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特急『とき』として、最後の活躍をしていた頃の181系。
1976年の4月頃に、クハ181をよく観察してみると、
細かな違いが有る事に気付きました。
この頃はすでに、40、60、100番代しか残っていませんでしたが、
特にお気に入りが、
唯一スカートが長いまま残っていた、クハ181-65です。
ベタな例えだと、女性のスカートは短いに限るけど、・・・ですね(笑)
出来れば、帯無しの頃の姿も写真に撮ってみたかったです。
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国鉄時代の駅の部屋
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詳細
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1978年9月の撮影行の最終回です。
前回の倉敷から京都駅まで来て、また大阪駅まで戻ってから
急行『銀河』で帰京したようです。
今回のラストカットは・・・
京都タワーでした・・・?
このために京都駅まで来たのかな?(汗)
ちなみに、
手許には、こんなモノが数枚あります。
裏面は、
こうなっています。
ゴーサントー改正が近かったんですね。
京都駅から大阪駅まで快速で戻る時の話し。
途中から、EF58牽引の20系『安芸』の新大阪駅までの
回送列車と並走しました。
窓を全開にした、自分の位置にEF58が並ぶかたちで複々線を走り、
2列車同時に途中駅を通過する時などは、迫力満点だったのを
今でも鮮明に覚えています。
いま思えば、この2日後に『安芸』も廃止されたので、
京都タワーを撮っていなければ、良い写真が撮れていたかもしれないのが
残念です。
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何回か前に紹介した大阪地区の写真ですが、あの後
当時のスタンプ帳が出てきまして、その後の足取りが判明しました(笑)
大阪駅で撮影後、新大阪駅から夜行急行『阿蘇』で博多へ向かったようです。
『阿蘇」の写真は、残念ながらありませんでしたが・・・
という事で、1978年9月28日の博多駅です。
こちらはキハ23-28のローカル列車かと思います。
博多まで行った目的は、この『かもめ・みどり』に乗車する事だったようです。
特急型の併結運転は、この『かもめ・みどり』が初めてじゃないでしょうか?
『かもめ・みどり』で小倉まで来ました。
ここからは関門トンネルを通って、下関へ戻ったようですが、
ホントにこれだけの目的で博多まで行ったんでしょうか・・・?
それだけ、特急型同士の併結運転というのが、目新しかったのかもしれませんが・・・
続く。
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1978年9月の大阪。
ラストは通勤型電車をUPします。
大阪環状線 最後尾はクハ103-174です。
こちらはクハ103-265です。
こちらは、東海道・山陽緩行線のクハ103-222です。
このスタイルで、この塗色は関西のみの存在でした。
こちらは、天王寺駅でのクハ103-89です。
これは、クハ111-52とクモハ103-95の離合シーンです。
こちらは、車番不明です。
これも天王寺駅だと思うのですが、クモハ101-88他の関西線です。
天王寺駅のついでで
『くろしお』に投入されたクハ381-100番代。
最後尾は、クハ381-113です。
ネガの順番からすると、この後、北九州、宇部・小野田線の旧国を撮り、
以前にUPした瀬野のEF59撮影のコースだったようです。
そちらの方の写真も、いずれUPしたいと思います。
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今日は大荒れの天気となって、各線に遅れが出ているようです。
せっかく咲き始めた桜も、散ってしまわないといいんですが・・・
今日は1978年9月に大阪と天王寺駅で撮った写真です。
まずは、大阪駅から。
大阪環状線ホームに停車している、関西線直通の快速でしょうか?
最後尾はクハ111-98。
こちらは、クハ111-15。
こちらは、ブルーライナーこと153系の新快速です。
最後尾はクハ153-73.
こちらは、クハ153-550です。
ここからは天王寺駅で撮影した分です。
クハ111-51です。
1977年までは静シスに所属していたようです。
こちらは、クハ111-52。
1番違いなのに塗色が違いますね。
こちらは、クハ111-17。
阪和線の新快速でしょうか。
これら関西地区独特の塗装を纏った車両達は新鮮に見えました。
次回は通勤型をUPします。
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