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11月30日。
この日になると思い出される事があります。
それは1995年の事。
この日を最後に磐越西線から客車列車が姿を消しました。
この事は以前にも何回か記事を投稿していますので、
今回は未掲載の画像をUPしたいと思います。
DD51 745を先頭に堂々8連で往く最終日の233レ。
自分が鉄道趣味を再開した頃にはすでに朝夕一往復が
残るのみとなっていた磐西の客レ。
それでも、磐西のロケーションに惹かれ何度も撮影に行き、
その際には必ず喜多方に寄っていました。
当時は喜多方ラーメンマップに載っている全店を制覇するつもりで
いましたが、磐西客レの終焉、さらには745号機の引退などがあり
いつしか足が遠のいてしまい、マップ掲載の2/3店舗ほどで食してからは
殆ど進まなくなってしまいました。
745と客レが走り続けていてくれたなら・・・
今頃は全店制覇を達成していた事でしょう(笑)
そんな事を思う、11月30日でした。
1995年11月30日、磐越西線 五泉〜北五泉間にて。
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DD51の部屋
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今回も『◯◯年前の今日』シリーズです。
いまから19年前の1995年11月26日。
この日は磐越西線でDD51 745牽引の旧客が走るということで
朝から磐西へ行っていました。
会津若松行きの画像は以前にUPしていますので、
今回は返しの画像を。
こちらは同じ日に運転された『オク座 なごやか』
普段なら745の出番ですが、この日はDE10 1678号機が牽引。
バックの飯豊連峰は雲に隠れがちでしたが、一部には陽が当たり
白く輝いていました♪
が・・・
本命が来る頃にはすっかり雲がかぶさり・・・
と、いつものパターンでありました(涙)
それでも、斜光線の中を往くDD51牽引の旧客の姿は印象的でもありました♪
この日の4日後の11月30日は磐西客車列車の最終日。
再び磐西を目指したのは言うまでもありません・・・
やはり、若かさ故・・でしょうか(笑)
1995年11月26日、磐越西線 野沢〜尾登間にて。
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今から20年ほど前だったでしょうか、
鉄道趣味に復活した頃に『レイルマガジン』誌で
DD51の特集がありました。
その中で、”ラジエターファン”の回転目印が担当工場毎に工夫されている!
という事を知り、興味深く読んだものです。
前照灯の上、クローバーのような形をしたモノが、”それ”です。
この形は苗穂工場のモノで、ラジエターファンの軸上に付いており、
これがクルクル回っている事でファンが回転している事が分かる仕組みです。
何号機だったかは忘れてしまいましたが、北見機関区所属機の中には
”北”の字を象ったモノを付けていたのもいたそうです。
なかなか洒落てます♪
”北”の字がクルクル回っている様は楽しかった事でしょう。
ところで、この”苗穂”バージョンは道外でも見られました。
少々分かり辛いですが・・
磐西の”3つ目”745号機です。
北海道時代は五稜郭機関区所属でしたので、
”苗穂の門”を潜った”証”です。
こちらも磐西で撮影した1013号機。
こちらも五稜郭時代の同僚です。
このような北海道育ちの”証”を探す楽しみも、
DD51自体の減少でなくなってしまい、寂しい限りです・・・
1148号機=2014年9月25日、函館本線 札幌駅。
745号機=2000年7月10日、磐越西線 山都駅。
1013号機=2000年6月17日、磐越西線 山都駅にて撮影。
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『◯◯年前の今日』シリーズ。
今から20年前の今日、1994年9月17日の朝は・・・
男鹿線男鹿駅で迎えました。
この時の様子は当ブログ初期の頃にUPしていますので、
多少、写真がダブるかもしれません^^;
この時は前日から男鹿市内に宿泊し、
翌朝早くに男鹿駅へ行ってみると・・・
雲ひとつない快晴、日の出直後の爽やかな空気の中、
『ガランガランガラン』と、2両のDD51のアイドリング音が
構内に響いていました。
当時としては珍しくなっていた8連の50系客車を従えた783号機と
貨物を従えた741号機。
貨物は、DD51に較べひと回り小さなタンク車が連なっていましたが、
今になって形式が気になっています^^;
この後は8連の客レを撮るべく脇本〜羽立間へ移動したのですが・・・
撮影ポイントの選択ミスで、残念な結果に・・・(涙)
それでも、男鹿駅の爽やかな雰囲気とDD51のアイドリング音は
今でもしっかりと心に残っています♪
1994年9月17日、男鹿線にて。
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