調査隊,オランダを行く

mozaiekのオランダ日記*2006年、オランダ王国ユトレヒト市から帰国しました。

欧州旅日記(中欧)

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 ブログですでに完結したヴェネツィア紀行,現地では,美味しいイタリア料理を頂きましたが,往復の列車の旅の途中にも,美味しいビールを頂きました!

往路:ボルツァーノ(イタリア)
イメージ 1ブラッセリー"HOPFEN&Co"の自家醸造ビール"DeBozanerBier"
 「ビール」と注文して出てきたのが左。「ヴァイツェン」で出てきたのが右。
 南チロル地方のボルツァーノでは,ドイツ製法で作られた自家醸造ビールを飲めるカフェが点在してます。ここは,ガイドブック「ロンリープラネット」のイタリア版のボルツァーノの項で,南チロルのビールと料理が味わえると一押しのお店です。
 ビールの濁り具合を見ただけで,すでに満足度70%の私(笑),カラカラの喉を潤すのに調度よいフルーティな喉越しで,大満足でした。
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 お料理は,ニュルンベルガー・ブラッドブルストと郷土料理の牛肉とジャガイモの煮込み。私はこれとは別にローストチキンのサラダを頂きました。

復路:ミュンヘン(ドイツ)
レーベンブロイケラーのビアガーデン
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 最終日,ヴェネツィアから列車の旅約6時間。寝台列車への乗り換え地ミュンヘンで夕食をとることになり,まだ行ったことのないケラーヘ,と,駅から徒歩約10分のレーベンブロイのケラーへ行きました。
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 素敵な建物です。夏場はビアガーデンになっているんですね。
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 最初は,ヴァイスビアにシュバイネハクセンとローストチキン。なぜか,オランダでもお馴染みのフランツィスカナーのグラスできましたよ。同じ会社なのかな?(よく知らない…) 付け合せのサラダ(マッシュポテトとザワークラウト)も美味しかったです♪
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 2杯目のレーベンブロイとブレッツェル。
 カサを見ていると,黒っぽい色の飲み物が入っているマース(ジョッキ)を持っている人が結構いたので,3杯目を頼むときに「次はあれ」と言って夫を派遣しました(笑)。ところが,夫が抱えてきたのは2杯目と同じような黄金色の飲み物でした。話を聞くと,黒い色のは,てっきりデュンケルかなんかだと思っていたのですが,お店のお兄さんに「あれはビールではない」と言われ,彼の勧めで1,2杯目とは違う「ラドラー」とかいう名前のビールを買ったのだそうです。「へぇ」と飲んでびっくり!レモン味のビール……orz ビールの苦味が好きな私たちには拷問のような一杯でした^^;
 ともあれ,ドイツのビアガーデンでデビューを果たし,2時間ほどここでのんびり過ごして駅へ向かいました。駅では,ミュンヘンの白ソーセージやワイン,ビールをたっぷり買い込んで,アムステルダム行きの列車に乗車。
 上の右の写真は,食器のデポジット引き換えのコインです。マースやお皿に,確か2ユーロ程度ののデポが付いていたのですが,お皿の返却時にこのコインがないと,お金が戻ってこないそうです。他人のお皿を返してお金儲け,ってことができない仕組みですね。デポ社会のドイツらしいと感心しました。

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イメージ 2 昨日は,サッカーの日本代表戦のため,ドイツのデュッセルドルフまで出掛けましたが,片道1時間40分ほどなので「旅」と言うほどのものではありませんでした。だけど,デュッセルドルフといえば,アルトビールの街。ビール好きの夫には,これを外すわけにはいかないのでしょう(笑),「ドイツで食事をするのもこれが最後かも」とか言っちゃって,出発時間を遅らせてICEの座席の予約を入れていたので,試合後,ドイツ料理の夕食を頂き帰宅することになりました。
 
 というわけで,向かった先はアルトシュタット(旧市街地)。ビアホールやブラッセリーがずらりと並ぶ通りにいけば,酒飲みの陽気な笑い声が聞こえてきます。
 今回行ったお店は,実は昨年秋にも入ったところ。お料理もビールも大変印象よかったので,再訪です。
 お店の名前は,Zum Schluessel。他に,このお店の斜め前の Schumacher や,ライン川の近くにある Zum Uerige も有名とのことです。
 上は Zum Schluessel の店内にある醸造タンク。そして,右は,お店の外観です。前回,デジカメの電池切れのため,ここでは1枚も写真を撮ることができませんでしたので,リベンジだ!


イメージ 3 左がわの麦茶のような飲み物が,アルトビール。苦味が強く,コクもあります。Zum Uerige のアルトビールは,白ビール好きの私には苦味が強すぎるのです。ここのが調度いいようです。
 お料理は,白ソーセージとアイスバイン。白ソーセージは,ミュンヘン名物。アイスバインはベルリン名物だったかしら。
 アイスバインは,豚のすね肉を茹でたものです。脂身がなく,でもお肉が柔らかく,とっても美味なのですよー! ゼラチン部分もたっぷりなので,お肌にもよさそうです。ただし,めっちゃ大きいのです。初めてケルンに行ったときに,ブラッセリーで食事をしている人たちが男性も女性も一人一皿ずつ食べているのを見て,面食らいました。漫画みたい〜〜!!って。(笑) カラシをつけるのが一般的のようですが,私はシンプルに頂きました。付け合せのザワークラウトやマッシュポテトも美味ですが,バターがたっぷり使用されているようなので,調子に乗って食べると確実に胃もたれします。
 とにかく凄いボリュームなので,私は絶対だれかとシェアしないと食べきれませんが,私の中ではドイツ料理ナンバーワン。メニューにあれば,必ず注文してしまいます。
 白ソーセージは,皮を剥き,甘いマスタードをつけていただきます。
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 食事の後に撮影した,ブラッセリーなどが並ぶ通り。ユトレヒトよりカクウチが多いという印象,とてもいい雰囲気です。この季節は,日の入りが遅いので,夜になっても外で歓談が続きます。
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 帰宅後に飲んだベルギービール "Duvel"。美しい黄金色,そして,いい濁り具合ですよね〜。
 ドイツビールもベルギービールも美味し。幸せな毎日が後少し続きます。
 
 あっ! また「側転少年」の写真を撮るのを忘れたわ…orz

スイス,味の思い出

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 ここの調査隊,帰国が近づいてからというもの,どうもオランダへの執着が薄くって…(^^ゞ
 心は日本! ってか,その前に欧州完全制覇だー! …と,いまだ叶わぬ夢を抱いております。
 だけど残り期間を考えると,無理っぽい。特にヨーロッパ南東部を取り残しそうな予感です。あとアイスランドとか,ポルトガルとか。イタリア旅行へ行く時に遠回りの列車の旅をすれば,何とかなるでしょうか?
 いいアイディアをお持ちの方,どうぞアドバイス方よろしくお願いいたします。

 で,旅行関連のエントリが続く間,ブログタイトルを変更します。80%位は洒落ですが,残りは良心の呵責とでも言いますか(大げさ)…,何かねぇ,タイトルに偽りありって感じで気になっていたのですよ。旅行記事の合間にオランダの記事を投稿してますものね。明日・明後日には元にもどせるかしら?

 それはイイとして,先日のスイス旅行で食べたものを…。ホント,旅日記になりさがってますね,このブログは…,ははは。^^;

 今回の旅程は,こんな感じ。
ユトレヒト →(車中泊)→ チューリッヒ → (ブリーク) → ロイカーバート(2泊)
→ (ブリーク・インターラーケン) → ルツェルン → チューリッヒ →(車中泊)→ ユトレヒト
 スイスも物価が高く,外食代もかなりかかるので,昼食はオランダから持ち込んだ食料ですませることもありました。なので,あまり外食してないなぁ,と思っていたら,写真は結構あります^^;
 では,時系列にズラズラと。

ブリーク

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 実は,ブリーク駅(先頭の写真)は思い出深い町だったりします。8年ほど前,新婚旅行でスイスを訪れた私と夫。スイス南東の保養地サン・モリッツから氷河特急の旅の途中,ちょっとしたアクシデントがあり,私達はツアーを離れて単独行動をすることになりました。ブリーク駅は,その時,所用を終えてツアーを追いかけている途中に,氷河特急から別の特急に乗り換えた駅。あの頃はドイツ語がよく聞き取れず,「乗換駅で降り損なったらヤバイ」と,ヒジョーに緊張して列車のアナウンスを聞いていましたが…。人間の慣れってすごいものです。あの時夕食の不味いサンドウィッチを買った売店も健在でした。
 街は清潔で,空気もとっても美味しかった!
 この街では,昼食をいただきました。お昼からビールって幸せですね〜。ミュンヘンの白ビールエルディンガーで,スイスに乾杯! お料理は,パスタの他,早速スイス料理のレシティを。フライパンで炒めたジャガイモにチーズを乗せてオーブンで焼いてありました。

ロイカーバート#1

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 ロイカーバートのあるヴァリス地方はワイン用の葡萄の栽培が盛んなところ。なので,スイスビールカルディナールの他,ワインも頂きました。お料理は,私がサラダと手打ちパスタ(トリュフのクリームソース),夫はお肉料理を注文していました。ラトハウス横のとてもよいレストランでしたので,オススメです。名前が分かったら後で追記しようと思っております。
 ロイカーバートの記事はこちら

ゲンミ峠

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 ロイカーバートからロープウェイで約6分のところにあるゲンミ峠。断崖ギリギリのところにあるレストランはキャフェテリア方式でした。
 ビールもセルフサーブ。だれ?「グラスを斜めに」というアドバイスを無視して注いでいる人は。
 お料理は,またもやレシティ。ここでは,半熟卵が載せてあるものを頂きました。塩気が利いているのでビールが進みます。仔牛のソーセージもうまーでした。
 ゲンミ峠の記事はこちら

ロイカーバート#2 +α

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イメージ 7 フォンデュ・シノワーズが食べたい,と,街をさまよった挙句に見つけたレストラン。外においてあるメニューではフォンデュ・シノワーズもOKだったのに,お店に入ってみると,「日曜日のみ」との由。既に口の中がさっぱりコンソメスープのしゃぶしゃぶを待機しており,「え〜!?」って感じでしたが,気を取り直して食べたいもの探し。その日は,ちょっとチーズのお料理をパスしたい気分だったので,お肉のグリルを頂きました。たっぷりのサラダが嬉しいです。
 ビールはここでもミュンヘンのエルディンガーを。これが結構好きなんですね,私。
 右は食後に頂いた「スイスコーヒー」です。キルシュ(果物の蒸留酒)が強く,ウィンナコーヒーのように生クリームが乗っかっていました。

 最後のソーセージは,帰路のチューリッヒで列車に乗る直前に購入したブルスト。特に白ソーセージがふわふわで美味しいと言って,ほとんど子どもが食べてしまいました(涙)。 また食べられる日がくるかしら…。

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スーパーでお土産

 スイスも3度目なので,大体スイス名物は持っております。なので,今回はお土産屋さんでなく,スーパーでよさげなものを物色〜♪
 サン・ミッシェルのガレットは,実はニース旅行で購入したものと同じ。これまでブルターニュ産と信じていたのですが…,一体どこのなんでしょうね?
 スイスはチョコレートでも有名です。今回は,スーパーの板チョコを。チューリッヒ駅では,お菓子屋さんでマカロンを購入しようとしたのですが,ちょうど閉店時間だったらしく,「シュワシュワ」(←多分フランス語)言われて追い出されました。オランダでもこういう経験あります。ヨーロッパらしい,というのかしら…。
 太い方のサラミはイタリアのもの。細い方はスイス産でした。青い缶は,スイスのピルスナービールです。他に,お肉屋さんでワインも3本ほど購入しましたが,もう既に飲み終えました。

 振り返ると,美味しい旅だったんだなぁ,なんて子どもみたいなことを思っちゃいます。

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 上の写真は,スイスの中世都市ルツェルン(下の写真)にあるライオン記念碑。「瀕死のライオン」とも呼ばれています。この記念碑は,「ベルサイユのばら」の主題となったフランス革命にちなむもの。背中から心臓を射抜かれて息も絶え絶えとなったライオンはスイス人の傭兵を,そして,そのライオンが命を懸けて守っているの百合の紋章の盾は,当時のフランス国王ルイ16世とその王妃マリー・アントワネットを表しています。

   ※   ※   ※

 最終日の夜にチューリッヒからホテルトレインの異名を持つ寝台特急シティ・ナイト・ライン(CNL)に乗る前に,私達はインターラーケンからベルンを通らずに山岳地帯を通り抜け,ルツェルンを訪問した。理由は,スイスの歴史を象徴するライオン記念碑を一目見るため。
 小便小僧やマーライオン,リトル・マーメイドのような,がっかりするほど小さな像があるのかと思いきや,雨の中向かった公園の岩に彫られていたのは,堂々とした体躯のライオン。だけど,荒い息遣いが聞こえそうなその表情を見た途端,スイス人が今日の安定を手に入れるまでに辿った苦難の道のりが自分の中を通り過ぎたように思えたのだった。

 スイスはもともと豊かな国ではない。国土は峻険な山岳と湖に覆われ,農耕に向かない上に資源も少ない。そんな国が塩や穀物を輸入するために輸出したもの,それはスイス人の命だった。
 17世紀末には,スイス人傭兵は,国を困窮から救うために,フランスやオランダ,スペイン,オーストリア,サヴォワ,ローマ教皇庁で働いていた。戦乱の絶えないこの時期,ヨーロッパの戦場では,ときに運命的に敵味方に別れてしまったスイス人同士で戦うこともあったということだ。

 フランス革命の前にも,スイス政府は国防のためにフランス国王と傭兵契約同盟を結んでいた。そのためスイス人傭兵は,近衛兵として国王らの居城ヴェルサイユ宮殿を護衛していた。
 ところが,「ベルサイユのばら」でもよく知られているとおり,王妃マリー・アントワネットの浪費のため,もともと凶作で悪化していたフランスの財政に破綻をきたし,市民がパンを求めて蜂起した。これがフランス革命。
 貧困な国の経済を支えるために出稼ぎに来ていたスイス人の傭兵七百数十名は,彼らが護衛する国王から,市民に対する攻撃命令が出なかったために,最初に襲撃されたヴェルサイユ宮殿で,そして,その後の1792年8月10日,市民によりパリへ連行された王族の居城チュイルリー宮殿にて,再度市民の襲撃に遭って囚われの身となり,ついに全員が虐殺されたのだった。
 これにてフランスとスイスの同盟関係は終焉を迎えた。上の記念碑は,その最後のエピソードから,傭兵達の「スイス人の忠誠と勇敢さ」を讃え,製作されたそうだ。

   ※   ※   ※

 「スイスって?」と尋ねられると,この国の永世中立主義から平和国家というイメージが,また,国際競争力の高さ(*)からお金持ちの国というイメージが浮かびやすいのではないだろうか。さらに,雄大なアルプスや美しい湖畔の風景からは,クリーンな国というイメージも浮かぶかもしれない。
 それらのイメージは,一面的な意味では当たっていると思う。なぜなら,スイスは,アルプスの景観を守るために,例えばツェルマットでは,排気ガスの出る車の乗り入れ禁止している。だけど,その一方で,文字どおり山の「中」まで電車を走らせ,いつでも訪問客がアルプスの山の頂上に行けるようにして,1年中観光でお金儲けできるように徹底的に自然に手を加えているのも事実だ。
 スイスってそんな国。かなり,したたか。

 ところが、実際に列車でスイスを旅すると,車窓の風景があまりにのどか過ぎてスイスの国際競争力の強さが不思議になってくる。眼前に広がるのは,山,谷,湖。一部の都市部を除いては,谷や湖畔での酪農の風景が続き,牛達が斜面に立ち,草を食んでいる。酪農家達は,それだけでは生活できないので,副業に観光業を営んでいるとのこと。日本では「格差社会」という言葉が流行しているようだが,この言葉は,日本よりスイスの方がもっとよく当て嵌まるのではないだろうか。
 現在のスイスの主産業は,観光のほか,精密機械工業や金融業とされている。
 時計に代表される精密機械工業の発展は,フランス革命前の時代に,フランスのルイ14世に弾圧されスイスに亡命してきた改革派の職人の寄与によるとのこと。しかも,参考にした書物には,「いつの時代もスイスに亡命できる者は,手に技術を持つものに限られる」との言葉が添えてある。有能な人だけ。スイスに住める外国人は。
 金融業については,最近,第2次世界大戦中にナチスドイツに虐殺されたユダヤ人の預貯金を「持ち主不明」として自国の財政に取り込んでいたと批判されていた。さらに,渡蘭前には,スイスはそのナチスドイツを陰で支援していたというような書籍が出版されたと記憶している。そう考えると「永世中立」とは「いい人にも,悪い人にも平等に商いをする」といった理念であり,それをもとに発展していったのがスイスの金融業ではないかと思えた。
 「永世中立」についても,平和のイメージからは程遠い。現実は,世界で最も近代的で高度な武装を誇る重軍備のハリネズミ国家と言われ,国民皆兵制(女性は希望者のみ)をとる。第2次世界大戦時は,中立を守り通すため,領空侵犯した連合軍さえ撃墜したとの話。同じく中立を宣言しながら,あっさりナチスドイツに侵攻されたベルギーとはまったく異なる。

 フランス,ドイツ,イタリア,オーストリア,そしてリヒテンシュタイン公国に囲まれるという地勢により,様々な特色をもつスイス。この国にもルクセンブルクと同様に緩衝地帯としての重要な役割が与えられてきたことは,多くの国際機関がこの国の都市に置かれていることからも分かる。九州ほどの小さな国なので,権力の機能が一つの地域に集約されやすかった、というのも,この国の強みかもしれない。
 地政学的に,北海に注ぐライン川,黒海に注ぐドナウ川,地中海に注ぐローヌ川,これら3つの大河の源泉があるため,鉄道や道路の発達前の水路が主要な交通手段だった時代には,ヨーロッパの交通の要衝とされていたスイス。行き交う人々からこの地の権益を守るために人々は立ち上がり,現在でも,4つの言語グループ,26もの州が一つの共同体となり,連邦制を維持しているのだ。

 穏やかな山の風景とは裏腹に,調べれば調べるほど,興味の尽きない国だと思った。
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 *注:Wikipedia によると,一人当たり GDP (市場為替レートベース)は世界第3位
 参考文献

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 今回の旅の主目的は,ロイカーバートで温泉に浸ること。温泉っていい響きですね〜♡

 ヨーロッパにも温泉はたくさんあるようです。私の知るところでは,オランダには南部のファルケンブルクに一つ。オランダ近郊なら,ドゥリーランデンプントに接するドイツのアーヘン,有名どころではベルギーのスパ(地名)やドイツのバーデンバーデン(地名)に温泉施設があります。
 但し,ユトレヒト在住の日本人の知人に聞いた話では(つまり未確認情報),これらはどれも冷泉を沸かしているとか。本当の熱いお湯が湧き出る温泉には,ブタペスト(ハンガリー)くらいまで行かなきゃ入れないとのことでした。
 その話をしていた方がご存知かだったかどうかは知らないけれど,今回私達が行ったロイカーバートの温泉は冷泉を沸かしたものではなく,ホントの温泉なのです。イエイ^^v
 ユトレヒトから,ブタペストとロイカーバート,どっちが遠い?という話になると…,う〜む,同じくらいでしょうか。私は今回の旅行に,「温泉ならブタペスト!」と強く推したのですが,山好きの夫に負けました(笑)。(乗換のタイミングの問題もありましたが。) スイスにはロイカーバートの他にも20箇所近くの温泉地が点在しています。実は温泉王国なんですね。
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イメージ 3 露天風呂というより屋外プールです。湯加減は,熱くなく,ぬるくもなく,調度いいです。なにより,大自然に囲まれ山の稜線を眺めながら湯に浸れるというのが気分いいですよね。プールの中央の方はかなり深いので,大人はプールの淵にもたれてまったりです。
 その他,寝湯や打たせ湯,足湯,サウナなどもありました。また,本格的に泳ぎたい人のためにコースを設けたプールも別にありました。
 子どものために,大きなスライダーもあります。
 
 上の写真のように,昔からロイカーバートの温泉は,ゲンミ峠を行きかう人に親しまれてきたそうです。スイス政府観光局のオフィシャルサイトでは,この温泉はローマ時代以来の歴史があるとされています。
 また,娯楽のためよりも医療のために用いられてきたとか。ホテルの近所にもプールのある病院があり,療養のためにブールに入っている人を見かけました。
 
 さて,では現在のヨーロッパの温泉文化ってどんなもの?って話なんですが,日本人が考える「温泉」とはかなり異なります。もともと欧州には,日本のように湯船に浸かるという習慣がないので当然ですよね。ガイドブックなどを見る限りでは,どの温泉施設でも,お湯はもっぱら温水プールに使用されているようです。よって,入浴は水着着用。体を洗うのは,最後にシャワーを浴びる時で,皆さんシャンプーや石鹸持参です。
 子ども達は腕にはめる浮き袋やゴーグルをはめて,完全に水泳モード。ご他聞にもれず,先日のベルギー旅行で体調不良のため泳ぎ損ねた我が家の子どもも,ばっちり泳ぐことができて大喜びでした。
  
 ところで,オランダの子ども達は,かなりの割合で水泳教室に通っています。運河が多い国なので,誤って運河に落下しても自力で上がれるように,という趣旨でしょうか。水泳教室で取得するディプロマは,日本で私の子どもが通っていた水泳教室に比べると,着衣での遠泳や立ち泳ぎなど,実践的なかなりの泳力を要求するようですが,子どものお友達のほとんどがこのディプロマを取得していると聞きました。
 当初は,言葉の問題があり,指導者の指示が理解できないのに水泳は危険だろうと思い,子どもを水泳教室に通わせなかったのですが,プールが大好きな子なので,今となってはオランダ流の水泳,やらせておけばよかったなぁ〜と後悔する次第です。ん〜ん,残念。だけど,私の近所では冬場でも営業しているプールがあり,頻繁に遊びに行くので,かなり泳げるようになりました。足がつかないようなとこでも平気な顔して泳ぎます。見ている方はかなりハラハラしておりますが(笑)。

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 屋内プールも充実しています。子ども用の浅いプールも二つほどありました。お子さん達もみんな楽しそう!

 その他,マッサージコーナーや,美容院,レストランなども併設された大きな保養施設です。
 マッターホルンを見るためにツェルマットのあるヴァリス地方を旅する場合は,ここで疲れを癒すのがよさそうですね。手足の皮がしわしわになるまで入っていましたよ(笑)。


〔リンク〕
 私達が利用した温泉施設 ブルガーバート

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