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1934年に初飛行したカントZ501ガビアーノ(かもめ)単発飛行艇はスペイン内戦に参加し、第二次大戦初期にも活躍した。単発で低速ではあったが、その重武装は連合軍機にとって脅威だった。
上は随分昔に作ったイタリアのイタレリ社製1/72による完成品。エナメル塗料で塗っている
 


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1934年に初飛行したサボイア・マルケッティSM79スパルビエロ(はいたか)爆撃機は当時よく見られた三発機であるが、いくつかの速度、距離、搭載記録を作り、第二次大戦に突入するとさらにパワーアップしてその旧式な外観にも関わらず大活躍した。
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作品はイタレリ1/72によるSM79Ⅰ。スペイン内戦でフランコ軍に参加した機体を再現している。「せむし」と呼ばれる背中の膨らみは前方機銃を搭載したためで、機首に武装できる双発機とかでは有りえないものだろう。キットは上部後方機銃のカバーは閉じているが、作品は開いた状態に改造している。現在、SM79のキットは出来の悪いイタレリ1/72しか無いようだ。


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第二次大戦時に改良されたSM79Ⅱは1〜2本の魚雷を胴体下面に装備して多くの連合軍艦船を撃沈した。
イタレリよりさらに出来は悪かった、とても古いエアフィックス1/72魚雷装備機。キット画像が無いので箱絵で紹介しておきます。

その他SM79Bという双発機も作られ、ルーマニアなどに売られた。
 

フィアットBR-20チコグナ(こうのとり)は1936年に初飛行、スペイン内戦に参加し、日本にも85機が輸出されて支那事変初期に活躍した。そして大戦初期にはSM79と並ぶイタリア空軍主力爆撃機であったが、すでに低性能でさほどの活躍はしなかった。イタリア降伏後にドイツ空軍が接収して輸送機として使用。日独伊三国同盟の三国すべてが使用したという意味で珍しい機体である。
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イタレリ1/72による日本陸軍使用機。日中戦争を迎えながら近代的な重爆撃機を持たなかった陸軍が急遽導入し、「い式重爆」と呼ばれたが、97式重爆撃機が登場すると速やかに引退した。


 

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イタレリ1/72によるどこか旅客機っぽいカプロニCa313軽爆撃機。原型のCa310のシリーズは戦前の機体だったが、313は第二次大戦中に開発され、偵察や輸送にも活躍しスウェーデンにも輸出された。
 



1913年から1931年までシュナイダー・トロフィー・レースという水上機のレースが開催されたが、このマッキM.39水上競速機は水冷式V型12気筒800馬力のエンジンで416キロの高速を出し、1926年度シュナイダー杯で一位となった。
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日本のガレージキットメーカー、アトリエ・ノアによる1/48レジンキット。プロペラとフロート支柱が金属製だった。
 


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第二次大戦開戦時のイタリア空軍を代表する近代的戦闘機だったフィアットG50フレッチア(矢)戦闘機。低性能でさほどの活躍はしなかった。
 


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