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恐怖の動員と感動の動員 「化学テロ対応訓練」と長野冬季オリンピックの経験から
防災の軍事化に反対する長野共同行動 八木航(松本市)
西暦2006年6月8日、長野県警の主催によりJR長野駅自由通路で行われた「化学テロ対応合同訓練」は、長野県において特別な意味を持つだろう「サリン」発生を想定し、自衛隊を知事の要請もないまま「自主出動」させるプログラムで行われた。
トリアージ・避難・除染を中心に行われた訓練は120名を越える自衛官とともに長野市・保険所・消防局・鉄道会社・長野日赤病院を参加団体として動員した他、白昼の訓練現場に偶然居合わせた多数の市民を「現場への立ち入り規制」を受けるエキストラへと仕立て上げた。そして迷彩軍服の往来する駅で、尋常ならざる何事かが行われている様子に遭遇しておののく市民に対して「テロ対策」の一言を放つことで、訓練はひとまず了解され、訓練自体に対して感じたはずの不安感は国家が名指すところの「テロ」に対する不安感へと横滑りする。滑った先にあるのは体制との一体感であり、そこで得られる安全の選択条件として身体化された服従である。すなわち「訓練」は実質的に、自衛隊を主演としたデモンストレーションと呼べるものであり、それ自体が統合のイデオロギー装置であった。
この訓練を「NBCテロ事案対応訓練」として立案した県警警備二課は当初、参加機関に対して『市町村が国民保護計画の策定を進めているこの時機に、一朝有事の場合の住民等の被害を最小限に抑えるため』と説明しており、この訓練が「防災」ですらない有事動員体制整備の一環であることを露にした。その位置づけの下、参加機関に対して実施前日までの情報秘匿を徹底指示した長野県警にとって「一朝有事の際」に向けた訓練とは、6・8当日のみならず、その準備過程全般を指すに違いない。すなわち「一朝有事の際」いかに市民や他の機関を動員し得るか、いかに施設を容易に占有しうるか、そしていかに情報を制御し得るか……今回の全行程が国民保護体制を先取りした訓練であり実験であり、既成事実づくりであるのだろう。こうして有事体制は訓練によって日常に侵食し、訓練の準備過程を通じて動員体制を日常化する。
10年前、長野県は冬季オリンピックに向けた過程で、こうした動員の下地を作り上げる大きな契機を得た。外国人を「国際交流」に相応しい外国人とそうでない外国人とに振り分け、関連施設建設に従事した就労外国人を施設完成とともに一斉排斥する「ホワイトスノー作戦」が猛威を振るった。自警団が組織されて「不審者」を狩り、職場・学校ではボランティア推進と競技観戦動員の為の措置が取られ、各所で「これを機に」と「日の丸」掲揚が強行された。その「日の丸」の下で「感動」の共有が強いられ、オリンピックと日本選手団を応援しない者は公然と「非国民」と呼ばれた。長野県においてそれらの作風の多くはオリンピック終了後も日常化し、その後の県議会議場への「日の丸」掲揚、「生活安全条例」の制定、そして「テロ対応訓練」への動員など、国家との一体化を民衆に促すあらゆる政策に、この経験が作用している。
このことを考えたならば、各地で繰り返される「防災・対テロ・国民保護」訓練に対する批判とは、必ずしも自衛隊や米軍の際立った形の出動に対するものに限られるべきではない。繰り返される動員自体がさらなる動員の為の統合装置と看做す視座を持ち、軍事色の薄いものも含め「不安」や「恐怖」そして「感動」をテコに、各地で多様に展開される動員体制に対し、ひとつひとつ抵抗していく言葉と行動が、今、求められるのだろう。
初出:9・1防災訓練監視行動報告集
http://blogs.yahoo.co.jp/hi_kyouryoku/17786978.html
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