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本日、2月5日はキハ25を・・・
と、いきたいところなのですが・・・
この地味な気動車にカメラを向ける事はありませんでした。
そこで少々・・いや、かなりのこじつけではありますが、
今回はこちらの画像を・・・
1979年3月30日の鹿児島本線 上田浦駅です。
以前、皆さんに謎解きをして頂いた記事(こちらです)中の
佐敷駅より、ひとコマ前のようです。
対向列車の先頭はキハ20-334です。
'77年の配置表によると、この334は人吉区の所属でした。
そして2両目に今回の主役?キハ25らしき車両がチラッと写っています^^;
画像からは、片運転台、バス窓の20系気動車と分かります。
当時の人吉区には、キハ25-35、36、55の3両が配置されていましたので、
この内のどれか・・ではないでしょうか??^^;
それにしても、上田浦の駅名標は、かなり年季の入ったモノですね。
海が近かったせいもあるのでしょうか??
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国鉄時代 DL・DCの部屋





ショッポーさん、こんばんは。
私もキハ20は何度も撮っていますが25は1〜2回位しか撮ったことがありません。もともと20に比べて製造両数が少ない上に比較的長編成の間に組み込まれる事が多かったせいもあるのでしょう。
81年配置表ではキハ25は他に14と15も人吉に所属になっています。この2両は78年に向日町から転入したようです。
[ あまぎそよかぜ ]
2014/2/5(水) 午後 9:06
あまぎそよかぜさん、こんばんは♪
ご教示頂きまして、ありがとうございます。
78年頃でも活発な移動があったのですね!
向日町から転入との事ですが、向日町時代はどこの線区で使用されていたのか、
そちらの方が気になってしまいました^^;
山陰本線あたりでしょうかね??
2014/2/5(水) 午後 10:09
こんばんは^^
ツートンの気動車に、砂利敷きのホームに年季の入った駅名標・・・お写真を拝見するだけで、昭和の鉄道の風景のひとつと言えそうですね。
私はこの区間、10年程前第3セクター移行直前に475系で辿ったことがありました。車窓から見た有明の海を思い出します。
[ garatahmet ]
2014/2/5(水) 午後 10:34
こんばんは
小生はキハ20も25も多分一般色は撮れていません。キハ52だけでしょうか(あとキユニ28)?
昭和54年。微妙な時期ですね。この頃はまだあまり遠征していません。意識は長キマ、静ママ方面だったようです。
[ tom ]
2014/2/5(水) 午後 10:57
garatahmetさん、こんばんは♪
対向待ちの時間に何気なく撮っていた画像ですが、仰って頂けるように
”昭和の国鉄”の風景ですね^^
ブログを始めてから、このような何気ない光景の写真ほど
当時を偲べる貴重な記録だという事に気付きました^^;
10年前に乗車された時でも、ずいぶんと景観も変わっていた事でしょうね。
唯一変わらないのは、有明の海くらいでしょうか^^
2014/2/6(木) 午後 7:58
tomさん、こんばんは♪
TBありがとうございます♪
この時は、東京から長キマ経由で九州入りという欲張ったコースでした^^
『タラコ色』は『首都圏色』の名の通り、首都圏から徐々に地方へ広がって
いったのでしょうかね??
九州には、まだまだ一般色が多くいたように思います。
2014/2/6(木) 午後 8:01