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以前から,オランダの移民について考えたことをエントリにしておきたいと思っていたのだが,どうやら時間切れ。というか,次第に考えも変わってきて,まとまらないと言うのが本音だったりして…^^; とはいうものの,この領域については,自分自身に特に関心があります。それで,オランダの統計局の人口に関するデータなど見ていたら面白いものがたくさんありましたので,その幾つかを備忘がてら簡単にエントリにしておきます。 なお,グラフに添えた日本語は,全てモザイクによるものです。訳のおかしな箇所があれば,遠慮なくご指摘ください。 ※ ※ ※ 移民受け入れの歴史を持つオランダ,人口成長に関するグラフも出生地域別となっています。オランダネイティブの増加数に対し,非西欧諸国出身者の人口増加が顕著。このまま進めば,人口構成が逆転することもあるかも。その場合,心配されるのは,社会システムや文化破壊など。「国家とは何か」とか,「国家(社会システム)とは誰のためにあるのか」が問い直される状況と思料されます。 都市社会においては,特定のエスニックグループに属する者同士が近隣に居住しがち。右のグラフでは,オランダの4大都市における移民の住み分け率が示されています。分住には種々の要因がありますし,計量の方法などが分からないのでコメントしにくいのですが,概して,これが高い地域(ハーグやロッテルダム)においては,地元民との統合がうまくなされていない可能性があると言えるのでは,と思います。 右は,外国人入国者の入国目的別割合(参照)。婚姻やパートナーシップを結ぶため,または,家族と一緒に生活するために入国する人の割合が大変多いと分かります。このグラフは,EU圏からの入国者を含みますので,非西欧出身者のみでこの表を作ると,別の形(予想としては,労働資格での入国者割合が減少する形)になるのでは,と思います。 左は,重国籍者が所持するオランダ以外の国籍。圧倒的にトルコ・モロッコの国籍を持つ方が多いと分かります。右は,投票権を付与される人の国籍です(参照)。これらの人々が,今後,オランダの政策を左右し,選択肢に多様性を与えていくものと考えます。 徐々に増えるムスリム人口。その中でもトルコ人,モロッコ人が傑出しています。国籍別入国目的別のクロス表などを作ればわかりやすいと思いますが,オランダの人口構成を変えているのは,まさにこの人たちでしょう。 寛容の精神でもって異質な文化を受け入れてきたオランダ人。ネイティブ人口の減少を補うこれらの移民が,彼らネイティブの作った社会システムの恩恵を受けるという状況の中,それでもなおかつ将来のために彼らを受け入れ続けるか,これまでの福祉政策を続けていくか,という相克に直面し,今後,どう舵取りするかに注目されます。 ほかにも興味深いものがありますが,これくらいで止めときます。
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オランダの人々
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エントリタイトルは,オランダの新聞記事(もち,蘭語)から(笑)。 ともあれ,オランダの皆さん,WK2006 の初勝利,おめでとうございます! 昨日午後3時から,ドイツのライプチヒで,ワールドカップサッカーのオランダの初戦が行われました。対戦相手は,セルビア&モンテネグロ。この国は,イタリアなどとともにアドリア海に面しており,オランダから見ると,位置的にはず〜っと南にあります。オランダと同じヨーロッパ地域からの出場ではありますが,北緯52度(アムステルダム)の国に比べると,熱さには強いんだろうな,などと厳しい暑さの中でプレーするオランダチームの選手達を思いつつ,テレビ観戦しておりました。 テレビでご覧になっていらした方はご存知のとおり,オランダチームのサポーターは,スタンドをチームカラーのオレンジ色に染めて,オレンジ軍団に熱い声援を送っていました。 前半20分頃(後で確認すると前半18分でした),オランダチームが先制点を挙げると,近所のあちこちから,「お〜!」というどよめきが聞こえました。そうすると,「あらあら,皆さん,どこかでパブリック・ビューイングかしら?」と,オランダ人のサッカーの観戦風景が見たくて見たくてたまらなくなった私。炎天下,オランダチームのユニフォーム姿(一型古いけど)で,首からは一眼レフを下げ,自転車でユトレヒト市内を巡回してきました(笑)。 最初に行ったのは,近所の公園。道路にはほとんど人通りがなく,公園も,楽しい催しが行われているのにも関わらず,人影まばら。…と,思ったら,おうちの前に集まって観戦している人々をみつけました。楽しそうですねー! すぐ上の写真は,同じくアウデグラハトのカフェ "Winkel van Sinkel" です。入り口から人がはみ出してるし(笑)。オレンジ色の帯には,「オランダサポーターなら,ここで見て行け/Kijk hier als je voor Holland bent.」と書いてあります。 それにしても,日曜日にこれだけの人出。平日はどうなるんでしょうか。 オレンジ軍団は,そのまま 1 - 0 で初戦を飾り,好発進です。オランダは,アルゼンチンを含む「死のグループ」に属してはいますが,逆に応援のしがいがあるというもの。また次の試合も,熱い応援風景が見れそうですね。
さて,今日は日本チームの初戦。我が家の応援も本番です。 |
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上の女性は,オランダのベアトリクス女王。本日とれとれの画像でございます。 毎年4月30日は,女王の日。昨年もエントリしたように,本来は女王のお誕生日を祝うそうですが,現女王のお誕生日が真冬だということで,前女王の誕生日を引き続き女王の日としてあるそうです。オランダって,ホント,面白い。さらに,今年は4月30日が日曜日に当たることから,土曜日の29日に繰上げだとか。融通利きまくりのオランダです。 去年は,この日をユトレヒトで過ごしましたが,この記念日を体験するのも今年が最後なので,どうせなら別のところへ行ってみたいと思って,夫に「今年はベアトリクスさんを見たいから,ハーグ(女王がお住まいの町)へ行きましょう。」と,リクエストを入れておりました。そうしたら,最近,ストレスがかかることが続いたせいか,少し体調を崩してしまい,私には珍しく寝たり起きたりが続いていたのですが,その間,夫はきっちりと今日のベアトリクス女王のご予定を内偵し(笑)準備してくれていたのでありました。 この日の女王様は,一箇所にとどまっておられるのではないんですね。毎年,地方をご訪問しておられるとか。今年の行き先は,ゼイヴォルデ/Zeewolde と アルメーレ/Almere。というわけで,私達は,ユトレヒトからアクセスのよいアルメーレに行ってみました。 町では国旗が掲揚され,お花屋さんも女王の日を祝うデコレーション。 アルメーレ中央駅を出ると早速フリーマーケットがずらりと出ています。この日だけは,誰もが物を売ってよいことになっているらしく,広場や通りの両側は,商品を並べたシートがズラリと並んでいます。これが,あんまりよい風景ではないのですよね。商品といっても,ホントにガラクタって感じで…(笑)。 中には,楽器を演奏して小銭を稼ごうとする少年達や,ハープを持ち出す本格派,広場でパフォーマンスをする人たちもいました。 女王は,ゼイヴォルデから船でアルメーレの港に到着されるという話だったので,見物場所を探して歩いていると,ド派手な年配の女性がカメラを引き連れて歩いていたので,きっとこの人の後を着いていけば辿りつけるだろう,と,そちらの方へ。案の定,交通整備されている道路に行き着き,無事見物によい場所をゲットです。 今日は警察官も正装しているみたい。胸にバッチをたくさん付けている警官もいました。 さ,ここから,王族のお写真です。 冷たい風とにわか雨がパラつく中,待つこと1時間。予定より30分ほど遅れて,女王が先ほどのド派手女性と一緒にご登場です。日本だったら秒単位でスケジュール管理されているでしょうにね。 赤い服装の女性が,ベアトリクス女王です。思いの外小柄な方でした。手にブーケを持ち,沿道の観客からかかる歓声にしきりに手を振って応えながら歩いていかれました。私は,てっきり,女王は馬にでも乗って来られるのだろうと思っていたので,徒歩で来られたときは,ちょっと驚きましたが,目線の高さも同じだし,なんだか親しみが沸きます。日本でこういうお祝いの時に皇族が公道を歩いて行かれることってあるのでしょうか。 もしかして,緑の女性はこの街の市長さんなのかしら?(お詳しい方,教えてください。) こちらは,皇太子ご夫妻。マキシマ皇太子妃は,南米アルゼンチンのご出身だと聞いています。日本でも,南米から皇太子妃を迎えるって日が来るんでしょうか? ブロンドが美しく,笑顔が大変素敵な女性でした。オランダで人気があるという話にも納得です。 他にも王族方が次々にご登場。見物客に声を掛けられて握手する方や,サインに応じる方もいて,なるほど,噂どおり日本とは違うなぁ,と思ったものでした。 夕方になっても,街ではまだ女王の日を祝って大騒ぎをしていることでしょう。みんながこの日を祝して,オレンジ色や国旗の色の衣装等を身に付ける姿は,日本人の私には違和感もあり,一方で羨ましくもあります。こうやって,この国の女王ら王族は,回を重ねるごとにより国民に親しまれ,そして,女王の日も,来年,再来年とさらに盛り上がっていくのでしょう。 どちらがいいとかは,あえて書きませんけど,王室や皇室のあり方ってそれぞれなんだな,ってなことを強く感じた,そんな一日でした。
〔追記〕 ユトレヒトのフリーマーケットの様子をビデオ映像で見ることができます。 NOS(オランダのNHK的テレビ局)のニュースサイト "Koninginnenacht in Utreg" |

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昨年からオランダ語の講座を受講するようになって初めて出会った職業に就く女性達がいます。 今日は備忘がてら彼女達について書き記しておこうと思います。 私の通うオランダ語講座は,以前のエントリでもご紹介したとおり,かなりインターナショナル。 ですが,通常,定住目的の方は,オランダ政府が用意した別の学校へ通うことになっており, 私のように自費でオランダ語を学ぶ必要はないとのこと。 なので,私と同じ初級コースの受講生の在留目的にはかなり偏りがあることが分かりました。 休憩時間などに,1杯80セントのコーヒーを飲みながら,お互いの生活などについて話していますが, 私と同じテーブルを囲むのは,自然と英語が通じる女性のグループとなり, 国籍をあげると,ポーランド人,フィリピン人,南アフリカ人。 しかも20歳台前半の若い女性達です。 そして,彼女達の職業はみんな揃ってオーペア/au pairでした。 オーペアとは,英和辞典には次のように記載されています。 *au pair [/ou pr/]
[名]オーペア:家事を手伝って宿泊・食事をただにしてもらう外国人(女子)留学生;最近は男子の例も多い. [動](自)オーペアとして働く. [フランス語. 原義「交換条件で」] YAHOO!辞書 プログレッシブ英和中辞典 *au pair [u-p/(<F)] オーペア(ガール)外国の家庭に住み込み, 子守・家事手伝いなどをしながら交換条件として(その国の言葉の)勉強をする女性; u pir grlとも言う. 〔字義 (on) equal (footing)〕 YAHOO!辞書 新グローバル英和辞典 彼女達の発音では,「オッパラ」に聞こえるこの職業(制度), 軽くwebサーチしたところ,ドイツやイギリス,アメリカにもあるようです。 日本人がオーペアとして海外へ渡り,生活を綴っているブログもありました。 ドイツのオーペアプログラムを紹介しているサイトには,その条件と権利が次のように記載されていました。 具体的なプログラム内容は?
http://www.opea.net/jp/what.htmlオペア(プログラム参加者)は基本的に週30時間、ホストファミリー宅での子供の世話(週1〜2回程度の夜間ベビーシッター含む)や部屋の掃除、洗濯、アイロンかけなど、子供の世話を中心とした基本的な家事を手伝うことに同意し、その代償として、オペア期間中は無料(+若干のお小遣)にて、ホストファミリー宅で滞在できる他、以下の権利/報酬が与えられます * 専用の個室での滞在 (ホストファミリー宅) * 1日3食の食事(ホストファミリー宅) * お小遣い(205ユーロ/月〜) * 語学学校への参加許可(費用は、基本的に自己負担) * ドイツ国内での健康保険加入(ホストファミリー負担) * 4週間分の有給休暇(1年滞在の場合) 申請要件は,年齢(18歳〜24歳),ベビーシッター歴,ドイツ語の日常会話が可能であること,などです。 オランダのオーペアプログラムがどのようになっているのかが分からないのですが, オランダ語コースの彼女達の話では,大体これと同じような条件のようです。 少し違うのは,言葉の条件。 彼女達のホストファミリーは,一様に夫婦のどちらかが英語を母国語としているとのこと。 そのため,英語を流暢に話すことができる彼女達が, 子どもの英会話の練習相手にもよいとして,オーペアに採用されているようです。 従って,ホストファミリーとの会話は「英語で!」とお願いされているとのこと。 折角オランダ語コースを受講しているのに,なかなか実践する場所がない,との話も聞きました。 他に,子どもを叱らないオランダのパパママについての愚痴もよくこぼしています(笑)。 オランダ人の子育て,褒めて育てるって本当かも,と思いました。 ところで,上に引用した労働条件,私には結構過酷に思えるのですが,如何でしょうか。 フィリピンや南アフリカの出身の友達に,「どうしてオランダに来たの?」と尋ねると, 共通して,即座に「貨幣価値が違うから」と答えていました。 なので,彼女達,少ないお小遣いから国に仕送りしてるのかな〜,などと憶測したのですが…。 また,オランダでは英語がよく通じるということも,彼女達にとっては利点の1つです。 「私達はEU圏ならどこへでも行けるけど,常に言葉の問題がある。英語だけでは十分ではない。」 と,ポーランドの女性の1人が話していました。 個性的な国がひしめく欧州で,語学教育に力を入れているオランダは,やはり少し特殊な国のようですね。 それにしても,週30時間の労働とは,週休2日として割り算すると1日当たり6時間の労働になります。 それで手元に残るお金が1月に3万円位って,どうなんでしょうね? キャリアがつくわけでもありませんし,語学学校だって自費で通うのですから, よほど,その国に対する思い入れがなければ,日本人には動機付けが難しいのではないかと思いますが。 ともあれ,オーペアプログラムは,日本人にとっては,オーストラリアやカナダで行われている ワーキングホリデー制度の代替として機能しているような印象を持ちました。 そんな彼女達の最近の大きな関心事は,次に行く国。「あなたのプランは?」が枕詞です(笑)。 ポーランドの女性達も,フィリピンの女性の「バリューオブマネー」の言葉には大きく頷いていましたが, やはり,仕事がきついとのこと。母国へ帰って就職する決意を固めた人もいました。 南アフリカの女性は,ビジネススクールに通うため,留学ビザの申請をするとのこと。 そして,フィリピンの女性は,イタリアへ行くことにしたそうです。 フィリピンの公用語は,英語とタガログ語ですが,彼女はスペイン語も話すのだそうです。 フィリピン人に英語やスペイン語を話す人が多いのは, かつてフィリピンがスペインとアメリカの植民地支配を受けていたことによりますが, 職場を国外に求める場合,彼らの語学力って,世界的に潰しが利くんですよね。 港の方面で仕事をしていた頃,客船の船員にフィリピン人が多いという印象を持ちましたし, 看護士として外国で働くフィリピン人も多いと聞きます。 確か日本でも,医療職の外国人労働者を受け入れるかどうか,検討しているところでしたよね。 話が逸れましたが,そんなわけで,スペイン語が話せる彼女は, イタリアに行っても,きっとすぐにイタリア語を話すようになるのでしょう。 オランダ語の習得もとても早いですから。 ホント,世界をまたにかけているんですね…。 今日は,オランダ語コースの女性達をご紹介しましたが,
やはりここは大学の街ユトレヒト,男性は研究機関に所属している方が多いようです。 よーくリサーチして,また機会があれば,彼らのことも書いてみたいと思っています。 |
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シンタクラースがスペインからユトレヒトに到着してから早くも1週間が経ちました。先日のエントリのとおり,今夜も我が家では,子どもはシンタクラースの馬のために人参を靴に入れ,夫は人参をかじってペパーノーチェを入れております。これが12月5日のシンタクラース・アフォンドまで続くのかと思うと,先はまだまだ長いと気が遠くなりそうです。 ところで,オランダ語では,プレゼントのことを「カドー/cadeau」といいます。この言葉に縮小接尾詞"-tje"を付けて,「カドーチェ/cadeautje」とすると「ちょっとした贈り物」という語感になり,誕生日のプレゼントやシンタクラース祭のプレゼントには,こちらの言葉の方がよく用いられるようです。 縮小接尾詞…日本語では,「わんこ」の「こ」とか,関西の方が言うところの「飴ちゃん」の「ちゃん」という感じでしょうか。英語では思いつきませんが,スペイン語には"-ito","-ita" というのがありますよね。(例えば,バラ「ローサ/rosa」を「ロシータ/rosita」とする)あれと同じだと思います。 シンタクラース祭のカドーチェは,12月5日の夕方,シンタクラース(またはズワルテ・ピート)が,煙突から子ども達が準備した靴の中に入れてくれることになっています。軽く調べたところでは,これは,「聖ニコラスが貧しい少女への施しを煙突から投げ入れたところ,暖炉脇にあった靴の中に落ちた」という伝説に基づくようです。 そして,言葉の意味どおり,高価ではないものを数多くプレゼントするのがオランダ流とのこと。上の写真は,去年のシンタクラース祭で我が子がゲットしたカドーチェの一部です。すごくたくさんでしょ? 今年の我が家でも,12月5日に向けて,シンタクラース・プロジェクトが始まっています。なるべく高価ではないものをシンタさんにお願いするようにと,子どもが手紙を書き始めたら,あれこれ提案…(笑)。 今年のシンタクラース・アフォンド,一体どんな夜になるのか,私も楽しみです。 ※ ※ ※ 以下は,去年のシンタクラース・アフォンドに書いた私の日記。(一部加筆しています。)
渡蘭後初のこのお祭りの夜に,我が家が異国文化の風習にどのように触れたか,もし興味がおありでしたら,どうぞお読みください。 2004年12月5日(日)
終日、曇り。 今日は聖ニコラス降誕祭のイブ。 ある掲示板には、玄関にケーキが置いてあり、「今夜はある方の誕生日なのでお祝いしてください」との手紙が添えてあったけど誰の誕生日ですか?とのカキコ。 日本であれば、「不審な荷物だ」、「毒が入っていないか」などと心配するところだけど、オランダはなんと平和な国だろう。 そんな今日は、子ども達にとっては、シンタクラースからプレゼントが届く日。 聖ニコラスがシンタクラースと呼称を変えたのは、この習慣を無宗教化するためか。 この習慣はアメリカにわたり、コカ・コーラ社の手によりクリスマスのサンタクロースに変わったとのこと。 我が家の子どもも、起床して着替えを済ませると玄関の長靴の点検へ。さあ、昨夜入れた人参はどうなった? 3階の寝室で待っていると、どたばたと走って階段を上がってくる音。息を切らせてプレゼントが入っていた旨報告。(※昨年,私達夫婦は,間違って,朝,プレゼントを与えてしまいました。) 包みを外国人ぽく豪快に破ると、ご希望のものが。飛び上がって喜ぶ子ども。豊かな国に生まれて幸運なことよ。 「12月5日,マドリッド。親愛なる友人達へ。あなた達は遠くからオランダに来ましたね。私も同じです。ご存知のとおり、私はマイラの司祭で、プレゼントを配る人として知られています。普通は、煙突からプレゼントを投げ入れるのだけれど、あなたの家には煙突がないみたい。なので、裏庭を見てくださいね。よい時を! 聖ニコラスより」 そこで、あわてて裏庭に行くと、隣の家との塀に「黒んぼピート」の絵が付いた麻袋がもたれている。袋を家に取り込み、中身を出すと、ザクザクと山のようにプレゼントが入っていた。 またもや豪快に包装を破る子ども。私は、家主の妹さんは一体どうやって麻袋を庭に入れたのだろうね、と首をかしげる。(※裏庭へは家の鍵を持つ人しか入れない構造になっていました。) そうしていると、また玄関のブザーが鳴った。 今度は家主の妹さん。家主に頼まれ、プレゼントを持ってきたとのこと。家中カドーチェとその包み紙だらけとなった。 こうなると、さっきの麻袋は誰が持ってきた? と夫婦で顔を見合わせる。 夫曰く、そういえば裏庭の方でがさごそする音がした、と。袋の置かれ方からして、どうやら、お隣のエドさん・エレンさん夫婦のお計らいに間違いないだろう。なんとも粋なことよ。 夜空に向かい、"Dank u wel, Sinterklaas!(有難う,シンタクラース!)"と叫ぶ子ども。 我が家の楽しい降誕祭。オランダ文化にふれる夜。 |




