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『〇〇年前の今日』シリーズ。
今回は、いまから25年前の今日、1992年12月12日。
鉄道撮影を再開したばかりの頃です。
当時は八高線によく通っていました。
今回はその中から不思議な構図の写真を・・・
当時買ったばかりの廉価な75〜300mmズームレンズで
撮影したこの写真。
なぜこのような構図に??
答えは次のコマにありました。
右側の家屋を避けたかったのでしょうね。
1枚目の写真を見るたび、TVドラマ『木枯らし紋次郎』の
タイトルバックを思い出します(笑)
1992年12月12日、八高線 ??にて。
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DD51の部屋
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詳細
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『〇〇年前の今日』シリーズ。
いまから22年前の今日、1995年11月30日。
この日は磐越西線の客車列車最終日でした。
今回は別画像を。
磐越西線内で見送った後、それだけでは飽き足らずに終着新津からの
回送まで追いかけ、”泣きの一回”に賭けたのですが・・・
あまり時間に余裕がなく・・
このような中途半端な場所での撮影でした。
そしてこれが・・
磐越西線客車列車のラストカットとなりました。
どうせならもっと良い場所で見送りたかったものですが、
締まらない終わり方も自分らしいかな?といったところです(涙)
おまけに撮影場所もすっかり失念。
『雷鳥』?らしい列車も撮っていましたので、
信越本線内・・・でしょうか・・・
12/2追記
garatahmetさんのご協力で、この撮影場所は信越本線 亀田〜越後石山間と判明しました。
3枚目に写っている工事中の道路は日本海東北自動車道と思われます。
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今日は仕事は休みだったのですが、職場の近くに所用があり、
自転車で出かけてきました。
用事を済ませ、『さて、せっかくだから尾久の方でも周って帰るかぁ』
と向かい、踏切に差し掛かると操車場内には沢山の人影が! 『おおっ、何かやってるのかな?』とワクワクしながら行ってみると、
『ふれあい鉄道フェスティバル』なる催しでした。
『これはラッキー♪』と、入り口へ行ってみると・・・
尾久駅の改札口方面への地下道に並んでください旨の案内が。
案内通りに向かってみると、最後尾は遥か向こうの方・・・
『ダメだこりゃ・・』と即座に諦め、会場を後にしました。
自分でも驚きましたが、随分と淡白になったものです^^;
この画像だけでは申し訳ないので、2003年の画像を。
この時はD51 498まで来ていたというのに、入場待ちの
列なんてなかったのに・・・
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『〇〇年前の今日』シリーズ。
今回は、いまから23年前の今日、1994年11月7日です。
この日は、前日までの東北遠征からの帰りに磐越東線に寄り道。
DD51の重連貨物を撮影しました。
まずは・・
三春〜要田間の有名撮影地で撮影。
撮影当時、磐越東線の貨物牽引は郡山所属の790番代3両が
受け持っていたように思うのですが、この時の先頭は1184号機。
東新潟から借り入れていたのでしょうか。
こちらはセメントターミナルにて。
大越駅から少し奥まった?位置にあったように思います。
先ほどの重連が入れ換えを終え、発車準備中。
今度は794号機が前に。
工場の稼働音はするものの他の音は聞こえてこず、
どこか静まり返っていたような覚えがあります。
↑の列車を撮るべく場所を移動。
要田〜三春間のオーバークロスから撮影。
こちらが自分にとっての磐東貨物のラストカットとなりました。
'80年代にはDD51の三重連も見られたという磐東貨物。
その勇姿を一目見てみたかったものです。
1994年11月7日、磐越東線にて。
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