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今日は10月13日なので、やはりこのネタです^^;
今回はこの機関車のナンバープレートのお話です。
今から10数年前だったでしょうか、『鉄道ピクトリアル』誌の
巻末に広告を出している鉄道部品販売店の広告で、
この『EF10 13』のナンバープレートが売りに出された事がありました。
中学生の時に添乗させてもらって以来、大好きだった13号機のプレートです。
ぜひとも欲しかったのですが・・・
たしか入札制で、参考価格が30万円・・・!!
さすがにその時は残念ながらも諦めてしまいました。
いまでは16番模型のハイグレードモデルの価格でさえ30万前後です。
もちろん、それらもおいそれとは買えなくなってしまいましたが、
そう思うと、プレートの30万という価格は、安いのか高いのか・・・
自分の大切な思い出を30万で買うという行為にも疑問を感じてしまうような・・・
『なに青臭いこと言ってるんだよ!』と思われるかもしれませんが、
これが、機関車を解体していた大宮工場での部品即売会での事だったら
迷わず買っていたかもしれません・・
皆さんは、どう思われるでしょうか??
なにはともあれ、”あの広告”に再び『EF10 13』のプレートが
出現しないことを願うばかりです・・
今度は真剣に悩んでしまいそうなので・・・
そんな事を考えた、今年の『10月13日』でした。
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国鉄時代の物置
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今回は35年前の昨日、1978年6月18日の写真を紹介します。
当日は、友人と二人で上野を早朝発の高崎線客レで高崎へ向かい、
当時の高崎第二機関区を見学後、新前橋電車区も見学し、
吾妻線に乗り込みました。
たしか、まだ旧国が残っていると思っての吾妻線乗車だったと思いますが、
時すでに遅し・・・乗車したのはピカピカの115系1000番代でした。
旧国に乗れなくて意気消沈していたのか、吾妻線での写真は殆どありませんが、
2枚だけ撮影していました。
1枚目は・・・
名称は忘れてしまいましたが、『日本一短いトンネル』です。
2枚目は・・・
崖にへばりついたような、万座鹿沢口駅に停車中の115系です。
なぜ、このようなアングルで撮影しているかといいますと・・・
写真手前に写っている石塊が、草軽電鉄の橋台跡だったからです。
同行した軽便鉄道好きの友人が教えてくれました。
昭和30年代の台風で橋が流されてしまい、そのまま廃止になったとも聞きました。
彼は中学時代からの軽便鉄道ファンという、なかなかシブい趣味の持ち主です^^
草軽電鉄といえば、今でこそ『カルメン故郷へ帰る』に登場する
なんとも魅力的な軽便鉄道だったと知ってはいますが、
当時はまだまだ関心がありませんでした・・・
当時から関心を持っていれば、もう少し周辺を探索したのでは?と思うと、
やはり少々残念に思います。
そんな軽便好きと旧国好きの、35年前の梅雨の晴れ間の一日でした。
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先日、片付けをしていた時に一枚の急行券が出てきました。
出てきたのは良いのですが・・・
達筆過ぎて、発駅が読めませんでした(T T)
鹿児島車掌区の車掌さんが発行したもので、『103M』という
下りの急行電車のようです。
1979年の3月30日といえば、
以前にもUPしました、この切符を使っての3日目です。
この時の、鹿児島本線での写真を見てみると・・
熊本県の佐敷駅で、ブルトレとの列車交換風景を撮っていますが、
この時は左端に写っている旧客に乗っていて、急行電車ではありません・・・?
ということは、この列車の前に乗って来て、旧客に乗り継いだようです。
そこで少々時間をかけて、いろいろと調べてみた結果、
どうやら『◯◯駅』ではないかな?という結論に達しました♪
そう考えれば、そのような字にも読めそうです。
皆さんはお判りになるでしょうか?^^
または、達筆の読める方が居られますでしょうか??
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手許に一枚の黄ばんだ葉書があります。
先日、硬券入場券などを探していた時に出てきました。
宛名面です。
裏を見ると・・・
1981年3月、すっかり鉄道への興味が薄れていた頃に送られて来たこの葉書。
ろくに読みもしないで放ったらかしていましたが、今になってみると・・・
せめてクモハ12の図面だけでも買っておけばよかったのにぃ・・・(涙)
よく見れば、他にもクセのある車両がチラホラと・・・
今だったら、全部買っていた事でしょう^^;
この葉書が送られて来た時、『なんで家に?』と驚きましたが、
たぶん宇部電車区見学の際に書き込んだ住所録から送られてきたのでしょう。
1979年8月の宇部電車区です。
今だったら、個人情報の管理うんぬん・・と問題にされるのでしょうが、
良くいえば、何ごとにも大らかな時代でした。
宇部電車区を見学された事のある方、この葉書覚えてますかぁ?^^
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