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ショッポーの趣味部屋
懐かし系ブログです。

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大船と・・

おはようございます。

今日で6月も終わり・・・早いものですねぇ・・・(汗)

今回も「謎掛け」のような写真をUPします^^

まずはご覧ください。

イメージ 1
1978年7月2日、品川駅で撮影したクモニ83です。

何の変哲も無い写真で、どこが「謎掛け」かといいますと・・・


方向幕です^^;
ちょうど二つの文字のギリギリ下とギリギリ上が覗いています。

どうやら上は『大船』ではないかな?と推定出来ました。
問題は下です・・・
こちらは結構時間が掛かりましたが、どうやら『◯◯』ではないかな?と
思いつきました。

皆さん、お判りになるでしょうか??^^;


今回は少し画像を大きくしてありますので、お時間のある時にでも
推定してみてください♪


本日5月2日の日付ネタは・・・

52で、真っ先に思い浮かぶのは『流電』ことクモハ52です。

今回は、初めて流電を間近で撮影した写真を紹介します。

イメージ 1
1977年8月26日、豊橋駅の飯田線ホームで発車を待つ、
張り上げ屋根も流麗な、クモハ52003です。

反対側の先頭は・・・

イメージ 2
クモハ52005でした。
003と同じく、広窓の第2次流電ですが、こちらは普通屋根。
正面から見ると、狭窓の第一次流電っぽくも見えます。

中間車は撮影していませんが、サハ75が2両だったと思います。

この編成とは、3ヶ月後の11月に豊橋機関区訪問の際に再会しました。
その時の画像も以前にUPしていますが、スキャンし直してリニューアルUPしたいと思っています。


この時は、この後、中部天竜支区を見学してから辰野まで抜け、
夜行の『アルプス』で帰京する計画でした。
そのため、この流電編成は乗車予定の列車より何本か早く・・・残念ながら撮るだけに(涙)

当時は、流電がどのような運用に就いているのかなど知らずに、『豊橋駅で午後の3時間ほど
粘れば撮れるかな♪』という、行き当たりばったりの計画?でした(笑)

13:00頃から撮影を始め、流電と出会えたのは意外にも早く、1時間後の事・・・
そうと分かっていれば、流電に乗って中部天竜まで行く計画を立てたのに・・・

まぁ、ズボラなショッポー君が悪いんですけどね(笑)


そんなホロ苦い思い出もある、流電との出会いでした。



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おはようございます。

今回は、以前にUPした水色のクモハ41800のつづきとなります。

頂いたコメントの中に同車の特徴である『目の字ドア』について
 a383493242』さんが触れてくださっていましたので、
その『目の字ドア』がチラッと写っている写真を紹介します。

イメージ 1
ホントにチラッとでお恥ずかしいのですが・・・(汗)

でもでも、旧国マニアの自分にとって、偶然写っていたにせよ
後年になってこの事に気付いた時には、ちょっとした大発見でした(笑)

さらに見ていくと、41800の隣の車両は窓配置からみてクハ68ですが、
当時3両が在籍したクハ68のうち、001、011は1973年3月に沼津から転入。
1976年3月の時点でスカ色ということは、1975年3月に沼津から転入してきた
68017かと思われます。

さらにさらに!、その隣の車両はというと・・・
68017とともに1975年3月に同じく沼津から転入していたクモハ43810です。
こちらも転入後の一年ほどはスカ色のままだったのですねぇ。

41800も同じ時期に沼津からの転入だったので、この編成は元身延線組で組成されていたようです。
残る車両が気になりますが、他にはサハ45とクモハ43804が1975年3月転入組でしたので、
それらの車両が連結されていたのかもしれません。

出来れば編成全体の写真を撮っていればよかったのですが、
発車案内掲示板の隅っこに写っていた車両から、ここまで検証する・・・
隅っこに写っていたからこそ、謎解き?を楽しめたのかもしれません(笑)


撮影は1976年3月31日、朝の松本駅でした。 

一日遅れのサハ45。

大人の事情(汗)で、昨日UP出来なかったサハ45。

本日、強行UPします(笑)

サロからの格下げ車として有名で、サロ当時のままの室内装備が人気だったこの車両。
座席は、青色だったかな?フカフカのシートが印象的でした♪

イメージ 1
このサハ45005は1931年4月、サロ45005として製造され田町電車区に新製配置。
その後、大船、富士、沼津を経て、1975年3月に北松本支所に転属してきました。

サハへの格下げは、1965年の身延線富士電車区転属時に行われたようです。


車体色は、身延線時代のスカ色から、北松本転属後は大糸線の水色に塗り替えられ・・・

大好きな大糸線の水色の旧国達ではあったけれども、この車両に関してだけは・・・

リベットだらけの武骨な車体に大糸線の水色は『◯増の厚化粧』のように見えてしまい、
気品あふれる内装とは好対照の印象を持ったものです。

とはいえ、同じ2扉でリベットだらけのクモハ43804などは、逆に『ゲテモノ感』が
気に入っていたりと、こればっかりは完全に好みの問題のようです(笑)


撮影は1979年3月27日、北松本支所です。

4月4日でクモハユニ。

今日も日付ネタです^^;

4月4日は・・・

イメージ 1
クモハユニ44801です。
今風にいうなら、『多目的電車』といったところでしょうか(笑)
これまで何回かに渡り、初めて身延線へ行った時の記事を紹介してきましたが、
この写真も、その時の一枚です。

この801とは、一年後の同じ日に富士電車区でも出会っていました。


今回の写真は、たぶん身延駅での交換シーンかと思うのですが・・・


イメージ 2
交換した列車が走り去って行きます。
当時は腕木式の信号機も現役だったのですねぇ。
チョコンと停まっているのはスイッチャーかな?

最近の身延駅の画像を見てみると、だいぶ雰囲気が変わっているようで、
果たして、写真の駅はホントに身延駅?と、少々自信がありません・・・(汗)

写真を撮るだけではなく、場所などのメモを取っておく重要性に
もっと早く気付くべきでした(反省)


撮影は1977年3月26日、麗らかな春の一日でした♪
ショッポー
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