|
ギターの練習のために、よくファンクミュージックを聴きました。
その中で、聴きやすかったのはやはり、スライ&ザ・ファミリー・ストーンでした。
このバンドはサンフランシスコを本拠地として活動した、アメリカの人種性別混合ファンクロックバンドであり、メンバーの中でも、強烈なアフロヘア+もみあげにサングラス+キーボードを弾きながら歌うスライ・ストーン が一番目立っていて、キャラクター的にも好きでした。
この人はテキサス州生まれですが、幼い頃に一家でカリフォルニア州に移り住みました。
それゆえに、このグループは以外にも西海岸のグループなのです。
彼は少年時代から音楽の才能を発揮し、1952年には、弟のフレディや2人の妹(ローズ、ヴィエタと共に「スチュアート・フォー」というコーラスグループを結成して、On the Battlefield of the Lordというレコードを吹き込んだことがある。
その後、スライ&ザ・ファミリー・ストーンを結成してデビューシングル"I Ain't Got Nobody"をロードストーン・レコーズから出してスマッシュヒットしました。
その後、1967年にレーベルCBSのエピック・レコーズに変えて、ファーストアルバム"A Whole New Thing"とシングル"Underdog"を出し、1968年発表の次作シングル"Dance to the Music" がビルボード8位を記録し、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの名は全米に轟きました。
そしてついに、1968年の暮れにリリースしたシングル"Everyday People"がこのバンドにとって初めてのナンバーワンヒットとなった。
この曲はあらゆる偏見に対するプロテストソングであり、最も健全だった時期のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの思想を代表している曲でした。
僕は個人的にはこの辺りの曲が一番好きです。
その後1969年にはあのウッドストック・フェスティバルに出演し、愛と平和と人種統合の理想を背景に、まさに時代の寵児となりました。
でも、この頃からだんだんと衰退していきます・・。
もうこの頃にはスライ・ストーンは十度の麻薬中毒に侵されていました。
薬物の影響で人格に荒廃を来たしたスライは、仲の悪いラリーにバンドの主導権を乗っ取られるのではないかとの妄想に取り憑かれ、銃を振り回し、何度となく逮捕起訴され、コンサートで大幅な遅刻とキャンセルを繰り返した。
そのためにバンドは分解状態となり、プロモーターから見捨てられ、ファンの支持を失い、1975年1月にとうとう活動を停止した。
以後、スライはソロアーティストとして数枚のアルバムを出したが、いずれも全盛期ほどの評価は得られなかった。
スライは短期の服役生活を経て1980年代後半に麻薬中毒から回復し、女助手2名と共にビヴァリーヒルズ近郊で永らく隠遁生活を送っている。時には自宅のスタジオで新曲を録音することもあるらしい。
2005年8月15日、妹ヴェットが参加しているファミリー・ストーン・トリビュート・バンド"ファンク・ファミリー・アフェアー"のロサンゼルス・コンサートにスライも加わって久しぶりに人前に姿を現し、演奏の間すっとヘルメットを被ったままだったものの、往年のファンたちの間に話題を呼んだ。
最近の話題として、2006年2月8日、スティーヴン・タイラーたちによるスライへのトリビュートアルバムがグラミー賞にノミネートされたことに伴って、グラミー賞授賞式の会場に、金髪・モヒカン・サングラス・銀ラメスーツ姿のスライが登場し、グレッグ・エリコやシンシア・ロビンソンやヴェット・ストーンたちと共に"I Want To Take You Higher"を演奏、ファンたちの間に波紋を呼んだらしい。
最近、ビブロスなんかに行くと、結構スライやアースの曲がかかっていたりして、とても懐かしい気分になります。
彼らのサウンドの一番の大きな特徴は、結構親しみやすいサウンドなのであるが、一人ひとりのメンバーのスキルが非常に高く、音楽的にも大変高度であるという点である。
音楽的に大変高度でしかも親しみやすいといったアーチストは歴代でも実は数少ない。
ビートルズやアースがそうである・・。
実際、今聴いても古さを感じさせないそのサウンドは素晴らしいと思う。
僕も未だによく聞いています。
好きなアルバムはやはり、初期の3枚かな・・。
ベスト盤(あると思う)などは1枚持っていてもいいグループだと思います!
|