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あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。 集中治療室には相変わらず予断を許さない状態の夢高がいた。 状況は数時間前とさほど変わってはいなかった。 一山を越えたとは言っても、いつ急変するとは限らない。 そのことが奈々と公信の心に影を落としていた。 集中治療室から医者が顔を覗かせ、二人を中へ促す。 その表情は硬く、状況は好転していないことを物語っている。 二人もその雰囲気を感じ取って、沈鬱な表情で集中治療室の中に入った。 独特の心電図の音。 チューブで繋がれた夢高は目を開かない。 「今夜が一番の山場でしょう。覚悟をしておいて下さい。」 医者の言葉が心に突き刺さる。 「それに、傍にいてあげていただけますか。彼も全力で戦っています。応援してあげることで、少しでもパワーになりますから。」 ずっと夢高の手を握り締めている奈々。 椅子に座ったまま、微動だにしない公信。 そうやって何時間が過ぎたのだろうか。 不意に心電図の警告音が鳴り出す。 あっという間に医者が駆けつけ、看護士が数人、集中治療室に入ってきた。 「夢高!夢高!!」 「落ち着いて下さい!!」 叫ぶ奈々を看護士が諌める。 医者が看護士に指示を出し、テキパキと治療をし始めた。 「お願いだから…お願いだから死なないで!」 その瞬間、夢高の指が反応した。 微かにではあるが、確かな感触が奈々にはあった。 「夢高?!」 半音上がった呼びかけに公信も反応する。 「どうした?」 「今、ピクッと動いた気がしたの!」 「何だって?」 「脈は正常、血圧も正常値に戻ってます。」 「どういうことなんだ?」 いつの間にか心電図の警告音は鳴り止み、医療のプロたちも首をかしげていた。 「奇跡だ…。」 「夢高!」 「………奈々……。」 夢高の唇が微かに動き、瞼がゆっくりと開かれた。 「俺は…どうしたんだろ?」 「夢高……良かった……。」 泣きっぱなしだった奈々の眼から、また大粒の涙が零れ落ちた。 夢高の意識はしっかりしていた。 今までの出来事や、夢の中での出来事を鮮明に覚えている。 そこで494が言ったこと、自分がしなければならないこと、どうして奈々が泣いているのか、全てのことが夢高の記憶と合致する。 「俺と奈々を二人にしてくれないか?」 夢高は周りにいた公信や医者に声を掛ける。 その様子を見て、医者は一つ頷いて看護士たちに目配せをする。 公信は、今にも涙が零れ落ちそうになりながら、笑顔で集中治療室を後にした。 「あたし、夢高に伝えたいことがあるの。」 奈々がふと言葉を吐く。 奈々自身が妊娠していることやその後の顛末を一部始終話した。 夢高にとってはビックリすることばかりだったが、彼の気持ちは決まっていた。 「あたし、本当に最低だわ。」 「そんなことない。………今度は俺が話してもいいかな?」 夢高はふとこれが現実なのか夢なのかわからなくなった。 でも、たとえ夢だとしても、自分の目の前にあるこの世界に全力投球したい気持ちが強かった。 現実だろうと夢だろうと関係ない。 今、自分が生きているこの世界で後悔しないこと。 それが夢高の大命題だった。 「俺は、ずっと……ずっと……奈々のことが好きだった。」 「………。」 「そのことがずっと言いたくて、でももうすぐ俺は死んじゃう運命で…。」 夢高は今まで自分に起きたことをゆっくりと話した。 自分の人生のこと、494が突然現れたこと、いろいろ思い悩んだこと…。 全てを正直に話すことで、夢高の心の中の雲が晴れていく感じがした。 奈々は、夢高の言葉を聞いて、涙が止まらなかった。 これほど人間は泣くことができるのかと思うほど、涙は止まることを知らなかった。 「あたし…ごめん…本当にごめんね。」 全てを聞き終わった後、奈々にはそれしか言うことができなかった。 「俺のこと、忘れないでほしい。」 「忘れられるわけないよ…。」 「俺は想いを伝えられただけで良かったよ。」 そう言って、夢高は人生で最高の笑顔を奈々に向けた。 二人が惹きあうように近付いていって、お互いを強く抱き締めた。 ずっとずっとそんな時間が続くかのような、温かい空気が二人を包んでいた。 〜〜第18話につづく〜〜
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小説「自由恋愛諸事情」☆
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夢高がゆっくりと目を開けると、そこには綺麗な大地が広がっていた。 花が咲き誇り、川が流れ、そこには橋が架けられていた。 世の中にこんな綺麗な場所があるのかと自分の目を疑いたくなるくらいの景色だった。 ただ現実と異なるのは、そこにあるものが実像として捉えられていないこと。 手を触れたくても触れることのできない、そんな感覚が夢高を襲っていた。 白くもやが掛かったような、その世界で夢高はたった一人で存在した。 「誰もいないの?」 声を出してみるが、その声はどこかへと吸い込まれてしまう。 夢高は孤独を感じ、同時に恐ろしくなった。 孤独に対してこれほど恐怖を感じたことはなかった。 「お前はよく頑張ったじゃないか。」 どこからともなく声がする。 声がする方へ振り向くと、亡くなったはずの祖父が立っていた。 厳しかったことしかほとんど覚えていない祖父。 その祖父が笑顔で語りかけてくれる。 「ここはゆっくりするところ。お前も今まで頑張って疲れたろう。ゆっくり休みなさい。」 祖父はそう言うと、どこかへ消えてしまった。 その後も夢高の周りには家族や友達が一言掛けては消えていく。 「一体…、どうなっちゃったんだ?」 自分に問うてみるが、そこに答えなどあるはずがない。 何が何だかわからないまま、夢高は歩を進めた。 目の前には川が流れている。 その川の流れは穏やかで、まるで全てを包み込むような優しさに溢れていた。 その川を渡るためには橋を渡らなければならない。 夢高が橋に向かおうとしたその瞬間、背後から聞き覚えのある声がした。 「待って!」 そこに立っていたのは494だった。 その瞬間、夢高は自分に何が起こったのかを悟った。 そして全てを想い出した。 自分に死期が迫っていること。 奈々に告白しようと画策したこと。 奈々に刺されてしまったこと。 「その橋を渡るも渡らないも、お前次第だ。どうする?」 494が夢高に問う。 「どうするって言われたって、わからないよ。」 「やり残したことはないのか。」 「でももう時間がないんでしょ。」 「いや、時間はある。」 「………何だって?」 「俺がお前を連れて行くには早すぎる。まだこの時計で一時間ほど残っている。」 「まだ戻れるってこと?」 「チャンスはある。でも最後のチャンスだ。」 「………。」 「………戻るんだな。」 夢高は黙って頷いた。 自分の命があと一時間だとしても、チャンスがあるんだったら賭けてみようと思った。 「俺は一時間しか待てない。お前に渡したいものがある。」 そう言って494は腕時計を外した。 「死神にとっては、命の次に大事な時計だ。お前に預ける。」 「………。」 「この時計がゼロを指した瞬間、俺はお前を連れて行く。そのことを忘れるな。」 「…わかった。」 「それともう一つ。お前は瀕死の重症を負っている。言葉は伝えられないかもしれない。だけど、お前のその力で乗り越えるんだ。」 夢高はじっと494の目を見つめて頷いた。 そして彼に向かって手を伸ばす。 がっちりと握手を交わした。 「今まで…、ありがとう。」 「俺は、お前を応援している。」 夢高は彼の言葉を聞いて、しっかりと逆方向に向かって歩き始めた。 手術中のランプはまだ消えなかった。 夢高の両親は田舎から大急ぎで向かっているらしい。 病院の待合室では奈々が泣きじゃくり、公信がその傍にしっかりと寄り添っていた。 「あたし…あたし…何てことを…。」 「大丈夫。あいつは帰ってくるよ。大丈夫。」 公信の気持ちは不安でいっぱいだった。 夢高が数日前に言った言葉が引っ掛かっていたからだ。 死神の存在、自分の死期のこと、全ての糸が今のこの瞬間に繋がっているような気がしてならなかった。 奈々に言葉を掛けながら、その不安を懸命に払拭しようとしていた。 「あたし…何が何だかわからなくなっちゃって…。」 奈々が不意に言葉を漏らす。 話していた方が楽かもしれない。 公信はそう思い、彼女の言葉を待つ。 「あたしは先輩が好きだった。それだけだった。」 「あの…河田って人のこと?」 奈々は泣きじゃくりながら頷いた。 「あの人のためだったら何でもできるって思った。あの人も優しくしてくれて、あたしは幸せだった。でも結局騙されていただけだった。」 公信は意外に思った。 あのいつも明るくて頭のいい奈々がこんな状態になると思っていなかったからだ。 殺したいほど人を憎むと思っていなかったからだ。 「あの人は、あたし以外にもたくさん女がいたの。それはあたしはどうでもよかった。あのことがわかるまでは…。」 公信が怪訝な顔をする。 奈々は決心したように、一度大きく深呼吸した後に言葉をこぼした。 「…あたしね、妊娠してるの。」 公信は絶句した。 そんなことが起こっていたなんて、全くわからなかった。 恐らく夢高も知らないだろう。 「妊娠してることを知った途端、あの人はあたしに冷たくなった。口も利いてくれないし、目も合わそうとしなかった。徹底的に逃げられたの。あたしはどうしていいかわからなくなった。もう好きでも何でもなくなったけど、お腹の赤ちゃんには罪はないもの…。」 公信は掛ける言葉が見つからなかった。 ただいたずらに時間だけが過ぎていった。 「自分でも途方に暮れていた時に、不意に心に誰かが話し掛けてきたの。『あいつを殺したくないのか』って。何だかその声に導かれるように、あたしは包丁を持って、彼の家まで押し掛けていたの。彼は迷惑そうな顔をして出てきたわ。そこで言われたの。『こっちが迷惑なんだよ。』って。その時に、またあの声があたしに語りかけてきた。『殺せ、殺せ』って。あとは何が何だかわからないんだけど、気がついたら夢高が…。」 堰を切ったようにそこまで話し終えた後、奈々の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。 不意に手術中のランプが消えた。 奈々と公信は弾かれるように立ち上がった。 中から医者や看護士が出てくる。 その表情は硬かった。 奈々がすがるように医師に駆け寄る。 「夢高は!夢高は!!」 「一命は取り留めました。ただ予断は許さない状態です。」 その言葉を聞いた瞬間に奈々はその場に崩れ落ちた。 夢高が集中治療室に運ばれていく。 その腕には二つの腕時計がはめられていた。 〜〜第17話に続く〜〜
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夢高は公園を出てから、どこに向かっていいか見当がつかなかった。 彼女がどこにいるのかが全くわからない。 ただ、彼女に会えるという自信はあった。 足が勝手に動くのである。 迷う暇もなく、その角を右、次の角を左、しばらく真っ直ぐ…。 何かに導かれるように、身体がその方向を向く。 これもLUCIFERのおかげなのかもしれない。 「何も考えずに走れ。俺が導いてやる。」 彼が頭の中でそう言っているような気がした。 しばらく何も考えずに走ると、閑静な住宅街のようなところに入っていく。 夢高は一度も来たことがないところだった。 夢高を不安が襲う。 その不安は、奈々がいないのではないかという不安ではなく、何か不吉なことが起こるのではないかという不安だった。 腹の中でその黒い想いが渦巻き、彼の思考を占拠していく。 一刻も早く奈々のところに行かなければ。 その想いが夢高の中で強くなっていた。 そこから五分ほど走ったところに奈々はいた。 夢高は奈々の姿を見た時に、一瞬立ち竦んでしまった。 彼女の周りを、とてつもない暗黒のオーラが包んでいたからだった。 奈々は一人の男と話している。 笑顔だが、その目からは正常な光を放っていない。 夢高は恐怖さえ感じていた。 相手の男は、大学で見たことがある男だった。 夢高は彼のことを知らないが、年恰好を見ると学生のようだった。 奈々と何やら話しているが、その表情は怯えていた。 何かを必死に謝っていたが、その言葉までは聞こえてこなかった。 男が一頻り話を終え、男が奈々に背を向けた瞬間に、夢高は目を見開いた。 男の背後で、奈々が右手を振り上げたのだ。 その先にキラリと光るものが見えた。 次の瞬間には夢高は奈々に向かって体当たりしていた。 一瞬、静寂が辺りを包んだ。 夢高は自分でも何が起こったかわからなかった。 「ゆ…たか…。」 「…奈々…。」 お互いの名前を呼び合って、ようやく自分がその場所にいることを認識する。 奈々が襲おうとした男は、悲鳴を上げながら逃げ出していった。 夢高がふと奈々の顔を見上げると、その後ろに見知らぬ男が立っていた。 「あともう少しだったのにな…。」 その声には聞き覚えがあった。 地の底から湧き上がるような、邪悪なオーラに満ちた声。 公園で奈々と話している時に聞いた声だった。 「こうなってしまっては仕方がない。腹いせだ。その男にとどめを刺してやれ。」 その声に導かれるように奈々の右手が空を彷徨う。 奈々自身は戦っていた。 自分は夢高を殺したくはない。 殺したいのはあいつだ。 ただ身体が言うことを聞いてくれない。 必死で右手の動きを制御しようとするが、どうしてもそれを阻むことができないのだ。 奈々は目を閉じた。 それが自分の最後の抵抗であるように。 夢高は思った。 俺は奈々に殺されるのか…。 そういった結末は想像もしていなかった。 しかし、奈々に殺されるのだったら本望であるようにも思った。 全ての覚悟を決めた瞬間、とてつもない衝撃が身体の中を走った。 奈々は目を開けた。 右手に握られた果物ナイフは、弾き飛ばされたように路上に転がっていた。 自分でも何が何だかわからなかったが、目の前に夢高が生きていることだけは認識できた。 夢高も目を開けた。 まず自分が死んでいないことを認識する。 目の前に奈々の表情があるが、邪悪な光はどこかに消えていた。 その目から放たれる光は、いつもの奈々が発する、優しい光に色を変えていた。 「あたし…あたし…。」 「大丈夫。…とにかく良かった…。」 「でも夢高が…。」 そう言って、奈々は泣き崩れる。 夢高が自分の腹部を見ると、どす黒い血で汚れていた。 体当たりをした時にナイフで切りつけられてしまったのだろうか。 認識した途端、夢高は激痛を感じ、気が遠くなっていくのを感じた。 「奈々…、俺は…お前の…こと…が……。」 最後の言葉を発する前に、夢高は意識の暗い闇の中に落とされてしまった。
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全速力で公園まで行くと、そこに奈々の姿があった。 何かを考え込むようにブランコに座っている奈々の周りにはただならぬ雰囲気が漂っていた。 全てを押し留めてしまうような黒いオーラが彼女を取り囲んでいた。 夢高はそんな様子に気付くこともなく、奈々に話しかけた。 彼にとっては、今目の前に奈々が存在してくれている方が重要だった。 「…奈々…。」 言葉をかけると、彼女の身体が少しだけ反応する。 しかし、彼女の視線は地面から動くことはなく、じっと一点を見つめている。 「落ち着いて、何があったのか、話してくれないかな?」 夢高は腫れ物に触るように、奈々に話しかけた。 精巧にできたガラスの置物があって、触れるとすぐにでも壊れてしまいそうな、そんな危惧を抱いていた。 「俺でよかったら…、少しでもいいから話してほしいんだ…。」 沈痛な面持ちで言葉を選ぶ。 こういった時にしっかり他人の気持ちを掴む術を、夢高は知らなかった。 ただストレートに、自分の気持ちを表現するしか方法がなかったのだ。 「あたし…、どうしたらいいかわからない…。」 奈々が口を開いたが、夢高にはその言葉の真意がわからなかった。 「一体…、何があったの?」 「何もかもがもうわからないの…。自分の気持ちもわからなくなっちゃった…。」 ポツリポツリと言葉を漏らした奈々は、視線を動かさなかった。 その瞳から涙が零れ落ちる。 自分の気持ちがわからなくなるっていうのはどれほどのものなんだろう。 奈々の悩みはどこにあるのだろう。 それほど追い込まれる状況とは何なのだろう。 夢高の脳の中を、様々な質問が駆け巡る。 お互いがお互いの存在を確かめ合いながら、沈黙が辺りを包んだ。 夢高は奈々の気持ちの核心を探りながら、奈々は自分の気持ちの行方を探りながら、そうやってどれくらいの時間が流れたのだろうか。 まるで、地の底から這い出してきたような、それでいて甘美的な囁きが聞こえてきた。 恐怖、安堵、様々な感情が夢高の中に湧き上がり、だんだんと異空間に連れて行かれるような感覚を覚えた。 「自分の感情に素直に。殺したいほど憎いのであろう。」 夢高は驚いて辺りを見回すが、そこには人影はない。 振り返って奈々の様子を伺うと、目を見開き、その声に聞き入ってしまっているようだ。 「思いの全てをぶちまけろ。何も迷う必要はない。」 「奈々!」 思い切って呼びかけてみるが、声は全く届かなかった。 公園という空間を飛び越えて、二人ともどこか雲の上で話しているような感覚だった。 それでいて、全ての物事から取り残されたような…。 奈々がスッと立ち上がる。 その視線の先には何が映っているのだろう。 そこに自分が映っていることを期待するのは悪いことなのだろうか。 二人で一緒に最期の時を過ごしたいと願うことはワガママなのだろうか。 「ごめん…、夢高…、あたし、もうダメ…。」 「奈々!!」 夢高の手を振り解き、奈々は夜の闇に消えてしまった。 夢高は、その様子を呆然として見届けることしかできなかった。 そして、自分の気持ちがわからなくなってしまった。 AIAの話を聞いた後だったからかもしれないが、気持ちを伝えることは自己満足ではないのかと考えてしまったのだ。 自分が気持ちを伝えたところで、死んでしまう運命なのだ。 彼女にそれは関係ないし、自分で片付ければいいのではないか。 夢高の気持ちの中に迷いと絶望が渦巻いていた。 「だからお前はダメなんだ。」 どこからともなく声がした。 夢高が視線を上げると、そこにLがいた。 「ル…シ…ファー…。」 「後悔しないんじゃなかったのか。その想いは忘れたのか。」 LUCIFERの目は何かに燃え上がっているような、夢高にはそう見えた。 「今のままだと彼女は間違った方向に行く。取り返しのつかないことになる。お前はそれを見過ごすのか。今、彼女を救えるのはお前しかいない。」 言葉の意味をもう一度考えてみた。 彼の言う通りだとしたら、今ここで自分が行かなかったら彼女が大変なことになるらしい。 自分自身の人生はどうでもいいが、彼女の人生が壊れることは御免だった。 そのために少しでも自分が力になれるとしたら、力になってやりたい。 「俺からも頼む。あいつには借りがあるんでな。」 「…何だって?」 「あの野郎…、また現れやがったな。」 夢高は全てを悟った。 「借り」「あの野郎」「また」…。 全ての言葉が一直線につながった。 「とにかく急いでくれ。事は一刻を争うぞ。」 「…わかった。」 夢高が夜の闇に消えていく。
堕天使の後押しを背に、愛する人の下へ駆け出していった。 |
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AIAの話が終わった。 全てを話し終わるまでに二時間ほどを要した。 しかし、長かったという気持ちは、夢高の中にはなかった。 Lの言葉を思い出す。 「あと数日間、自分ができることをしろ。」 その言葉の意味がやっと理解できたような気がする。 「…それで…どうするつもりなんだ。」 重苦しい雰囲気を打ち破るように494が問う。 それはAIAに対する質問でもあり、夢高に対する質問でもあった。 夢高を死の世界へ導かなければならない彼にとって、これからも夢高とAIAの行動は死活問題だった。 「どうするもこうするもないよ…。」 夢高が口を開く。 「だって、自分はあと二日しか生きられないんでしょ。それは動かせない事実なんでしょ。」 逆に夢高が494に問う。 「…残念ながら…。」 494はその言葉で返すのが精一杯だった。 そんな494の苦しい表情とは対照的に、夢高の表情は晴れやかといってもよかった。 夢高は軽く微笑みながら、494に言葉を返す。 「だったら、やるしかないじゃん。」 意外な言葉に494は目を丸くする。 「だってお前…死ぬんだぞ!」 「うん。わかってる。だけど、この時期に来て、初めて自分と向き合えた気がするんだ。今までは何だかんだ言って、いろんなことから逃げてた。周りの期待や難しい状況、それから自分自身の想い。そういうことと、真面目に向き合うのが怖かった。だからやり残したことがたくさんあるんだ。でも、一番大きな問題から、今は逃げたくない。」 494は人間の奥深さを思い知った。 欲望に負け、犯罪を生み出し、自らのためなら周りを蹴落とす。 人間とはそういう生き物だと思っていた。 しかし、この思いを伝えようという行為がこれほど純粋なものだとは思わなかった。 自分の死を目の前にしても、やることが残っている人間はこれほど強いものだとは思わなかった。 人間とは、置かれている状況や、自分自身の気の持ちようによって、いくらでも行動を変えられる。 それがマイナスに向かう時もあれば、プラスに向かうことだってある。 夢高の表情を見て、言葉を聴いていて、494はつくづくそう思った。 「そうよ!やるしかないのよ!」 AIAが夢高に微笑みかける。 その瞼からは今にも涙が落ちそうだった。 494は複雑な心境になった。 こんな人間を死の世界に追いやっていいのだろうか。 純粋に生きようという人間の心臓を、止めてもいいのだろうか。 何とかしてやりたい、そう思うが、彼にも彼の事情があった。 「申し訳ないんだが…俺は俺の仕事をさせてもらう。」 494が重い口を開く。 「状況が状況なんだ。俺ももう後がない。お前を連れて帰らなかったら、俺自身の存在を消されてしまうんだ。だから申し訳ないけど、夢高に協力することはできない。」 494は正直に自分の立場を話した。 「大丈夫だって!それはわかってることなんだから。それよりも、後二日、精一杯生きさせてもらうよ。」 494は肩の荷がスッと下りたような感じがした。 夢高は無理をしてそう言っているのではない、そんな気がした。 純粋に自分の気持ちを明かしているだけだ。 人間の持っているパワーは計り知れない。 494がそう感じた瞬間だった。 「そうと決まれば、早速奈々と明日会わなきゃね。」 夢高が笑顔で494とAIAに話す。 「ちょっと電話してみるよ。」 夢高はポケットに手を突っ込んで、グレイの携帯電話を取り出す。 それを器用に操ると、耳に押し当てた。 呼び出し音が何回か鳴る。 しかし、奈々は電話に出なかった。 「留守番電話か…。」 ちょっとだけがっかりした表情で夢高が言う。 「もう一回だけ…。」 また携帯を操って、耳に当てる。 数秒後、相手が電話に出たらしい。 「奈々!良かった、話したいことが………どうしたの?」 夢高の表情が一気に曇る。 「何で泣いてるの?……え、今どこ?……うん…公園……言ってることがよくわからないんだけど…。」 明らかに夢高は焦っていた。 いつもの奈々の明るい雰囲気はどこにもなかったからだ。 「ちょっと…奈々!待ってくれよ!俺はお前と……っ!」 夢高が電話を耳から離す。 「どうしたの?」 AIAが心配そうな表情で夢高に尋ねる。 「切れちゃった…。」 そう言うと、夢高は部屋を出る準備をし始めた。 「どこ行くの?」 AIAが問うと、夢高は急いでジャケットを羽織ながら答えた。 「何だか胸騒ぎがするんだ!公園に行ってみる!!」 そう言うと、494とAIAが言葉を掛ける前に部屋を飛び出していってしまった。 「…追い掛けよう。」 「…うん。」 部屋を出て行ってすぐに494の提案に、AIAが頷いた。 〜〜第14話につづく〜〜
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