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ショッポーの趣味部屋
懐かし系ブログです。

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踏切の思い出。

今回は久しぶりに構内掛として働いていた頃の思い出話を。

当時働いていた操車場からは、3本の専用線が出ており、
それぞれいくつもの踏切がありました。
工場地帯ですので、各工場への出入り口や、大型トラックなどが
バンバンと行き交う片側二車線の大きい道路を横切る踏切など
大小様々です。

中でも、(仮にU線としておきます)は、沿線の石油ターミナルから
積み出されるタンカー列車が主で、列車本数の設定も多く
需要が高まる冬場などは重連牽引となるほどの線です。

そのU線から操車場へ戻る列車は、途中の運河橋を乗り越えて来るため
橋を下り切ると結構なスピードになっています。
何せ油類が満タンのタンカー列車ですから(汗)

自分たち構内掛も機関車に添乗して操車場へと戻るのですが・・・

やがて緩やかなカーブを曲がると場内信号機が見えてきます。
その手前には大きな踏切があります。
厄介な事に、その踏切の直ぐ近くに大きな交差点があり、トラックが
踏切を支障していることが極稀にありました。

幸いな事に、事故になったことはありませんでしたが、そんな理由から、
場内信号と踏切の安全が見えてくるまでは、いつもヒヤヒヤしたものでした^^;

そんなU線とは対照的に、朝夕一本ずつの列車設定しかないC線がありました。
こちらは、沿線に点在する工場への化学薬品を積んだタンク車と、埠頭へと
陸揚げされた穀物類を積んだワム車が主な荷でした。

このC線にも大きな踏切が数ヶ所ありました。

ある冬の日の夕方。
埠頭での入れ替えを終え、工場から数量の空車タキを連ね、操車場へと戻る時に
踏切の遮断桿を壊してしまった大型トラックがいました。
列車は緊急停止し、トラックの運転手さんは平謝りです。
壊してしまった遮断桿を弁償してもらうため、トラックを保線事務所まで
案内する事になり、その案内役を自分がする事に・・・

列車は一足先に操車場へと発車していきました。
トラックの助手席に乗り込み、『さて、それじゃあ行きますか』と言うと、
運転手さんが申し訳なさそうに『埠頭で先に荷下ろしだけさせてもらえませんか?』と
お願いされてしまいました。
たぶん、着荷の到着時刻の約束事でもあったのでしょう。
何も考えずに、『いいですよぉ』と了承。
埠頭の事務所でストーブにあたりながら、運転手さんに買ってもらった
缶コーヒーを飲みつつ、しばらく待ちました。

そんなこんなで埠頭を出る頃には陽もとっぷりと暮れ・・・
無事、保線事務所へと案内し、構内本部へ戻ってみると・・・

帰ってきた自分を見て、みんなが驚いています・・・??
なんか、全体的に騒ついているし・・・

直ぐに助役が飛んできて、『こんなに遅くまで何してたんだ!!』と、怒っています。
どうやら、あまりにも自分の戻りが遅いので、どこかへ連れ去られちゃったのでは??
と、大騒ぎになっていたそうです^^;

当時は、『遮断桿の弁償がしたくないくらいで、どっかへ連れ去るわけないじゃん!』
なぁんて思っていましたが、電話の一本も入れるのが社会人としての常識ですよねぇ(反省)
まぁ、その辺のことは”若気の至り”ということにしておいてください^^;

イメージ 1
こちらの画像は再掲かと思われますが、工場地帯の踏切ということで・・・

1978年7月2日、鶴見線 浅野駅?にて。

長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。



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