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この車両とは2年続けて同じ日に遭遇しています。
1977年11月23日、飯田線 中部天竜駅にて。 この時は豊橋へ向けて元気に走り去って行きましたが・・
1年後には・・・
廃車待ちのための疎開留置車群の中にいました。
あゝ無情・・・
1978年11月23日、西富士宮にて。
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旧型国電の部屋
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詳細
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先日、アメリカはビバリーヒルズのオークションで
ジョン・レノンが使用し、その後50年近く行方不明と
なっていた”幻のギター”が約3億円で落札されたそうです。
行方不明となっていた逸品が、ひょんな事から発見される・・
なんともロマン溢れるお話です。
クルマ趣味の世界でも、海外などでは田舎の納屋から
行方不明となっていた古いレーシングカーが発見された!
という話も度々あるようです。
鉄道趣味の世界では、頸城鉄道の車両が兵庫の山中から
発見されたニュースに驚かされたものです。
近いところでは、現在都電荒川車庫に保管されている
6086号車が、保管されていた個人宅から里帰りした話にも
驚かされました。
”都市伝説”の域を出ませんが、旧国ファンの間では、富山港線の
水色の73が松任工場に保管されているという”説”が有名ですね。
なにはともあれ、そのような”夢”のある話を想像してみるのも
楽しいものです♪
と、いうことで・・・
何処かで、この顔もひっそりと保管されていたりして・・・
などというのは、もはや”妄想”でしょうか^^;
1978年3月26日、富士電車区にて。
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子供達の夏休みも残すところあと一週間と少し。
自分の子供時代は宿題の追い込み時期でありました。
(もう少しあとくらいだったかな・・^^;)
先月の夏休みに入った頃、日頃から懇意にして頂いております
garatahmetさんから楽しいご提案を頂きました。
子供時代からの悪い癖で、だいぶ遅くなってしまいましたが
ようやく宿題を提出したいと思います^^;
左上から時計回りで
大糸線色のクモハ54 005。
仙石線色の同車。
福塩線色のクハ55 200。
阪和線色の同車。
と、”色遊び”をしてみました。
これらは、実際にこの姿の時期があった車両達です。
続きまして・・
あいにくと半流顔が勢揃いした画像はなかったので・・
このような画像となりました・・
実際には、仙石線色のクハ55は存在せず、阪和線色のクモハ51も
存在しませんでしたが、各地からの転入車で賑わっていた頃の北松本支区・・
といった感じで楽しんで頂ければ・・・と思います^^;
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先日、『宇部電車区へ向かう途中』と題した記事を投稿した後、
記事中の写真を撮影した場所がどうしても知りたくなりました。
なにか良い手はないものか・・と、しばし考えた結果・・
グーグルのストリートビューがあるではないか!!と、
ダメ元で見てみたところ・・・見事に判明しました(嬉)
今回は(も?)完全に自己満足の記事ではありますが、
どうか宜しくお付き合いください^^
まずはこちらをご覧ください。
グーグルアースで見た現在の宇部新川駅付近です。
少々分かりづらいかもしれませんが、ショッポー君の
1979年8月15日の足取りを赤いラインで示してみました。
写真にAと記した地点からの画像が、こちら。
以前に別件で投稿した写真ですが、36年経っていても
割と雰囲気が残っているものですねぇ。
続いて・・・
B地点です。
複線となっているのが不思議だったのですが・・・
手前の線路こそが、宇部電車区への入出庫線だったのですね(驚)
ということで、1979年当時の写真は宇部新川へ向かう列車でした。
この後、ショッポー君は線路沿いの道をテクテク歩き・・
C地点で、宇部新川からの入庫列車を撮影していたようです。
カンナの花は無くなってしまっていますが、画面右側のお宅は
健在です。
ここで振り返り・・・
先ほどの踏切で撮影したクモハ51 040を撮影。
此処でも電柱左側のお宅が健在でした^^
36年前の夏に、ここを歩いたのですねぇ・・・
感慨も一入であります。
ただ、1枚目の写真を見ると宇部新川の駅よりも
隣の居能駅からの方が断然近そうに見えます。
なぜ、そうしなかったのだろう・・・
また新たな疑問が湧いてきてしまいました(笑)
なにはともあれ、デジタル技術の進化によってこうして36年前の
自分の足取りを確認出来ました。
暑い中をテクテクと歩いていたショッポー君は、
そんな世の中になるだろうとは夢にも思っていなかった事でしょう。
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