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「正直な僕の気持ちは以前の清原らしいバッティング、プレーができるのか不安でいっぱ いです。本当にぶざまな姿を皆さんの前でさらけ出すかもしれません」。会見では来期の 引退、いや、今期中の引退の不安を口にした。さらに7月29日の元チームメート・桑田 氏を相手にした打撃練習後にひざに腫れが出たことを明かし「あす、つぶれるかもしれま せん。しかし、僕は貢献したくてここまでやってきた。玉砕の精神で向かっていきたい」と悲壮な決意を示した。 プロ23年目。18日には41歳になる。ひざのリハビリ中には右ひじも痛め、満身創 痍(い)の状態だ。しかし清原は言った。「心技一体だとしたら、最後に残った心で向かっていきたい。ひざが持つ限りは何とかチームに貢献したい」。 清原の野球人生をかけた最後の戦いが始まる。 「両親に伝える時が一番辛かった」 ――ご家族には? 「やっぱり、両親に伝える時が一番つらかった。1軍合流することになって休みを利用 して岸和田に帰り、先祖のお墓参りをしようと思った。母親をおんぶしながら、 面と向かって話すとあれなので、おんぶしながら伝えた」 ――その時お母さんは? 「泣いていました」 「僕が経験したことがないような、2年間で、最後に一番壮絶な戦いになる」 ――ファンへのメッセージは? 「今チームも大変いい位置にいますし、何とか、どんな形であれ、僕は玉砕の精神で、 チームのために魂を込めて、心技体だと思う、最後に残った心でチームのために貢献し たい」 ――限界という部分を強く感じるか? 「限界なら、ユニホームを着る必要性はない。あすつぶれるか、ひざが壊れるか分から ないが、僕は戦いたい」 ――左ひざの痛みは? 「手術する前から、ドクターに“痛みが消えることはない”と言われている。大丈夫、 フィールドに戻ったのがすべてだと思う。それで僕のひざがどんなものか想像していただけると思う」 ――目標は? 「僕のひざが持つ限り、チームに貢献したいと思っています」 ――ファンにはどんなところを見てほしい? 「この2年間、野球ができなかった悔しさ、僕自身、本当にこんなにつらいものかと感 じましたので、1球1球、魂を込めてスイングしますので、それを見ていただければと思 っています」 アメリカでも、日本でも膝軟骨移植手術から復活できた選手はいない。 いよいよ清原選手の魂を込めた闘いが始まる。
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スポーツ選手には怪我はつき物ですが清原選手にももう少しファンとしてみれば頑張って貰いたいですね。私は野球は余り見ませんがスポーツ選手として、、、、応援しています。
2008/8/3(日) 午後 7:39 [ - ]
清原の魂の1打席、1打席に目が離せませんね。
男の引き際は大切です。潔く去るのもよし、泥臭く地べたに這いつくばって頑張るもよし。私は後者の野茂選手や桑田選手、そして清原選手に同感いたします。
2008/8/3(日) 午後 9:36
こんばんは。
私の甲子園のヒーローの一人です。
この夏の大会の記念イベントでPL学園のユニホームを着た桑田くんの写真をみてじーんときました。
プロとしてはいつかは幕をひかないとならないとおもいますが、生きている限り野球選手であることはできると思います。
この25年近く私たちに人生のドラマを見せてくれてありがとう!と伝えたいです。
2008/8/19(火) 午後 9:04 [ ひつじ ]