白い馬がすきなのでしょうか?(←独り言)
 子ども達はそれぞれに「ダーハ(こんにちは)!」や「ハロー!」と言って手を振り,また,手紙を渡す子もいました。手紙には,欲しいプレゼントが書いてあるものと思われます。シンタクラースは時折子ども達に手を振りながら,最終目的地,ドム広場を目指します。

 
 
 
 
 モザイクの手の中にありますのは,ピート君にもらったお菓子です。茶色いお菓子がペパーノーチェ。(裏返しになっていてすみません…。)シナモン等の香辛料の香りが強いクッキーです。シンタクラース祭とは切り離せないお菓子なのですが,詳細につきましては,後日改めてご紹介いたします。その他はゼリーとラムネ。オランダではこれらの甘いお菓子を総じてスノッピェと呼ぶようです。


 今日は特別な日。
 市内を走るバスの運転手もピート君,スーパーでお買い物をしてレジにならんだところ,レジ係もピート君でした。今日のオランダは,この黒い人達が大勢働く日であるようです。


 モザイクもパレードの後方に続いて,シンタクラースを追いかけ,ドム広場へと移動します。
 ドム近くでは,市内にシンタクラースの到着を知らせるドム塔のカリヨンが高らかに鳴り響いていました。



イメージ 4

 ドム広場です。ここにも多くの親子連れが集まっていました。アカデミーヘボウのバルコニーに姿を現したシンタクラースを歓迎し,みんなで歌を歌った後,「ダーハ(さようなら),シンタクラース!」の声とともに市民の興奮の中,歓迎のセレモニーは終了しました。

 以上,ユトレヒトからモザイクの報告でした。


   ※   ※   ※


 ニュース特派員の実況調って結構難しいんですね…。原稿書く人ってすごいかも。(^^;
 今夜のTVニュースでは,スネイクに到着したシンタクラースの様子が映し出されていました。これを合図にオランダでは,お楽しみであると同時に子ども達に対する教育的装置としてのシンタクラースのシーズンが始まるのです。

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イメージ 2 今週土曜日にシンタクラースを迎えるユトレヒト,でもその前に,今夜,私の住む町では,子ども達にとってシンタクラースのお祭りの次に大切なシント・マールテンのお祭りが行われました。
 シント・マールテンとは,キリスト教の聖人の名前。マールテンには,彼がまだアミアン(現フランス)の戦士だったころ,乞食に乞われてマントの半分を施したところ,その乞食はキリストであった……という外套伝説があります。そして,マールテンの命日が11月11日。オランダのカソリックを信仰する地域では,この日の前後にランタンを持った子ども達が,シント・マールテンの歌を歌いながら町内を回り,お菓子や果物,コインをもらう,という風習があるそうです。まるでハロウィンですね。残念ながら,ハロウィンとの関連があるかどうかまでは分からなかったのですが…。
 (オランダ語版 Wikipedia "Halloween" には,アメリカのハロウィンはカソリックのシントマールテンにそっくりだとの記述がありますが,その関連については記載ありません。)


イメージ 3 というわけで,オランダのお祭りを実態調査!と,我が家は全然キリスト教を信仰してはいないのですが,子どもが小学校からこのお祭りの案内を持ち帰ったので,家族みんなで参加してみました。
 お昼は,ランタン作り。費用は1ユーロ。電球のついた棒にポットを付けて完成です。
 夕方6時から,いよいよシント・マールテン・フェイスト。手作りのランタンを下げた子ども達(と保護者)が,先導車の流すお祭りの歌に合わせて歌いながら町内を一周。公園に入り,さらに歌を歌った後,お祭りの主催者が準備してくれたお菓子をもらって解散となりました。 ユトレヒトはカソリック教徒が多い街と仄聞していましたが,やはり,宗教,宗派の違いがあるため風習どおりに実施するのが難しいのでしょうか。現在,この街では,各戸を訪問してお菓子を頂くというわけではないようです。ユトレヒトはイスラム教信者も多いですし。

 私の子どもにしてみれば,シント・マールテンが何にちなんで行われるお祭りなのだか皆目見当もつかないことでしょう。だけど,オランダはこれから厚い雲に閉ざされた暗い冬を迎えます。なので,時にはこういうお楽しみもないとね。
 と,子どもの楽しそうな顔を見て,満足する私でありました。


〔リンク〕
 シント・マールテン(Wikipedia) "St. Martin's Day"(英語)
   http://en.wikipedia.org/wiki/St._Martin%27s_Day

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