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前回から続きます・・・ 作業を終え、陸前高田市内を通って宿泊場所の大船渡の合同庁舎に帰るのですが その道中に、この様な惨状が目に飛び込んで来ます! 派遣前に、報道で目にはしてましたが 実際に目の当たりにすると、もう声も出ませんでした レンタカーの車内から撮った画像です。 ↑高田小を一歩出た風景・・・ ↑洗いざらい何もかも破壊して行った津波 ↑もし、この建物の中に自分が居たら・・・ ↑海岸の防風林の数万本の松林が流失したので、到る所に松の木がありました ↑建物に車が引っかかってます ↑市内の消防本部、震災前の状態が・・ ↑建物は残りましたが、この様な状態 ↑最後まで避難を呼びかけて、自ら津波に呑まれた消防車 ↑陸前高田高校の建物 ↑市民体育館、海側とは逆の壁が倒壊している、此処に非難した7〜80人の方は 3名を残して、全員犠牲になったそうです。 ↑海岸近くの団地・・・四階まで達した波が分かる画像 ↑このコンクリート製の建物の屋上に乗っている物は、後から流れてきた 他の木造家屋 ↑海岸沿いにあった建物の被害は特に甚大でした ↑地盤沈下して、水面下に没した市民球場 ↑沖に見える防波堤の様な物が見える場所が、かつての海岸線だった所 ↑一番の市街地だった辺りは、本当に戦争の跡の様でした ↑木の高い位置に自転車が ↑川沿いの道路は、舗装面まで津波に持って行かれ、砂利道に! ↑橋の上部構造が流失して橋脚だけになった陸橋・・・川に掛かる橋じゃなく「陸橋」なんです 下の水面は川ではなく津波で溜まった海水 ↑側溝に運転席が突っ込み、ダンプが立っていました ↑大船渡の海岸線道路です ↑道路わきも、この惨状で ↑海岸から、かなり入った場所に大きな船が川を遡ってました。 ↑自動車の墓場 ↑コンクリートの建物でさえ、この状態ですから想像を絶するエネルギーです。 凄まじい津波の威力です、誰がこの様な波が来ると想像出来たでしょうか 犠牲になられた方々のご冥福を心から祈ります そして、一日も早い復興を願って止みません その為にはコーシーも何度でも現地入りする気構えで居ますが・・・ 被災地で活躍するボランティアさんとも、話す機会がありました 会社を経営する都内から来た男性は、中越地震の時も真っ先に駆けつけたそうです 土日しか出来ないけど、また何度でも来たいって言ってました 金曜に会社が終わって、自費で高速道を飛ばし、土日は自分の車で泊まってボランティア そして月曜から、会社に勤めるって・・・本当に頭が下がりました 健康面にも注意してもらいたいです。 自分の様に給料を貰って現地に派遣される事は、非常に恵まれた環境だと思いました また、派遣にあたり残って職場や自宅を守ってくれる方々が居てこそ 現地で充分に任務を果たせる事を忘れては、行けませんよね! 被災地に行かなくとも、協力できる事は沢山あります 皆さんも、自分に出来る事から始めて 共に復興に携わって行きたいですね。
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おはようございます。
あの日から49日が経って、現地でもその法要が方々で開かれていたようですが、そんな中、その日に娘さんが見つかったとある所まで向かった夫婦が、トラックの荷台で娘さんと無言の再会をし、「この日に合いに着てくれた」「良かった」と、ニュースで見た内容でしたが、あまりにも悲しい言葉にならなず、ただただ子を持つ親として涙が目にいっぱいになっておりました。
この様なありえない現地の写真を拝見し、本当に今の事だけではなく、長くいっしょに感心を寄せていたいと思うばかりです。
2011/4/29(金) 午前 10:00
おはようございます。
4階までの水…
隣のマンションを見上げてみましたが(うちは2階)、想像もつかないです…どんな水の量なんだろうと。
願いは一日も早く元通りに、ですけど、実際は焦らずひとつずつこなすしかないのですが…まずは見通しが早く立ちますように…
2011/4/29(金) 午前 10:01
おはようございます。 報道で目にするのは一部だということがよくわかります。
報道を見ていてなんで 砂利道なんだと疑問に思っていましたが、舗装面も津波がはいじゃったんですね。 ほんとに恐ろしいです。
はやく以前の生活が戻りますように。
2011/4/29(金) 午前 10:22
tohruさん
本当に悲しい場面なのでしょうね・・・
それでも尚、遺体や遺品が見つかるだけ
良い方なのだそうで、やり切れませんよね。
現地を見ると、震災から1ヶ月以上経ったのに
景色は直後から変わらず、まだ遺体捜索の段階でした
復興にはまだまだ時間がかかりそうですが
tohruさんもチャリティーなどで応援して下さり
頭が下がります、長いスパンで一緒に応援して行きましょうね。
2011/4/29(金) 午前 11:01
ゆかさん
コーシーも団地の4階に住んでた事がありますが
夏は蚊が上がって来ないんですよ〜
それだけ高いって事で・・・
今回の津波の恐ろしさが分かる画像ですよね。
尊い犠牲が無駄にならぬ様
災害に強い町並みを視野に、復興に励んでもらいたいです。
2011/4/29(金) 午前 11:04
ひびきさん
川沿いを凄い速さで津波が駆け上がったそうです
物資を届けたかなり川の上流の中学に行きましたが
痕跡が残ってました・・・
海に近い、この辺りの川沿いの津波の威力は
想像以上なんですね、コーシーも2〜3キロ砂利道を走って
舗装面が残ってる場所に来て、始めて真相に気付いたほどです。
とにかく早く仮設住宅を完備して、避難されてる方々の
日常が不自由なく出来るようになってもらいたいです。
2011/4/29(金) 午前 11:08
自然のもたらす惨劇に言葉を失います。特に消防車は9/11を思い出しました。 コーシーさんをはじめ現地で復興のために汗を流している皆さんには本当に頭が下がります。
2011/4/29(金) 午後 0:22 [ H ]
Hさん、いつもアメリカからコメント
ありがとうございます!
今日もアメリカでの竜巻の被害が報道されていましたが
土台だけになった家屋を見て、津波を連想していました。
Hさんの所属するアメリカ軍にも支援には多大な
労力を割いていただき、コーシーも日本の国民を代表して
感謝したいと思います。
2011/4/29(金) 午後 1:44
コーシーさん、こんばんは・・・
被災地ではとにかく想像を絶する惨状に誰もが息を飲みますね・・・
とにかく通常では考えられないような事態が起こっていますので、何から手をつけていいかわからなくなりますね。出来ることから一歩ずつ前進ですね!
2011/4/29(金) 午後 8:03 [ 30特技 ]
報道とは違って、別の観点からみた情報が、コーシーさんから伝わってきました。
がれきと言えども、人が暮らしていた品々なんですね。
これらのがれきが取り除かれるのには時間がかかると思いますが、必ず復興していくと信じてます!
2011/4/29(金) 午後 9:25 [ しゃち ]
30特技さん
自分の目で見た被災地は
改めて、この世の物とは思えませんでした!
増して、実際に水の壁が迫って来る様子は、まさに地獄絵
だったと思います・・・
復興も、本当に何から手を付けるの?
って感じでしたが
出来る事の一歩から何事も始まりますから
小さな事の積み重ねで、頑張りましょう。
2011/4/29(金) 午後 9:53
orcaさん
そうなんですよ、瓦礫じゃないんですよね!
そこかしこに、思い出の欠片が散ってました
幼稚園の帽子とかカバンなど多く目にしました
この品を探してる人も居るんじゃないかと思って
片付けていました。
少しでも多くの思い出が被災者に戻ると良いと思って・・・
壊れて流されて来た家屋にも
赤いスプレーで「壊さないで」って書いてありました!
現場は住民側と市役所側では意見の相違もあると思いますが
復興に向かう光が見えると良いですね。
2011/4/29(金) 午後 10:00
西空は、28日に
予備自衛官10名を災害派遣したそうです↓
空自HPより
http://www.mod.go.jp/asdf/wadf/activi/haken.html#12
2011/4/29(金) 午後 10:31
コーシー先輩おはようございます。
津波の威力ってすごいですね。襲ってくる波より引き波のほうが凄かった場所もあるって聞きました。こちらの体育館がそのようです。
西空の予備自の方たちには、先陣を切って予備自代表として予備自の威力を見せ付けてくださることを切に願います。
でも迷彩が目立ちますね・・・これも現自と予備自を見分けるためでしょうか?
2011/5/1(日) 午前 8:15 [ reder ]
rederさん
引き波の方がが強かったと
やはり、高田小の校長先生が語ってくれました。
今回は西空が先陣を切ってくれて
航自の予備も、力になれるんだぞ〜って誰からも
認識される事を祈ってます・・・
中空は、まだ音沙汰がありませんが
その辺が、不満ですね!
新型のデジ迷彩が支給されてるのが
意気込みが感じられますね。
2011/5/1(日) 午前 8:51