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本多正信より、敦姫の居る赤壁城へ使者が訪れ、徳川家康が床に伏した、との報告が齎され、直ちに蔵人(初代翠雲に見出され、敦姫に従っていた家臣)を伴い、駿府城を訪れた。
 
多くの諸大名が、病状見舞いと称され、駿府を訪れてはいた。
 
だが、家康は、誰一人と会う事はせず、訪れた大名に門前払いを伝え、自らが調合した薬を飲むだけに留まっていた。
 
「正信はおるか・・・」
近習に言付けた家康ではあったが、至って元気であり、退屈凌ぎに正信を呼び寄せては、昔話に花を咲かせるのが楽しみでもあった。
 
正信は、家康に呼び出され、又もや昔話を聞かされるかと思うと気持ちが落ち込んでいた。
 
その様な折、正信の近習が、敦姫様が、大御所の御機嫌窺いに参った、と報告し、自らが敦姫に送った使者の事を考えれば、会わぬ訳には参らず、直ちに城内へ招き入れ、会う事にした。
 
久し振りに敦姫の顔を見た正信は笑みを漏らしてはいたが、事、翠雲の件を聞かれると思うと心がくもったりもした。
 
「殿(家康)といい、敦姫は自分勝手なモノを言い、面倒である」
正信が歳をとり、自らが好き勝手な性格になりつつあるのには気づいてはおらぬ様子であった。
 
「叔父上様、大御所様の御機嫌は・・・」
「元気でおるが、困った事に、儂を呼び出しては、昔話を語りだし、迷惑しておる」
 
敦姫は、正信の言葉を聴き容態が小康状態であると判断し、
「小太郎(翠雲)の所在が解りましたか・・・」
敦姫にすれば死活問題なのは充分承知ではあるが、翠雲より一度となく連絡が無い以上、答え様がないのである。
 
「殿に御会いする事は敵わぬが、儂からお主が見舞いに訪れて来た事を御報告申し上げる。翠雲の件では、殿がこの様な状態であるが為に報告が遅れておるのであろう」
苦しい言い訳をし、敦姫を納得させようとしたが、敦姫は、正信を睨み返し、
「小太郎に若しもの事がございましたならば、叔父上を御恨み致します」
 
その様な会話を行っている時に、家康の近習が正信を呼びに来て、話は打ち切りとなった。
 
正信は、敦姫との別れ際、
「赤壁に戻っておれ、病態が急変したならば知らせる」
 
正信の後姿を見送った敦姫ではあったが、小太郎(翠雲)の所在を匂わす言動ばかりか、曖昧にしている事に腹が立っていた。
「蔵人、正信様の近習を捉まえて参れ」
 
何を企んだか敦姫は、蔵人に正信の近習を連れて来る事を命じ、接客を行っている侍女に茶を所望し、蔵人が来るのを待っていた。
 
やがて、蔵人の申し立てを渋々受けた正信の近習の二人は、敦姫の待つ部屋に姿を現わした。
 
敦姫は、茶を一服啜り、正信が漏らした言葉を咎める心算でいた。
 
その言葉とは、敦姫が小太郎と呼んでいるのに対し、正信は、確かに翠雲と呼び付けにし、其処には何か裏があると読んだのだ。
 
正信の二人の近習は、敦姫から何を聴かれるか緊張はしていたが、別段、疚しい隠し事は無い事から、敦姫の言葉を待った。
「知っている事だけで良い。翠雲は何処で何をしておるか、教えて頂きたい」
 
あえて、此処で小太郎ではなく、翠雲と名を上げ、翠雲の名に敏感に反応すれば、小太郎が、家中では翠雲と呼ばれている事に繋がると考えた。
 
二人の近習は顔を見合わせたが、
「翠雲様は、殿(正信)より、捜索中であると窺っております」
 
敦姫は、尽かさず、
「翠雲とは、誰の事であるか・・・」
 
近習は不思議そうな顔をし、翠雲は誰かと問われても、翠雲は翠雲であり、何者でもないと感じていた。
 
「此の場だけの話しであるが、翠雲は、今、何しておる。知っている事だけでよい。叔父上には内密に致す故、話を聞かせてくれぬか・・・」
 
近習の二人は、常々、正信がぼやいている言葉を耳にしており、敦姫にその事を話しても良いか、迷っていた。
 
敦姫は、近習が見せている困惑した顔を見、翠雲の所在を知っていると勘繰った。
 
「生きているのか、その事だけ分かれば、私は納得致すゆえ、話を、お願い致す」
 
敦姫の演技ともつかぬ顔色に、心配であると窺う事が出来、ならばと、近習は、翠雲についての話を持ち出した。
「如何様な仕事かは存じませぬが、翠雲様は生きておられ、殿は、報告が無い事に苛立ちを覚えておりまする」
「何れの者からの報告であるか・・・」
「翠雲様よりの報告で御座います」
 
敦姫の心は驚くばかりか、翠雲が生きており、何かしらの仕事を命じられていると判断し、その様子の喜びが顔に出たのか、
「其方等の申し出、叔父上には内緒にしておく。蔵人、此の者達に褒美を取らせよ」
 
蔵人は、手持ちに何もない事を知り狼狽えていると、敦姫は、己の脇差を申し述べた近習に差し出し、もう一人には、髪飾りである鼈甲に金細工を施した櫛を手渡した。
 
二人の近習は、差し出された脇差、櫛を幾度となく断りをしたが、頑として受け付けぬ敦姫の態度に根負けし、丁寧に受け取る事にした。
 
敦姫は、二人の近習に礼を述べ、駿府を後にしたのだが、小太郎は翠雲と呼ばれ、家康の為に仕事を仰せつかっていると思えたのか、大声で笑い出したい気分に覆われ、蔵人に幾度となく、
「翠雲は生きておる。翠雲は生きており、家康様の為に働いておる。目出度い、目出度いことじゃ、なっ、蔵人」
 
蔵人は、毎日、塞ぎ込んでいた敦姫を見ており、この様な元気な笑い声で話をする敦姫を見ていると、己も気持ちが晴れ晴れとする思いに包まれていた。

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