過去の投稿月別表示

[ リスト | 詳細 ]

2011年05月

← 2011年4月 | 2011年6月 →

全1ページ

[1]

今日の昼食は、久々にMREをコーシーの糧食庫から引っ張り出して見ました・・・

だいたいランダムに、えいっと抽選会風に(^^;)

でっ、出たのがメニュー17の「Sloppy Joe」です!

日本の普通の家庭で育った方なら、聞きなれない名前ですよね?

アメリカでは、ポピュラーなメキシコ料理らしく、良く食卓に上るメニューだそうです。

イメージ 1

↑まずは、お馴染みのパッケージ・・・

まいど、もの凄く頑丈にパックされています、かなり気合を入れないと開封できません。

イメージ 2

↑湯煎して、お皿に開けてみます!スパイスの効いたトマト風味の香りがして来ます。

イメージ 3

↑オリジナルのスローピー ジョーは、メキシカン風味のソースを挽肉で炒め

ポロポロした具をバンズに挟んで食べるハンバーガーみたいな料理なんです・・・

そのためMREでは、いつもの小麦パンが2枚付属して来ます。

イメージ 4

↑sloopyって、ヤフーの翻訳に掛けると「ずさんな」と出ますが

要するに、あまり行儀の良くないって意味みたいで・・・

挟んだバンズからボロボロとお皿に具の

挽肉を落としながら食べるのが本場の流儀なんでしょうが

コーシーは挟まずに、パンの上に具を乗っけて、パクつきました!

こうすれば具が落ちません。

イメージ 5

↑メキシカン料理には、やはりタバスコですよね!この料理にも良く合います・・・

 MREに付属してくるミニタバスコの瓶は、可愛くって使うのが勿体無いくらい。

イメージ 6

↑辛い食事の後は、この様なチョコケーキも付いて来ます・・・

濃厚なチョコのケーキで、糧食なのにシットリして、本当にこのケーキは美味いです!

コーシー的には、MREのデザートの中で、コレは首位を占めるケーキですね。

イメージ 7

↑この様な、ナッツも付属します!

ピーナッツとアーモンド、くるみにレーズンがミックスされてて

コレは後でビールのツマミに、とっとこハム太郎(古っ)。


被災地の復興業務から帰って、早いもので一ヵ月

トモダチ作戦で頼もしい活躍をして下さった米軍の兵士たちも

現地では、このMREを食べて頑張ってくれたのかなぁ〜

そんな事を思いながらの日曜のランチでした。

南三陸町。

コーシーの義母は、今回の震災で甚大な被害を受けた南三陸から

車で40分ほどの栗原市と言う所に一人で住んでいます

今回の震災では、実家自体は幸い被害が無かったのですが

年寄りの一人住まいで、倒れた仏壇や箪笥をせっせと元通りにしたら

また大きな余震が来て、家の中が震災直後と同じになっちゃって

もう嫌になったから、仏壇も箪笥も寝かしてある!

と言うことなので、今回は個人的な災害派遣に家族一丸で行って来ましたが

どうしても、家族にも見せたかった今回の津波の恐ろしさ

帰る日に、少し寄り道して・・・

復興の邪魔にならぬ様に、南三陸町を通過して来ました。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3
↑見えて来たのは、やはり陸前高田と同じ様な光景・・・
震災前は見慣れた町だっただけに、やはり家族も言葉を失ってました!

津波で破壊された町並みに新しい電柱と電線が目立ちました
唯一、復興の息吹を感じられる物でした。


南三陸町の志津川地区は、コーシーも震災前には

釣りや海水浴などで何回も家族で訪れた事がある場所でした!

何年か前に此処の湾内にある釣り用の筏の上で震度5弱の地震に見舞われ

海面下から「くぉ〜ん」と今まで聞いた事の無い様な音がしていたのを思い出します!

コーシーが居たのは海上だったため、揺れは全く感じられず

しばらくすると、消防団の人たちに津波が来るかも知れないので

釣りは直ぐに止めて、高台に避難する様に言われました・・・

あの頃は津波の怖さなんか知らないから

すぐ近くの10mもない高台に避難して、どんな波が来るのか見物して居ましたが

幸いにして、数十センチの波がチャポンって来ただけで

少しガッカリした記憶がありましたがっ

そのときに、今回の様な津波が襲って来たら・・・と思うと

自分はただ、たまたま運が良かっただけなのだなぁ〜と。

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6
↑報道などで良く目にした、南三陸町の防災庁舎・・・
此処で最後ま防災放送で避難を呼びかけた若い女性職員も犠牲になりました。
先日、沖合いで遺体が発見されたそうです、心からご冥福を祈ります。


イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9
↑瓦礫と呼ぶには、あまりにも被災された方々の生活の面影が多くて・・・

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12
↑この地も4階以上に波が押し寄せた事が分かる画像です、団地の屋上に自動車が・・・
 漁業の町なので、漂流物も漁具が多く見受けられました。

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15
↑まだ手付かずの場所が多く見受けられ
以前行った陸前高田より、人力が割けない状況?なのかなと思いました。

イメージ 16

イメージ 17
↑世の中はゴールデンウィークですが被災者の方々は、連休なんて関係ありません!
自衛隊も頑張ってました。

イメージ 18
↑海鳥?・・・人間たちへの救いで手一杯・・・
この様な、弱い立場の動物は自分でわが身を守るしかありません
どうか、猫や野犬などに襲われません様に。

イメージ 19
↑数箇所の被災地の惨状を実際に目にして来たコーシーですが

本当に被災地は、まだ震災直後のままで、シロウト目でも

何処から手をつけて良いのやらと、途方に暮れる惨状でしたが・・・

廃墟と化した街で、復興に向け休日返上で黙々と働く自衛隊員を見て

コーシーも同業者の端くれとして頼もしく、そして誇りに感じました。

長いスパンで、復興の手伝いをコーシーも出来たら良いなぁと思い

南三陸町を後にしました。
イメージ 1

↑今回の災害派遣業務の高田小の復旧で、校庭から近い場所にあったこの建物・・・

派遣中は毎日、この前を通っていましたから特徴のある建物で、印象が深かったのですが!

イメージ 2

↑地元では、有名な洋菓子屋さんで

名前は「清風堂」さん、震災前に撮られた画像です。

地元から愛されて来た、我が町にも普通に存在する洋菓子屋さんですよね!

この様な記事が載っていました↓


コーシーも、このヘリからの画像は派遣前に見た記憶が蘇りました。

そのヘリから撮った記者が、この被災者と避難所で偶然に会った記事です
是非クリックして読んで見て下さい。


この建物に居て助かった菓子職人さんの記事ですが

現地に行ったコーシーは尚更

その地獄の様な状況が、自分の事の様に感じられてなりませんでした!

悲惨な状況の建物を多数、目にして来ましたが、改めて、その1つ1つの中では

目の前で、家族が、友達が、大切な人が流されて行く・・・そして自分も・・・

信じられない状況が身に起きていたんですね!

その殆どの方は、それを誰にも伝える事が出来なくなってしまったのが事実。


イメージ 3

人生で初めての被災地への派遣業務・・・

たまたまコーシーは津波が来ない地方に生まれて住んでいただけ

これが逆であっても、少しも不思議じゃない訳で!

何時、この様な災害に見舞われて命を落すなど

誰にも分からないんだと言う、当たり前の事が痛感できた事でもありました


改めて今回はコーシーに、残された貴重な人生を与えられた事を感謝し

日々を大切にしながら、被災地への支援を出来る限りして行こうと思った派遣でした。


3度に渡った災害派遣のレポートはこれで終わります

拙い文章を最後まで読んでくれた皆さんに感謝します。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

衛生対策製品クレベリンの姉妹ブランド
クレベ&アンドハンドジェルが新登場
今だけ。お試しキャンペーン実施中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
10/31まで秋の行楽キャンペーン実施中
抽選で150,000名様に当たるチャンス!
マツモトキヨシで期間中何度でも使える
100円引きクーポン<Yahoo! JAPAN>

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事