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今日は『富士山の日』
今までにも何度か投稿していますが、最近の画像はないので・・
1978年11月23日の富士宮電留線にての画像です。(たぶん再掲です)
飯田線での役目を終え、富士の麓で疎開留置中のクハ47070他です。
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今回は久しぶりの『反省部屋』書庫への投稿です。
1993年2月20日早朝。
前日深夜からの、横川駅での客車『能登』や『シュプール号』の
バルブ撮影を終えた帰り道。
久しぶりの”完徹”でハイテンションになっていたショッポーさんは、
ものはついでと、上りの『能登』も都内で撮影することに・・・
時刻的に尾久界隈ならばなんとか露出も上がるだろうと目論んだようですが、
結果はご覧の通り・・
F4のオートフォーカスが追てゆけず・・
散々な結果に・・・
普段ならば『置きピン』するであろう状況で、なぜオートにしたのか・・
そもそも、雪を抱えた62を踏切付近で正面がちに狙ったほうが良かったのでは?
悔やんでも悔やみきれません。
”完徹”明けのテンションが高いだけの状態で狙うべきではなかった・・・
嗚呼・・・
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『〇〇年前の今日』シリーズ。
今までにも何度か記事にしていますが、1998年2月17日。
長野オリンピック開催中だったこの日は『オリンピック臨』を
狙って中央西線へ。
その『オリンピック臨』の合間にやって来た・・・
165系のローカルです。
短い編成は残念に思いつつも、山間に映える『国鉄色』の魅力を
再認識した瞬間でした。
1998年2月17日、中央西線 田立〜坂下間にて。
ところで、今回の投稿に際し『タイトルをどうしようか?』と考え、
『木曽は山の中』で検索したところ・・・
葛城ユキの名前が出てきて驚きました。
葛城ユキといえば真っ先に思い浮かぶのは『ボヘミアン』という曲。
迫力のあるハスキーボイスが好きでしたが・・・
どうしても、木曽のイメージと結びつきません。
今度じっくり聴いてみようと思います。
ボヘミアン=流浪の民・・・
165系もまた、ある意味ボヘミアンといった晩年だったでしょうか。
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