元プロギタリストのこだわりの一言

いちおー、本格的音楽ブログのつもりです。

スライドギター

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日本の音楽シーンは「一見複雑な派手な展開」「手軽に音楽通を気取れる曲」「サビが着メロに使える」といった音楽が受けるみたいで、特にギターシーンはどうも「わかりやすい技」に支配されすぎていて、そのせいか超絶ギターでよく知られているギタリストといえば、「スティーブ・ヴァイ」や「イングヴェイ・マルムスティーン」あたりになってしまう。
まあ僕もヴァイやイングベイは好きなんだけどね・・・。

あまりにも日本人のリスナーは「いい音楽ならなんでも聴く」と言ってる割には、一部のアーチストしか聞かない傾向にあるように思える。
これは国民性やレコード会社のディレクターが無能さなどなどさまざまな要因がある。

でも、一番の原因は外国で「本場での音楽の体感」や「ミュージシャンの凄さの目撃」をしていない事だと思う。

僕が最初にLAに行ったのは21歳の時だが、かなりショックを受けて1ヶ月程ギターが弾けない状態になった。
5年前に韓国に行ったときも、「韓国のミュージシャンの演奏技術」に驚かされた覚えがある。

まあこのことは別の機会でまた触れたいと思いますが・・・


今回はあのエリック・ジョンソン以上に有名じゃないギタリストであるソニー・ランドレスです!

この人はわかりやすく言うと「スライドギターの名手」である。

この「スライドギター」は日本では不人気なテクニックである。
理由は簡単である。一言「難しい!」「日本人に向かない」と言うことである。

ヴァイやイングベイみたいなプレイは「手クセ」である程度努力すればこなせるが、ことスライドになると、もう「感性」「センス」が多大な割合を占めているので、「努力型」の日本のギタリストにはかなり苦手なプレイである。
日本の土壌では、なかなか名手が出てこないプレイだと思う。

このスライドギターの名手といえば、古くはロバート・ジョンソン、マディ・ウォータース。
70年代以降ではデュアン・オールマン、ローウェル・ジョージ、ジェシ・エド・デイヴィス、ミック・テイラー、ライ・クーダー、デヴィッド・リンドレー、ウォーレン・ヘインズにデレク・トラックスなどなどである。
まあ、ミック・テイラーはストーンズ、デュアン・オールマンはドミノスにいたし、ライ・クーダーあたりもファンは多いし、そんなマイナーではないのかもしれないのだけどね・・。

僕がこの人を好きな理由はプレイに「ドライブ感」があることなんだ。

通常、南部系というとリラクシンなスローでブルース色濃いものが多いが(この辺が日本人にはいまいち受け入れられない理由かと思う)この人は結構イキイキとした「ドライブ感があるロック系」の曲もあり、意外と日本人に受け入れられやすい部分もあると思うんだ。

「ドライブ感があるスリリングなスライドプレイ 」なんて最高じゃないかな?
今までスライド系ギターミュージックがどうも苦手な人は一度聴いて欲しいな!!

しかも、ソロをよく聞くと凄い「超絶」なんよ。たまらんー!!

僕のお勧めは2000年発表の「Levee Town」かな。(上の写真のジャケット)

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若い頃、なんとなく泥臭さを感じて聞かなかった「サザンロック」ですが、最近ドップリはまってます。
70年代はイーグルス等の完全にウェストコースト系のバンドがヒットチャートの上位を占めていて、僕ら当時の若いミュージシャンはそのサウンドを参考にしてました。

どちらかというと、サザンロックは日本ではあまり受けが良くないかな・・と今聞いても思います。

しかし、しかしですよ、今聞いてみると、凄い奥深い!!

今のお気に入りは、オールマンブラザーズバンドのデュアンオールマン死後のフィージョンぽい頃と、リトルフィートのフィージョンぽい頃!!どちらも、当時の「ミュージックライフ」ではメタメタにけなされていた頃でしたが、僕はその頃のサウンドを今凄い聞き狂っています。

特に、リトルフィート!!このバンドは半端じゃなく凄い!実はL・Aのバンドなんですが・・(笑)
このバンドのメンバーには一般的に一流と言われてるウェストコーストのミュージシャンは足元にも及ばないですね。

ギターのロールウェル・ジョージはクラプトンよりはっきりと「格上」であり、ジミヘンと同等と僕は断言します!!実際、ロールウェル・ジョージがクラプトンよりはっきりと「格上」だということは、リトルフィートを多少なりとも理解してる人は結構いると思います。

ここで、ロールウェル・ジョージの紹介を・・・。

鬼才フランク・ザッパが、その偉大なる足跡の第一歩としてつくったバンド「マザーズ・オブ・インベンション」、ローウェル・ジョージは、かつてそのメンバーでしたが、ドラッグに頼ることを嫌うザッパは、ドラッグ漬けのローウェル・ジョージに対しドラッグを止めないならバンドを止めるよう宣告します。

そんな訳で、彼はマザーズを脱退しリトル・フィートを結成。しかし、こんな調子で始まったバンド(笑)だっただけに、アルバムが売れるわけはなく、ファースト・アルバムの売上は実にお寒いものだったのです。

しかし、このバンドは、その独特のひねくれ具合を売りにして、少しずつ上昇気流に乗り始めます。ドラッグ漬けローウェル・ジョージのレイドバックしたギターとクソ真面目なビル・ペインの天才的キーボード、この二つが見事な調和をみせることで、このバンドは不思議な魅力を生みだし始めました。

そして、3作目あたりからニューオーリンズ・サウンドに影響され、彼らはそのセカンドライン・ファンクと言われる複雑なグルーブを見事に自分たちのものにしていました。こうして、人工の都市LAのセンスと南部のファンクが融合した新しいファンク・サウンドが生まれました。その頃生まれた「デキシー・チキン」はその代表作ですね。

まあ、彼らが、こうして独自のサウンドを生みだすことができたのは、単にアイデアの勝利ではなく、各メンバーの持つ驚異的なテクニックがなければ、この挑戦はアイデア倒れに終わっていたはず。
そんな彼らの実力を知るには、彼ら唯一のライブ・アルバム「ウェイティング・フォー・コロンブス」を聞いて欲しい。

もちろん、彼らはただ上手いだけではなく、同じ時期に活躍していたフュージョン・バンド「スタッフ」が、ステージでアルバムの再現に終止していたのに対して、リトル・フィートは、ステージでは、アルバムとはまた違ったサウンドを展開し、ソロ・パートでは、驚異的なアドリブ演奏を聴かせてくれていた。特にビル・ペインのキーボード・ソロは凄かったらしい!

実は僕の知り合いが、彼らのライブを見たのですが「各メンバーのソロ・パートはどれも実に凄かった!」と興奮気味に話してくれたのを覚えている。「これこそ、ザッパ率いるマザーズ直伝のインプロビゼーションだった」と・・。おまけに、この時の来日コンサートには、なんとホーン・セクションにあのタワー・オブ・パワーのメンバーを連れてきていたのです。

さらに彼らは、74年の傑作「アメイジング」では、ひねくれついでにアメリカン・ロック最高のオタク系プロデューサー、ヴァン・ダイク・パークスを採用。いよいよ世界一のマイナー・バンドへと成長して行きます。そして、その間にもローウェル・ジョージは、80年代にやっとメジャー級のスターになるロバート・パーマーのニュー・オーリンズ・スタイルのデビュー・アルバム「スニーキング・サリー・スルー・ジ・アリー」の制作に協力したり、まったく無名だったリッキー・リー・ジョーンズの「イージー・マネー」と言う曲を自分のソロ・アルバムで取り上げて、スターへの道を切り開いてやったりと独自の活動にも余念がありませんでした。

しかし1979年、ロールウェル・ジョージの脱退もあり、バンドはあっさりと解散。その後ローウェル・ジョージはあっけなく他界・・。

才能がありすぎて大きな評価を得られなかったという典型的な例がこのロールウェル・ジョージです。

日本では多大な才能がある天才アーチストは評価は得られないので、当時日本ではそれなりの評価でした
フランク・ザッパ、ジェスロ・タルのイアン・アンダーソン、ジェネシスのピーター・ガブリエルなども・・。

正直、今も昔も日本の音楽業界は「運」と「適度な才能」が大成功の秘訣みたいになってます。
まあしゃーないか・・。

でも、リトル・フィートは本当に凄い!!

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