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車両の顔の第55回です。
今回のお顔は・・・
EF55 1号機です。
1978年6月18日、高崎機関区にて撮影。
この機関車の存在を知ったのは、1975年頃の『鉄道ファン』誌でした。
流線型車両の特集があり、その巻頭で『廃車後も高崎機関区に留置されている』
というような記事と写真が掲載されていました。
インターネットで手軽に情報を知る事が出来る現在とは違い、
当時の小中学生には鉄道雑誌が唯一の情報源でした。
その掲載された写真と、その機関車が存在している事に衝撃を覚えた!
そんな思い出の機関車です。
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車両の顔100選
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詳細
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車両の顔の第54回です。
今回のお顔は・・・
クモハ54005です。
1940年に製造され、新製配置は淀川区で、京阪神緩行線で使用。
以来1967年5月に仙石線陸前原町へ異動するまで、関西地区で
使用され続けた、関西育ちです。
それを物語るような運転台窓のHゴム化と、窓下には関西型の通風器。
この、少し崩れた感じの顔と、ノーシル・ノーヘッダーのスマートな
車体とのアンバランスさが、大のお気に入りでした^^
仙石線ではうぐいす色に塗られ、4年間使用。
1971年4月、終の住処となった大糸線北松本支所へやって来ました。
以来10年間、大糸線が新性能化されるまで働き、
廃車となったのは1981年9月の事でした。
1978年7月25日撮影。
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ちょっと間が空いてしまいましたが、車両の顔の第53回です。
今回のお顔は・・・
クモハ12053の増設運転台側です。
以前に表の顔はUPしていますが、こちらは裏の顔とでも言いましょうか^^;
1932年にモハ31088として製造され、新製配置は中野電車区。
1953年にモハ11256へと改番。
この時は池袋電車区の所属でしたので、山手線を颯爽と走っていたのでしょうね♪
その後、1959年10月に両運転台化改造され、クモハ12053となり弁天橋へ転属。
今回のお顔は、その時増設されたものです。
貫通路が引き戸式のままのため、方向板入れを右に移し、
雨樋も原形の直線のままなど、良い味を出しています♪
以後、青梅や中野に戻った時期もありましたが、晩年は鶴見線大川支線で注目を浴びたのは
ご存知の方も多いと思います。
1996年の引退後もしばらくは保管されていたようですが、
残念な事に2010年に解体されてしまいました・・・
何故、わざわざ保管していた車両を解体してしまうのでしょうかねぇ・・・(悲)
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車両の顔の第51回です。
今回のお顔は・・・
クモハ51025です。
1937年3月、中央線用モハ51025として製造され、初配置は三鷹電車区。
1944年〜1952年の間は戦中戦後の輸送力増強のため、座席の半減化改造が
施されモハ41080となっていましたが、再びセミクロスシート車へと復元され
元のクモハ51025へと戻ります。
その後、1950年に宮原へ転属。
大鉄管内での移動を繰り返した後、1972年に明石電車区から、ここ北松本支所へと転属。
以来、1981年9月16日に廃車となるまでの9年間を過ごしました。
お顔を見ると、運転席窓のHゴム化と大鉄型通風機が関西時代を物語っています。
リベットの一部が失われているのは、いつもの事ながら旧国車両の勲章と
いったところでしょうか。
1978年7月25日、朝の北松本支所にて。
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