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権座が話すには、二人の旅人は駿府より参られた旅人と太郎座を互いに紹介し、土間の方を見て何者かの姿を探す様に、
「翠雲様をお連れしたか・・・」
こくりと頷いた太郎座ではあったが、権座と浸し気に話をしている者が何者かと疑いの目で見ていた。
権座は、太郎座に翠雲を屋敷に迎える様にと申し付け、旅人の二人と雑談を交わし始めていた。
其処へ、翠雲が姿を現わし、旅人の二人を見るや、翠雲の顔に驚きの表情が浮かんだ。
「小次郎・・・」
言葉を発し、傍に控えている若者の顔を見、再び、驚きを隠せなかった。
「源五郎ではないか」
「兄上、久し振りで御座います」
源五郎は、初代翠雲と瑠衣との間に産まれた子で、翠雲とは腹違いの兄弟であった。
翠雲と敦姫、千姫が駿府で会い、その時、源五郎と小次郎(風魔一族)をも赤壁より伴って来てはいたが、敦姫は、翠雲と千姫を会わせる事を優先し、城下で待たせていた源五郎と小次郎を翠雲に会わせる機会を失っていたのである。
駿府より急ぐ旅立ちをした翠雲に、源五郎と小次郎との再会は出来ずに終わったが、敦姫は、二日遅れで翠雲の後を追う様に命じ、武蔵国を入った所で権座の配下に捕捉され、屋敷で足止めを余儀なくされていた。
小次郎は、一刻も早く高田相模屋に到着せねばとの焦りか、権座に事情を話した。
すると権座は、翠雲様ならば、この屋敷へ参られる、と源五郎、小次郎に伝え、翠雲が来るのを待っていたのである。
小次郎が伝える所に由れば、幽翠(源五郎)を翠雲の下で働き、翠雲の片腕に成長を願っていた。
「兄上、源五郎改め、幽翠の名を母上より頂きました」
翠雲は、源五郎が遅くなった元服を済ませた事も知らぬ儘に越後高田で奮闘し、幽翠に申し訳ないと感じ、頭を下げた。
小次郎は、一時は武蔵忍に身柄を捕捉され心配したが、翠雲に会えた喜びに浸り、
「幽翠、教えを乞うお方に兄上はない。翠雲様と御呼び致せ」
小次郎は、幽翠に厳しく言葉を述べ、翠雲へ頭を下げた。
赤壁の誰もが五歳になれば、忍の技を身に着ける事が要求され、御多分に漏れず源五郎(幽翠)も風の穴へと入り、其処で修業を重ねた上に瑠衣の考えであろうか、無理やり小次郎に頼み込み、更なる技に教えを乞うたのだ。
翠雲も小太郎の時代に風の穴に入り、幾戦もの経験を積み重ね、現在に至っている。
源五郎は、風の穴を卒業すると共に、元服を済ませ、幽翠の名を与えられた。
しかし、如何に訓練を積み重ね、技を磨いたとしても実戦を経験しなければ仲間の足枷になり、その点、幽翠は実戦に乏しく、未知数といってよかった。
「小次郎、お主の姿を見た時、心強い味方が現れたと安心致した。他の者は・・・」
「敦姫様が赤壁へ戻られた後、龍太(風魔一族)の一群が此方に向かう予定であります」
翠雲は、権座に向き直り、山伏一行の顔検めの件を話し、天土に差し向けられた刺客であると断言した。
太郎座は、天土への心配であろうか、翠雲の話を聴き終え、見る間に顔色が変わり、翠雲の顔を拝むように見つめ、考え込んでしまった。
「最大の敵は、伊賀忍衆であるが、無闇に手を出せば武蔵忍は崩壊致す。父上(初代翠雲)も幾度となく伊賀者と戦いを繰り返し、表向きは家康様の配慮に由り小康状態を保ってはおるが、今回は、ちと事情が異なる。服部半蔵は、伊賀忍衆の命運を賭け、己の息子である天土様を葬り、何もかもを消す事で、伊賀の郷を守る考えである。勿論、儂への刺客も覚悟せねばならぬ。伊賀の郷を背負う宿命であろう」
「では、正種様の御立場は・・・」
「正種様は、苦境に立たされるであろうな。何故なれば、現在率いておられる配下は、俄か集めの伊賀忍衆であるからだ。玄海が如何なる探りを入れ、正種様の存在を知るかが鍵になって参ろう」
「権座様、儂の願いは、高田藩が御取り潰しになろうと意に返さぬ。只、父と繋がり、儂が高田へ乗り込んだ後、協力を惜しみなく注いで頂いた武蔵忍衆を御守り致したい」
翠雲は、権座、太郎座を前に本音を語り、天土の命は二の次であり、武蔵忍が生き残る道を模索せよと言っているのである。
だが、玄海が天土を討ち果たした後は、刃が己に向く事は確実であり、最早、刺客が差し伸べられていると読んだ。
服部半蔵が差し伸べた刺客より己の身を守るには、天土と武蔵忍衆を守る手立てを見出さねばならぬ所まで追い込まれてきていた。
仮に、正種が味方に付いたとしても、配下の伊賀者が反旗を翻した場合、正種の命も消える立場にあると思わねばならぬと考えられるのだ。
己に差し向けられた刺客とは、半蔵と直接話が出来る者を思い浮かべて見た。
自らが、出向いた駿府の事を照らし合わせれば、半蔵と接触が出来る伊賀者といえば一人しかおらず、三姉妹の次女で涼と見当を付けた。
だが、高田に帰っても涼の行動には怪しい動きが見られず、果たして涼が刺客であるか半信半疑であったが、涼が刺客であるならば、凛、蓮も疑いの目を向けねばならなかった。
天土へ半蔵より刺客が放たれた事を正種に知らせ、後は、正種の判断に任せる事にした。
太郎座に、天土へ刺客が放たれた事を正種に告げる様に命じ、自らの手元に合った徳利と湯呑茶碗二つを持ち上げると、権座を外に連れ出した。
権座は、翠雲が手にした湯吞茶碗を受け取り、茶碗に並々と酒が注がれるのを待ち、二人が座れるほどの石に腰を掛け、話とは・・・、と翠雲に語り掛けた。
翠雲は、天土の命、己の命を守る良い方法が見つからぬ、と悩みを権座に打ち明けた。
一気に茶碗の酒を飲み干した権座は、即座に、死になされ、と一言漏らしたのだ。
確かに死ねば刺客に狙われる事無く無縁に生きて居られるし、半蔵が涼に命じた刺客の一件から涼は逃れる事が出来る、当に、一石二鳥の名案であった。
だが、翠雲を葬るほどの者といえば身近にはおらず、嘘が即座に判明する事だけが悩みと残った。
権座は、その事にも触れ、儂に寝首を狩られた事にすればよい、と述べた。
腹の決まった翠雲は、権座に笑みを返し、話とは全く関係の無い事を口にした。
その事とは、初めて権座の屋敷を訪れた時に不審に思った事を述べたのである。
それは、屋敷よりやや離れた場所に祀られた幾体もの石像道祖神を目にした事であった。
今まで幾体もの道祖神を目にして来た翠雲ではあったが、石に彫られた石仏が四、五体にも及ぶ物は見た事がなかった。
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