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反戦の視点・78 より続き
◆脅(おど)すから脅される
麻生首相ら政府首脳は「北朝鮮のミサイル」がよほど恐(こわ)いと見える。誰であれ、脅(おど)かされることを歓迎する者はいないだろうが、「脅し」は、
脅(おど)される側に心当たりがないなら効果が小さい。しかし、脅かされることに思い当たるところがあれば効果は大きい。相手が本気であると強く感じるからである。
北朝鮮の朝鮮中央通信は4月5日、同国の科学者と技術者が運搬ロケット「銀河2号」で人工衛星「光明星2号」を軌道に進入させることに成功したと発表した。3段式ロケットの先端部に搭載されたものが弾頭ではなく通信衛星であることは米シンクタンク「グローバル・セキュリティ」も示唆しているし、米国政府もそう見ているようだ。筆者も今回の北朝鮮によるロケット発射は人工衛星打ち上げの試みだと思う(どうやら失敗したらしいが)。この人工衛星打ち上げは、明らかに米国政府に向けた政治的メッセージだろう。「テポドン1号」に比べ飛距離が飛躍的に伸び、着水地点もほぼ予定通りだったから、ロケット誘導の技術もかなりアップしたようだ。この事態に米国政府が無関心であるはずはない。しかし日本のように大騒ぎせず、米軍が十分な迎撃能力を宣言しただけで、迎撃態勢がもたらす軍事的緊張を意識的に回避した。
それだけに、麻生政権の対応は異常な突出ぶりが際立った。北朝鮮と国交があり両国間に軍事的緊張が存在しないなら、日本の頭越しに人工衛星を運ぶロケットが飛ぶくらいで目くじらを立てることはないだろう。ロケットの部品が日本列島に落ちないよう要請すればすむことである。1月23日に打ち上げられた日本のH─Aロケットはインドネシアの上空で温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」を分離し、小型実証衛星1型をオーストラリア上空で分離した。それで問題が起きたわけではない。麻生政権が迎撃態勢をあえて誇示して北朝鮮に対する敵対を鮮明にしたのはまったく異常なことだった。
ついでに触れておくと、「防衛」が騒がれるが、日本の防衛政策はまったくザルである。防衛を本気で考えているなら、どうしてわざわざ日本海側を原発銀座にしたのだろう。それらの原発は「ノドン」ミサイルの射程距離内にある。政府は原発を建設し始めた頃は「ノドン」の脅威はなかったと弁明するかもしれないが、真剣に「防衛」を考えているなら、原発を地下に潜らせなければ防衛できないはずだ。だがそういう議論はまったく聞かない。 また「脅威」をいうなら、台湾を目標として中国の沿岸部に配備されている1000発のミサイルが在沖米軍基地に向けられた場合を想像すればいい。それこそ安保体制にとって「脅威中の脅威」だろう。米軍は嘉手納空軍基地にPAC3を配備したが、それで迎撃できるとは考えていないだろう。さらに関東に住む筆者にとってより身近な脅威は、ヨコスカを母港とする空母ジョージ・ワシントンである。同空母は移動する原子炉であり、ひとたび事故を起こせば筆舌に尽くせない大惨害をもたらす。
ところですでにのべたように、今回の人工衛星打ち上げを脅威と感じる日本政府は、脅されることに大いに思い当たるところがあるから大騒ぎする。こちらが脅しているから向こうが脅し返していることを自覚しているのだ。実際、その通り。日本は米国や韓国とともにこれまでずっと北朝鮮を脅し続けてきた。
順序立てて概略するとこうだ。1910年に朝鮮を植民地として以来、1945年の敗戦に至るまで日本が植民地朝鮮の人びとに強要してきた苦難の数々をここで繰り返すことはしない。しかし長期にわたる植民地支配が、朝鮮と朝鮮人に対する、傲慢な優越感や抜きがたい差別意識を日本の民衆の精神構造の基底部に定着させたことは、恥ずべき冷厳な事実として確認しておきたい。忌まわしいことに、戦争体験と無縁の若い世代もそのような意識のありようから解放されていない。朝鮮戦争以来、日本の歴代保守政権が一貫して煽ってきた北朝鮮敵視は、その植民地本国的精神風土を土壌として利用したものだ。
95年の「村山談話」は表向き日本政府の公式見解とされているが、日本政府が朝鮮に対する植民地支配を真摯かつ根本的に反省したことはない。それは、度々繰り返されてきた閣僚の妄言や現実に展開されてきた対北朝鮮政策が実証している。対韓政策もいま改めて厳しく批判されている日韓基本条約が示すように、なんら深い反省に基づくものではない。侵略戦争と植民地支配について責任の所在を明らかにせず、戦後補償を怠ってきたことがこのような事態の根底にあることは言うまでもない。
それだけではない。冷戦体制下、日本はひたすら米国に依存し、ソ連や北朝鮮と敵対してきた。ニクソン米大統領の訪中(72年)にショックを受け中国と国交を正常化したが、北朝鮮とはいまだに正式に国交がない。繰り返された米韓合同軍事演習「チーム・スピリット」は明白に対北朝鮮軍事恫喝であり、日本はそれを支援する基地を提供することで恫喝に加担してきた。日米韓軍事同盟による北朝鮮包囲・恫喝はいまも続き、「作戦計画5027」なる北への侵攻作戦のシナリオまで作られている。これは朝鮮戦争の再開に備え60年代に策定されたもので、その後も情勢に合わせて改定されてきた。
「北朝鮮の脅威」の煽動は冷戦が終わっても変わることはなかった。96年4月の日米安全保障宣言は「アジア・太平洋地域には依然として不安定性及び不確実性が存在する」と強調したが、その中心に位置したのが「北朝鮮の脅威」である。4月3日の閣議がまとめた「09年版外交青書」も北朝鮮による核、拉致問題などを「アジア太平洋地域における深刻な問題」としている(4月3日付『東京新聞』)。
2002年の「日朝平壌宣言」はそれまでの敵視政策を停止し日朝間の国交正常化を実現する重要な足がかりだったが、北朝鮮側が拉致を認めたことにより、両国関係はむしろ悪化の一途をたどった。植民地支配への「負い目」は一気に払拭され、日本が被害者である証拠として攻撃的な北朝鮮バッシングを生むことになった。拉致糾弾キャンペーンが日本政府とマスメディアによって大々的かつ執拗に展開されたが、核問題をめぐる6カ国協議の場に日本政府が拉致問題の解決を強引に持ち込もうとしたことにより、日本はかえって蚊帳の外に置かれることになってしまった。米ブッシュ前政権が政権末期に北朝鮮を「テロ支援国家」のリストからはずし、両国間の緊張緩和に踏み出す姿勢を見せたにもかかわらず、日本政府は拉致問題の解決をあえて高いハードルとし、「日朝平壌宣言」の実現=日朝間の国交正常化をめざそうとしない。拉致問題を解決するためにも早期の国交正常化が必要なのではないか。
日本政府が本気で日朝国交正常化を望んでいるなら、今回の人工衛星打ち上げを冷静に受け止め、国交正常化を急ぐよう、北朝鮮政府に提案するはずだ。しかしその気配がまったくないどころか、制裁を延長したり強化したりすることに狂奔し、あまつさえ国連安保理に全会一致の非難決議を採択させようとして挫折するといった醜態をさらしている。これでは行き詰まった事態を打開する道はいよいよ遠ざかるばかりである。本稿執筆中、次の情報が入った。
〈北朝鮮外務省は4月14日、声明を発表、国連安全保障理事会が北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難する議長声明を採択したことに反発し、「6カ国協議に二度と絶対に参加しないし、いかなる合意にもこれ以上拘束されない」として、核問題をめぐる6カ国協議を離脱する方針を示した。また、「われわれの自衛的核抑止力をあらゆる面から強化していく」と主張し、核開発の再開を表明した。朝鮮通信(東京)が伝えた。/14日の報道官声明は「国際法的手続きを経て正々堂々と行った平和的衛星打ち上げ(問題)を論議したこと自体、わが人民への耐え難い冒涜(ぼうとく)、許し難い犯罪行為だ」と激しく反発した。/さらに、6カ国協議参加国が北朝鮮の自主権を尊重する精神を「正面切って否定した」と主張。「協議を妨害してきた日本が衛星打ち上げに言い掛かりを付け、公然と単独制裁まで科した以上、協議は存在意義を喪失した」と決め付け、日本を非難した。〈4月14日付『時事通信』)
◆日本政府が国交正常化を望まない重要な動機
2002年の「日朝平壌宣言」は、自民党のみか日本経済と社会を根本的に破壊した小泉純一郎元首相が残した唯一の功績だったが、それがたちまち打ち捨てられたのは、日本の支配層が朝鮮半島の統一を心底から恐れているからである。「宣言」にはこういう重要な文言が記されている。
「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。」
しかし「宣言」後の日本政府の姿勢はこの「痛切な反省と心からのお詫びの気持」を自ら踏みにじるものだった。「お猿の反省」でさえなかったのだ。
朝鮮半島の南北統一が北東アジアに平和をもたらすことは言うまでもない。しかし今でさえ、東アジアにおける日本の地位は著しく「低下」している。それは福田前首相をひどく苦しめたことだ。中国の大国化が誰の目にも明らかで、日本が米中間の谷間に沈没しかけていることを、日本の支配層は深く憂慮している。
このうえ南北の統一が成り、一つの国として発展を続けたら、日本はどうなるか。落日の恐怖が日本の支配層をとらえて放さない。筆者自身は日本の地位低下などどうでもいいが、日本の支配層はすでに費(つい)えた「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の夢にしがみついている。彼らはかつて日本が中国や朝鮮に対して行なった犯罪を知悉している。それゆえ、いずれ報復される(やり返される)とひしひしと感じている。中国の大国化さえ我慢できないのに、統一朝鮮がきっとしかけるだろう日本への反撃ノノ、それを思うと夜も寝られないのである。しかも彼らの焦りや憂悶の底には、敗戦によって失われた旧「満州」(中国東北部)や朝鮮での権益奪還の夢が息づいている。
反戦の視点・78 3に続く
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