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で、今回は、その中で話した自由意志についてちょっとだけかじってみましょう。 カルヴァン主義は予定説を唱えています。つまり、人間に自由意志はないって言っとるわけじゃね。 じゃけど、アルミニウス主義は自由意志はあるって言っとんよ。 で、多くの科学者や哲学者も、自由意志はないって言っとります。 どっちが正しいんじゃろうね? 今回は、ロジック(論理)的に攻めます。 カルヴァンvsアルミニウスだった場合、 聖書で攻めるんじゃけど(ってか、聖書で攻めんにゃあ、意味ないし)、 今回は、クリスチャンとか関係ない、論理です。 ある哲学の教授がこう言いました。 「君たちには、自由意志はない。」 ??? ってことは、教授はそれを言う運命にあったわけですよね? つまり教授は、その言葉をナニモノかに言わされたわけですね。 で、生徒が答えました。 「オレは自由意志を信じます。教授が正しければ、今のオレの言葉も自分の意志で言った言葉じゃないんですよね?」 つまり、教授が正しければ、両者ともにもう言うことが決められとったわけよ。 もし、自由意志がなければ、 この世の『考え、行動、言動』すべてが最初から決まっとったわけです。 ってことは、教授の言動も、生徒の言動も、このバトルも、コントロールされとったわけです。 ここで、問題なのは、コントローラーは誰なのか、と言うことです。 もしコントローラーがいるのであれば、なぜこう言った矛盾が起きるのか。 (カルヴァン主義は、このコントローラーは、神だとしています。) 「いやいや、コントローラーなんていない。人間の中にもうすでにインプットされている。」 って、ある生物学者と物理学者が言いました。 「進化論的に、人間のすべての行動は、もう自分がやると言う前に決まっている。」 ん? ってことは、人間一人一人に、このインプットがそれぞれあるわけ? それが、コントロールしよるってことは、 それはオレが自分の意志をコントロールしよるってことにならんか? オレの中の何かがオレの行動を決めよるってことは、オレが決めよることじゃろ? その学者が言いよるのは、「実は脳がコントロールしよるんじゃない」ってことにならんか? 脳がコントロールしようが、そのプログラムがコントロールしてようが、 オレの中の何か、つまりオレがコントロールしよるのには間違いないじゃろ。 つまり、それって自由意志はあるって、肯定的な発言にならんか? 話は戻って、神のコントロール。あるいは、どっかの誰かが、コントロールしよるって言う説。 「簡単に言えば、映画みたいなもんよ。その中に矛盾があっても、それは台本のうち。」 神(あるいは、絶対的な1つの存在)を出されとる以上、 これを論理的に打ち砕くのは、ちょいと難しいのお。 なんとかやってみましょう。 つまり、カルヴァニスト(カルヴァン主義の人)が、 「君に、自由意志はない。」って言ったとします。 そこでアルミニアン(アルミニウス主義に人)は、論理的にこう答えられるんじゃない? 「もしあなたに自由意志がなかったら、その発言もそのあなたの考えもすべて、神にプランされたこと。つまり、君は、君自身何を言ってるかも何を考えてるのかも、さっぱりわかってないわけよね?だって、無理矢理そう考えさせられて、無理矢理そう言わされとんじゃもん。本当の自分自身は、何の意見も持ってないわけじゃね? でも、オレは自由意志を信じる身です。つまり、この発言も、この考えも、すべて自分の考えです。全く自分でもなに言ってるかわかってない人と、はっきり自分の考えを発言できる人は、どっちが正確ですかね?」 ま、そのあとに、「それも全部神の台本どうりだ。」 って言われたら、元も子もないんじゃけどね。 じゃけえ、カルヴァンの考えに対抗するには、同じガイドラインである、聖書が必要ですね。 むこうも馬鹿じゃないですから、むっちゃ対抗してくると思いますけど。 聖書はどう答えてるかは、また今度やります。
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