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『◯◯年前の今日』シリーズ。
いまから20年前の今日、1995年5月17日の早朝は・・・
紀勢線の大内山カーブにいました。
前日からの雨も上がり、山からは水蒸気が湧き立ち
多雨な印象の紀州らしい朝でした。
この時の”お目当て”は・・
DD51重連による3161レでした。
コキ車が連なる後部にはタキ1両+緩急車!という
貨物列車本来のあるべき姿でやって来た3161レ。
DD51ファンの自分には、とても魅力的な貨物列車では
ありましたが・・・
設定時間が早朝という事と、紀伊半島の遠さがネックでした。
この年の3月に初めてクルマで新宮へ行った時のこと。
紀伊半島を伊豆半島くらいの大きさと思っていたのが大間違い!
帰ってから日本地図を見てみて、その大きさの違いに愕然としたものです(笑)
そんなこんなで、なかなか撮影に行けなかった3161レも、
数年後にまずは緩急車が連結されなくなり、
その後、タキも連結されなくなり・・
更に牽引はDD51の単機となり・・・
最後は3161レ自体も廃止・・・
と、鉄道における貨物輸送の衰退ぶりを”地で行く”ような末路だったそうです(哀)
1995年5月17日、紀勢線 大内山〜梅ヶ谷間にて。
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DD51の部屋



JR民営化後でも緩急車がついていたんですね。
場所がかわるとDD51も違う形式に見えます。
紀勢線の空気感が素敵です!!!
[ ・ ]
2015/5/17(日) 午後 3:36
> 旗艦「きりしま」さん、こんばんは♪
ありがとうございます♪
緩急車は勾配区間で立ち往生した際、逆進時の保安上の問題から
連結されていたように聞いていますが、牽引数が減りその心配も
なくなった為、連結されなくなったそうです。
荷坂峠越えを控えた紀勢線ならではのエピソードですよね。
2015/5/17(日) 午後 9:22
こんばんは
DD51の重連も素敵ですが、この障害物のない大カーブも素敵ですね。この場所だと長編成でないと映えないので今ではこういう画像は撮れないのではないでしょうか?
紀勢線は紀伊長島を一度訪れていますが、それキリでした。江住、和深、見老津。かつて名前だけ覚えていずれも行けなかった場所は脳裏に刻まれています。
[ tom ]
2015/5/22(金) 午後 10:13
> tomさん、おはようございます♪
当時でも、2連の普通DCなどはアウト側から撮るような工夫が
必要な大カーブでした^^;
嘗てはDF50やキハ81『くろしお』などが行き交っていた
と思うと・・
いつもながらの”時すでに遅し”を実感したものです。
江住、和深は現在のJR西日本側ですね。
165系が健在だった頃に訪れてみたかったです(残念)
2015/5/23(土) 午前 8:53