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あれは、1980年(だったと思う)エリック・クラプトンを武道館に見に行った時である。
正直、クラプトンはそれほど好きなギタリストではありませんでしたが、とりあえず偉大なギタリストな
ので、見に行ったのです。良くも悪くも、クラプトンは僕の予想とは少し違うギタリストでした。
それはそうと、サイドギターのギタリストがやたら冴えていて、僕はクラプトンはほとんど見ず、最初か
ら最後まで、この最高のサイドギターを弾くギタリストのみを見ていました。
そうです、この最高のサイドギターを弾くギタリストこそが、アルバート・リーだったのです!
カントリーというと、アメリカ南部系と連想しますが、この人はクラプトンと同じイギリス人です。
そういえば、僕が見た時のクラプトンのバックメンバーは確か全員イギリス人でした・・。
当時、イギリスでこのような超絶カントリーギタリストはほとんどいなかったのではないのでしょうか?
アルバート・リーはブリティッシュ・カントリー・ロック・バンド、ヘッズ・ハンズ&フィートを経て渡
米し、エミルー・ハリス&ホット・バンドのギタリストに抜擢された。
エミルー・ハリス&ホット・バンドのギタリストといえば、ジェイムズ・バートンという歴史的名ギタリ
ストだったのです。
このような歴史的名ギタリストの後釜ながらも、超絶的な速弾きと個性的なピッキング・スタイルはジェ
イムズ・バートンを圧倒し、一躍注目を浴びた。
その後も、エヴァリー・ブラザーズやエリック・クラプトンのバンドで活躍し、80年代にはカントリ
ー・ピッカーの第一人者として知られるようになる。
僕は個人的にこの人に思い入れがある、ある理由があります。
それは、80年代はイングヴェイ・マルムスティーンの出現とともに、ロックギターの奏法が大きく
変化した時代で、この頃のハードロックの主流は、いわゆる「LAメタル」というものでした。
僕は「DEEP・PURPLE系」が好きで「LAメタル」が大嫌いの代表選手でした。
しかしこの頃は「LAメタル系の音」が出せて、酒が飲めないと日本ではハードロックシーンに入れませ
んでした。
今だから言えることなのですが、当時の日本のハードロックシーンでは真面目で腕のある人間はプロミュ
ージシャンになりきれない部分がありました。
当時、関西系のヘビィ・メタルバンドがいくつかメジャーデビューしましたが、彼らは「バンドの結束
力」が相当強く、さらに酒が強かったのでメジャーデビューできたのです。
これは実話です。
まあこの話はこれくらいにして、そのような理由で、僕は、その頃の日本のハードロックシーンが自分に
は合わないと少し悩んでいたのです。
実際、この頃はLAメタル系のハイテクギタリスト、一部の日本のメタル系のギタリストがシーンの頂点
にいるように言われていたのです。
しかしです、そんな時にこの人の教則ビデオを見たのです。
そして、スイープをやりまくるイングヴェイやLAメタル系のハイテクギタリスト、日本のメタル系のギ
タリストよりも、このアルバート・リーの方が「ギタリストとして数段上」であることを確信して、僕は
迷いが吹っ切れたのです。
そんな迷いが吹っ切るきっかけをつくってくれたので、この人には思い入れがあるんです。
好きなアルバムはやはり、エミルー・ハリス、ドン・エヴァリー、ロドニー・クロウエル、リッキー・ス
キャッグスなど豪華ゲストが参加した79年の1stソロ『HIDING』ですね!
名曲「Country Boy」も収録されています!
最後になりましたが、それまで、あまりヒットチャートには関係ないカントリーというジャンルを一般P
OPSに融合させたこの人の功績は非常に偉大だと思います。
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