こんにちは,モザイクです! お久しぶりです。
ミュンヘン紀行のあと,1週間ほど休止していたYahoo!ブログですが,
それにもかかわらず,毎日たくさんの方にご訪問やコメントをいただき,感謝しております。
今日は,リハビリがてら,面白写真(?)を投稿しますね。
この写真は,アムステルダム・スキポール空港のとある場所(言わずもがなですよね!?)。
ここに標的用の蝿が生息するというのは,あまりにも有名な話です。
もちろん,女性は入れない場所ですので,撮影者は私ではなく,我が家の別の調査隊員です。
お願いして撮影してもらいました(笑)。
アムステルダム・スキポール空港は, 6本の滑走路を持つ大空港。
オランダ最大にして,ヨーロッパで第4位の旅客・貨物取り扱い数を誇ります。
この空港は,もともと湖沼地帯であったところを埋め立てて建設されたという話,
海抜は−4.5m,離陸後や着陸前に地上を見下ろすと,
水辺の近くに所在することがよくお分かりいただけるでしょう。
スキポール空港のその他の設備等については,ボーディングパスがある時に
パスポートコントロールの向こう側をもう一度歩き回った上で,またご報告したいと思います。
※ ※ ※
今夜はこれから,少し自分のことを書きます。
上の写真の撮影日は先週木曜日。
この日,私の両親が日本から来蘭し,昨日,ようやく帰国の途に着きました。
私にとっては1年以上ぶりの再会でしたので,両親が不自由な思いをしないように,精一杯のもてなしをしよう,というのがブログの更新をお休みしていた主な理由です。
先ほどメールにて,みな無事に自宅に到着したとの連絡があり,また,楽しい滞在だったとの感想ももらって,私は今,とても満足しています。協力してくれた夫にも感謝です。
実は,パパっ子な私。
博多の実家にいた頃の私は,就職してからもいい歳をして,予定のない休日には父と連れ立って,釣りや映画,ショッピングへとよく出かけたものでした。
転勤で家を出ることになったときも,博多から大阪まで車を運ぶのに付き合ってくれた父。
新門司港から大阪南港までは,カーフェリーの旅。別れ際,新大阪駅で新幹線に乗車した父の目に光っていた涙,懐かしい記憶です。
今となっては昔の話ですが,渡蘭前,私は夫についてオランダに行くことを肯定的に捉えられず,長い間二つの選択肢の狭間で逡巡していました。
仕事を辞めて,家族みんなでオランダへ渡るか,
夫と別居して,仕事を続けるか。
私は,家族は一緒にいるのがベストだと考えます。
それは言うまでもないことではあるけれど,それまでの私は,受験に失敗したこともなく,安定した職場に就職して男性と対等にやってきたつもり。挫折知らずでした。
なので,仕事と家庭を両立させて必死に走り続けてきた私にとって,キャリアを諦めて夫に頼る生き方をすることは,経済的な自立以上のもの失う気がして,自分の気持ちをうまく納得させられなかったのです。
そんな私の背中を押してくれたのも父でした。
悩んだ挙句,父に電話をして事情を説明すると,父は,しばらく考えた後,こう言いました。
外国で暮らす,そういう星の元に生まれたのだ。
さらに,
オランダで,仕事を続けること以上の何かを探せばいいのだから。
それができる子だと信じてるから。
この時,この言葉を聞いた瞬間に,嘘のように私から迷いが消えました。
うまく表現できませんが,親の言葉がすぅっと自分に馴染んでしまうのは,その人が無条件に自分を愛してくれていることを体の細胞全部が知っているからなのかもしれません。
そういうことがあり,私は今ここにいます。
その父ときたら,今回の別れ際にこんなことを言いました。
お前がオランダにおる間は,絶対死んだりせんから。すぐ駆けつけられんやろうけんね。
淋しい気持ちは私だけのものではなく,日本でも,その距離を感じている人がいるようです。
そして,淋しさは,愛する気持ちがあるから生まれるもの。
これを聞いて,私は親不孝をしてるのかな〜?と悲観してしまいましたが,私が楽しく暮らしていれば大丈夫,そうですよね? 慰めてくれる人もいるので,淋しがってばかりいずに元気出していかないとね。
今のところ,渡蘭前の父の期待に応えられているかというと,答えは残念ながら"Nee."です。
なので,残りのオランダ滞在期間が有意義なものになるように,もっと努力しなければ。
そんな気持ちになりました。
久しぶりに子どもの立場にかえり,少し感傷的に在外暮らしの想いを書きすぎてしまいました。
恥ずかしいことですが,これも正直な心の記録ということで(笑)。
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