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「UK」は活動期間は短かったが、プログレ史に大きな足跡を残したグループです!
当時(78〜79年)は大変な話題のグループでした。
その理由として、エディ・ジョブソンとテリー・ボジオが「美形」であったという点がありました。
クイーンは最初ルックスの良さで日本で人気が出ましたが、それと似たような人気がUKにもありました。
また、キーボードのエディ・ジョブソンが「透明のバイオリン」を使用するといった点も注目されていました。
ちなみに、エディ・ジョブソンは現在ではまったく名前を聞きません。
それというのも、80年代中期以降、表舞台からは退いてしまったのです。
しかし、在籍したグループが、「ロキシー・ミュージック」「フランク・ザッパ」「ジェスロ・タル」と凄い経歴を持っていました。
プログレというどちらかと言えば、マニアックなジャンルですが、それにもかかわらず、来日公演の時は女性ファンが多かったらしいです。
しかしです、実際その音楽性は素晴らしく、またメンバーの力量は恐ろしいほどレベルが高く、来日公演時は3ピースでしたが、同じ3ピースでプログレ界を制覇していたELPと比べて、まったく負けないサウンドでした。
初代のメンバーは・・
ギターが「世界一のテクニシャン」アラン・ホールスワーズ、
プログレ界NO1ドラマーのビル・フラッフォード、
僕が一番好きなベーシストのジョン・ウェットン、
そしてプログレ界美形NO1の(もちろん実力も凄い!)エディ・ジョブソン、の四人でした。
最初の四人で出したアルバムは一枚だけで、その後、ビル・フラッフォードとアラン・ホールスワーズが抜け、代わりにドラマーのテリー・ボジオが参加します。
結局ギタリストの加入はなく、エディ・ジョブソンのシンセがやたらと響き渡る二枚目のアルバムがオリジナルの最後のアルバムとなってしまいました。
その後、日本公演時のライブ盤を出しましたが、これを最後にグループは解散しました。
しかし、短い期間しか活動しなかったグループでした。
でも、よく三人であれだけの音が出せるなと思っていました。
UKは「一般受け」とは少々異なりますが、相当どの曲もドラマチックで、プログレ特有の「アクの強い複雑さ」はあまりなく、従来のプログレグループとは明らかにサウンドが違いました。
僕は、そこが好きでしたが・・。
僕が好きなアルバムは1979年発表の日本公演時のライブ盤である「NIGHT AFTER NIGHT」です。
聞き所満載のアルバムであるが、
まず第一に、ボジオの壮絶なドラミングを挙げたい。
シークエンスされたキーボードに導かれてリズムを打ち込むのだが、力強いバストラムとスネア、そして正確に刻むハイハット、どれをとっても一級品である。
当時、レベッカのDrである小○原氏と話をした時、彼はボジオが凄い好きだ語っていたのを覚えている。
また、キース・エマーソン、リック・ウェイクマンの二人をも凌駕するテクニックの持ち主エディ・ジョブソンは、キーボードとヴァイオリンを絶妙に使いわけ、キーボード・プレーヤーを目指す若きファンの注目の的であった。
バラード曲である”Rendezvous 6:02”での分厚いシンセの音の洪水はいつ聴いてもゾクゾクさせられる。
当時、キース・エマーソン、リック・ウェイクマン等はハモンド重視型であり、古くからのプログレファンからは、「シンセ重視型」のエディ・ジョブソンのプレイは不評であった。
しかし、その後「シンセ重視型」が主流になったのである。
そう、エディ・ジョブソンは時代を先取りしていたのである!!
もちろん、ジョン・ウエットンのベースとヴォーカルも理屈抜きに最高である!
結局、凄すぎたゆえにUKは短命に終わってしまったが、あのエディ・ヴァンヘイレンが尊敬した「世界一のテクニシャン」アラン・ホールスワーズ、現在では世界トップのドラマーの一人であるテリー・ボジオを排出したのはまぎれもない事実ですし、エイジアを結成し大ヒットを飛ばしたジョン・ウェットンもUKに在籍したからこそ、エイジアで成功したと僕は思います。
そういった意味で、このUKの存在はプログレ、いやロック史上とても大きなものだと思います。
PS)余談ですが、アラン・ホールスワーズの後任に、何とエリック・ジョンソンが誘われていたのです!
もし実現していたら、凄かったろうなー・・。ウルトラ美形バンドとして、日本では大ヒットしたかも・・・。
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