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今回は久しぶりの『反省部屋』書庫への投稿です。
1993年2月20日早朝。
前日深夜からの、横川駅での客車『能登』や『シュプール号』の
バルブ撮影を終えた帰り道。
久しぶりの”完徹”でハイテンションになっていたショッポーさんは、
ものはついでと、上りの『能登』も都内で撮影することに・・・
時刻的に尾久界隈ならばなんとか露出も上がるだろうと目論んだようですが、
結果はご覧の通り・・
F4のオートフォーカスが追てゆけず・・
散々な結果に・・・
普段ならば『置きピン』するであろう状況で、なぜオートにしたのか・・
そもそも、雪を抱えた62を踏切付近で正面がちに狙ったほうが良かったのでは?
悔やんでも悔やみきれません。
”完徹”明けのテンションが高いだけの状態で狙うべきではなかった・・・
嗚呼・・・
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涙の反省部屋
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『〇〇年前の今日』シリーズ、『反省部屋』編です。
今回は、いまから23年前の1993年10月28日です。
この日は、磐西非電化区間にJTが4本入線!という
”美味しい”一日だったのですが・・・
現地への到着が少々遅れ、朝イチの普通客レは徳沢橋梁で
ギリギリ撮れるか?という時間になってしまい・・・
結局、このような結果に(涙)
せめて標識類がクリア出来ていれば良かったのですが、
後方には先客さんが居たため、やむなし・・・
時間に余裕を持って到着出来れば良かったのですが、
当時は東北道の西那須野インターで降り、田島経由での
磐西入りというのが通常パターンでした。
嗚呼・・高速代をケチりさえしなければ・・・(悔)
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せっかくの日曜だというのに外は雨・・
花散らしの雨となってしまわない事を願うばかりです。
そんな本日、4月3日も桜とは関係なく日付ネタです。
1978年夏。
大糸線の旧国を撮影に行った記事を今までにも何回か
投稿していますが・・
今回は初めて走行写真に挑んだ時のことです。
当時の『鉄道ジャーナル』誌で、豊科〜南豊科間を往く
クモユニ81を先頭にした列車写真を見て、『走行写真を
撮るならここだな!』と決めていました。
目印は写真左側に写っているグランドのフェンス。
現在ならば、前もってグーグルアースなどで場所に見当を付けて
から出かけられますが、当時は地理も分からず・・
とりあえず豊科から南豊科へ向かって歩き始めました。
途中、小さな踏切で写真を撮ったりしながら、
どうにかそれらしき場所へ到着。
『さてさて、何が先頭で来るかな?』
と、ワクワクしながら列車がやって来るのを待ちます。
やがて・・・
南豊科方に水色の電車の姿が見えてきました。 先頭はクモハ60のようです。
急いでフィルムを巻き・・
この時、ファインダー越しにもノーシル・ノーヘッダーの
滑らかな車体であることが見て取れました!
『やった! 022だー!!』
この後、すかさず先頭部を流し撮り・・
『しめしめ、お気に入りの022を撮ったぞ!』と、
その時は大満足でした(笑)
ブレて、こんな写真になっていたとも知らずに・・(涙)
さて、ここで『どこが日付ネタ??』と、思われた方が
ほとんどだと思います(苦笑)
本日の主役は・・・
2枚目の写真の『後ろから2両目』にいます。
当時はもちろん、この写真をスキャンするまで気付かなかった
のですが、そこにはクモハ43 810が写っていました・・・
『あ〜あ、ナンテコッタイ』
お気に入りの022を見事に撮った気でいて、後ろの車両のことなど
全く眼中になかったようです。
現在ならば、連写モードで1編成1両ごとにまるまるサイドビューを
撮れたことでしょう。
嗚呼、あの日に帰りたい・・・
1978年7月25日、大糸線 南豊科〜豊科間にて。
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今から19年前の今日、1996年8月25日。
Nikon F4Sを壊しました。
この日は、貨物廃止が9月いっぱいまでと迫った飯田線北部に
ED62牽引の旧客列車が走るということで、早朝からの伊那谷入りでした。
当時のカメラ体制はメインがF4S、サブとしてF90Xを使用しており、
この日は三脚にF4+サンニッパを付けて、F90Xは手持ちで撮影する
段取りでした。
少々、曇りがちで風はあるものの、時折は陽が差す上々の天候。
169系の快速などを撮りながら、”本番”に備えていた最中の事です。
ふと、もう少し右寄りのアングルはどうかな??と、
三脚から数歩離れた時・・・フワッと強めの風が吹きました。
何気なく三脚の方へ振り向くと、まさに三脚が倒れる瞬間でした!
咄嗟に駆け寄れば、手で防ぐ事が出来たようにも思いますが、
なぜか体は反応せず、スローモーションのように倒れてゆく三脚を
呆然と見ていました。
『ガシャン!!』と嫌な音がして、カメラから破片が飛び散り・・・(涙)
まさに血の気が引くとは、ああいう瞬間なのでしょうね。
そばまで行き、カメラを見た瞬間に『こりゃダメだ・・・』と即座に
判るほどのダメージでした(号泣)
レンズの方は??とF90Xに取付けてみると、幸いにもそちらのほうは
無事でした。
倒れた原因は三脚の最下段のロックが甘かった事。
嗚呼・・・
それ以来、未だに三脚を使用する時は『チェック、ダブルチェック』を
欠かしておりません^^;
そんなこんなで、すっかりテンションの下がった中・・・
自分の心中のような曇り空の下をED62がやって来ました。
後日、F4をNikonの銀座のサービスに持ち込んだところ、
やはり修理不能の判定(号泣)
しかしながら、壊れた機材を下取りにすれば何割かの負担で
新品を購入出来るということで、2代目のF4Sが手許へとやってきました。
いま思うのは・・・
あの時、駆け寄って手を出していたらカメラとレンズの重さで
手が潰れていたのでは??
初代のF4Sが身代わりになってくれたのでは?・・ということです。
鉄道撮影復活のきっかけを作ってくれたNikon F4S。
2代目とはなりましたが、たまにはフィルムを装填して撮影したいと
思ってはいるのですが、なかなか行動に移せないでいます・・・
嗚呼・・・
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