元プロギタリストのこだわりの一言

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ポピュラーミュージック

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仕事で、「ママス&パパス」みたいな曲をやるという事になり,早速参考の為にベスト盤のCDを購入しました。

僕の頭の中では、60年代活躍したボーカルグループで、「夢のカリフォルニア」と言う曲が有名かなくらいしか頭になかったので、ママス&パパスは、60年代の米西海岸を代表するポップコーラスグループ。

編成は男性2人と女性2人のグループ、ABBAと同じなんだ〜

今も色あせないポップなメロディーと絶妙のコーラス・ワークが大きな魅力で、60年代に数々の名曲を残してきた。

「夢のカリフォルニア」と言う曲は、66年4月に発売された同グループのデビュー曲。

なんと全米で4位にランクされた作品だということ。

グループは何度かメンバーチェンジを繰り返したが、70年代のおとずれとともに、影が薄くなり、オリジナルメンバーで同曲を書き下ろしたジョン・フィリップスが昨年65歳で心臓疾患で死去した。

最後の来日公演は5年前の97年で、ジョンは“夢カリの父”としてファンから親しまれてきたらしい。

後で知ったのだが、堂本剛と国仲涼子主演のTBS系ドラマで、タイトルもズバリ「夢のカリフォルニア」だったんだ!

普段、TVをあまり見ないので、まったくわからなかったが、日本でもこのドラマのおかげで、ちょっとしたママ・パパブームがあったそうである。

だから、仕事で、「ママス&パパス」みたいな曲をやるという話が出てきたのかと今更ながらに納得しています。

ちょうど、ビートルズが世界を騒がせている時に、アメリカ西海岸ではこのようなサウンドがあったのかと思うと、妙に感心してしまいます。

でも、このサウンドはいいですね。

いかにも60年代のアメリカって言うサウンド。
妙に心地いい。

昼は海辺でビーチボーイズを聞きながら海水浴。

海水浴に疲れた後、「ママス&パパス」がかかってるレストランで食事なんていいかも!

洋楽の入口がモンキーズという人は日本では案外多いのではないでしょうか?

実は僕も幼少の頃、彼らが出演する「ザ・モンキーズショー」で洋楽に目覚めたのです。
60年代後半、日本において洋楽の代名詞といえばビートルズとこのモンキーズだったのです。

彼らが出演する「ザ・モンキーズショー」は日本でも放映され、圧倒的な支持を得ることになります。まだまだ洋楽に対する情報量が少なかった1960年代において、毎週毎週テレビで笑顔を振りまいている姿を、時には口パクとはいえ演奏シーンまで見ることができたのですから、情報に飢えていた洋楽ファンの乾きをいやすには充分すぎる程でした。

この「ザ・モンキーズショー」の軽妙洒脱なやり取りは子供にも楽しく、音楽を抜きにしても楽しむことができた極上のエンターテインメント・プログラムだったのです。

(ザ・モンキーズが結成されたいきさつ)
1964年以降、ビートルズのアメリカ上陸によって世界の音楽界はイギリス中心になっていき、アメリカ音楽界には逆風が訪れていました。

そこで、「ビートルズに対抗するためのアイドル」をアメリカから出現させる為に、アメリカのNBCはドン・カーシュナーをはじめとするアメリカ音楽界の重鎮たちをスタッフにして、映像のメッカであるロサンゼルスでテレビ番組を通じてスターを作り、そのスターに楽曲を歌わせるという新戦略を打ち出します。そこで、テレビ・シリーズ用にメンバーがオーディションによって集められましたこれがモンキーズです。
オーディションにより選ばれたのはデイヴィー・ジョーンズ、マイク・ネスミス、ミッキー・ドレンツ、ピーター・トークの4人でした。

モンキーズは1966年のデビュ・アルバム『The Monkees』を皮切りに、2年あまりの間に6枚のアルバムをリリースするというハイ・ペースなアルバム制作をしていた彼らですが、徐々にメンバーの間でも音楽的ストレスが溜まり、アルバムの中に自作曲を入れたりするようになりますが、1968年にピーター・トークがついにグループを脱退、残った3人でモンキーズは存続させていくのですが、この時点で彼らの黄金時代は終ったと言っても良いと思います。

やがてマイク・ネスミスも脱退。残ったデイヴィーとミッキーは、それでもなんとかアルバム『Changes』のリリースにこぎつけましたが、皮肉にもそのタイトルが象徴するように、そこにはかつてのモンキーズのポップ・マジックは見られませんでした。時代は1970年代の「ロックの時代」へ突入、もはや彼らの時代ではありませんでした。デビューから順調すぎる程ヒットを連発してきたモンキーズも、時代の波には勝てなかったということなのでしょう。

(ビートルズとの比較)
さて、ここでビートルズとの比較ですが、「アーチスト性」という点では、アマチュア時代からライブ活動でたたきあげ、楽曲を創作し自演して世界の音楽界に革命をもたらしたビートルズとは比べ物になりません。

しかしです!アメリカが威信をかけてビートルズに対抗して選抜した4人組です。
「ポップスターの才能」という点では相当な才能があったと僕は思います。

モンキーズのメンバーの中での中心人物は、一番人気のデイヴィー・ジョーンズとバンドの実質的なリードボーカルであったミッキー・ドレンツでした。
ポップシンガーという視点からデイヴィー・ジョーンズとミッキー・ドレンツのモンキーズ組とポール・マカートニーとジョン・レノンのビートルズ組を比較すると、僕は「同等」であったと思うのです。
ジョンとポールのシンガーとしての素晴らしさは今更語る必要はないでしょうが、僕はミッキー・ドレンツは相当な表現力豊かなシンガーだと思ってます。特に「プレザント・バレー・サンデー」での縦横微塵なボーカルは圧巻です!
また、一番人気のデイヴィー・ジョーンズも今で言う「ジャニーズ系」のルックスで世界中の女の子を魅了し、郷ひろみ的なボイスで「デイドリーム・ビリーバ−」等の名曲をいい感じで歌い上げていました。

また、自作自演ということでは当然ビートルズなのですが、彼らのアルバム収録曲は非常にバラエティに富み、どの曲をシングルとしてリリースしてもヒット性にあふれたものでした。モンキーズの楽曲はどの曲も親しみやすく、簡単に口ずさめるものであったことも、サイケデリアな時代にあっては逆に貴重な存在だったのでしょう。
また、演奏は当時アメリカで最高のスタジオミュージシャンを使っていたので、バックの演奏自体は当然ビートルズよりは上でした。 それゆえに、彼らのサウンドはポップスとしての完成度は抜群に高かったのです。

(モンキーズその後)
70年代のおとずれと共に一旦終わってしまったモンキーズでしたが、1986年にはデビュー20周年を記念しての再結成が行われ(マイクを抜かす3人でしたが)、新曲もヒットチャートにランクインし、全米ツアーも敢行するなど再びモンキーズに脚光が当たることになります。

また、グループを脱退したマイクは、ウエストコーストポップ・カントリー・ロックを視野に入れた活動を開始することになり、彼の楽曲はリンダ・ロンシュタットが在籍したストーン・ポニーズやニッティ・グリッティ・ダート・バンドに取り上げられたりしました。



CD時代になってもモンキーズのアルバムは復刻されており、未発表曲を集めたアルバムがリリースなどによって、新たなファンの裾野を広げています。それは、今後も続くことでしょう。これも、彼らの楽曲が時代の波を超えたポップ感覚すぐれたものであることの証でありましょう。

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