母ちゃんの闘病記

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月曜日からです。

日程が決まりました。
月曜から抗がん剤治療が始まります。
その際は病室も移るようです。
お見舞いに病院へ行き、母の部屋のフロアでエレベーターを降りた矢先、
誰かが私の肩をチョン!と触ったので後ろを振り返ってんですが、誰もいない。
横を見ると笑ってる母が居ました。
私が行くと伝えてあったので前で待ち構えてたらしいです。
それにしても、、、もともとお茶目なとこはありますがそんな事をされたのは生まれて始めてかも?
ちょっと嬉しかったです。

一緒に病室に行きお喋りを散々してきました。不安のせいかテンション高かった気がします。
母が夕食をとる横で私もジュースを飲みながら話しつつ、髪型が綺麗になってたので言おうとしたら
「お母さん、美容院に行ってきたの」
え?病院の中にそんなのあったかな、、、と考えていたら母は続けて
行き付けの美容院の人がお見舞いに来たこと、ドクターの許可を得てパーマをかけてきた事を話し出したんです。
びっくりです!そんなのいいの?って(^^;
美容師さんも母の姿を見てたので「いや、絶対に嘘。許可でるはずない」
と言ったらしいんですがドクターは大丈夫だから一筆書いてあげてもいいよ、と言ったそうです。
母は髪の量が多いので早くさっぱりしたかったらしく、父に内緒で地元まで電車で帰ったらしいんです。
でも、その電車が偶然、前の電車の事故で止まってしまい1時間以上トラップされてたとか。
まったく、その道中で何かあったらどうするんでしょうね?笑いながら話すんですよ。
薄着で行ったから寒くなり駅についてまっすぐ上着を買いに行ったとか。
更に笑ったのは、その後お見舞いに来た父は母の頭に何も気づかなかったそうです。
男って、、、そんなものなんですかね?女は気づいて欲しいのに。

続き。

この日は妙にテンションの高かった母。
いつもは面会時間の終了前から「遅くならないうちに帰りなさい」と言ってたんですが
私が時計を気にしてもお喋りがとまらないんです(^^;
他に同室には4人入ってたので私も内心ひやひやしてたんですけど。
まだ聞いたことのない昔話などが出てきたので私も話したいけど、、、周りの目もあるし、、、
一段落したのは面会終了から30分過ぎてました。本当はもっと一緒に居てあげたかったけど
思い切って帰る事にして他の患者さんにお辞儀して出て来ました。
帰りは駅までバスなんですが、ちょうどバス停が病室から見える目の前にあるので
そこから部屋を見上げてみました。閉まってたカーテンが少し開いたので「母かな?」
と思い自分の携帯をかざして振ってみました。距離がちょっと遠くて見えてるか不明でしたけど。
バスが到着して乗り込んだらカーテンも閉まりました。
前を通り過ぎるとき、、、とても切なくなって目に涙が滲んでました。

駅に着いて切符を買っていると携帯に母からの電話が。
雨が降ってたので無事に着いたか心配だったらしいです。
そこで「さっき携帯振ったんだけどわかった?」
母からそう言われてびっくりしました。私と同じことをしてたんです。
残念ながら私も気づかなかったんですけどね。
そしてまた「大丈夫かしらね、、、」と不安げな言葉をぽろり。
抗がん剤治療前に体力つけなくちゃ!と毎日階段の昇り降り、野菜ジュース飲んだり
(間違えてフルーツジュースを買ってしまい飲んだら血糖値がドン!と上がってショゲてましたが)
色々と頑張りながらも基本的には不安でいっぱいなんですよね。
「もうそんなに生きられないね」なんてかなり弱気なことを言ってるので
「あんなバカ亭主の面倒見てこれた人がそんな簡単に死ねるわけないでしょ!」
と一喝しました。はい、うちの父は本当にとんでもない人なんです。私ならとっくに離婚してました。
なのに母はずっと耐えて経済的にも家庭を支えてきたんです。
「バカなんて血のつながってる人が言っていいの?」
そう笑いながら言う母のフォローにも「血がつながってない方が良かったわ」と返すほどです。
だからこそ母にはもっと長生きして欲しいんです。
もしもの時の為に父に色々と今後の事を頼んであるようです。余計に心配です、、、

もうすぐ

抗がん剤治療が始まります。
母もそろそろ覚悟ができてきたようです。
私も一緒に闘うつもりで頑張ります!
そんな矢先に恐ろしいニュースを見て愕然です。
未承認の薬を抗がん剤として売りさばいてたトンでもない人達がいます。
購入した人たちには末期癌が多かったらしいです。
信じて使って、、、良くなるどころか命を失ってしまった人達の事を考えると辛いです。
人の命を何だと思ってるんでしょうか?
重く罰して欲しいです。

http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/071025/tky0710250359002-n1.htm

先生のお話。

その後、母の病室は入院患者さんが入れ替わってました。
はじめは一人だったのが今は三人です。前回いたお二人は退院されてました。
先日メールで「お仲間が増えました」と嬉しそうでした。
そのうちの一人は同じ町から来てるようで更に喜んでるようです。
タコ焼き以上に腫れてたホッペもかなり落ち着いて来ました。
ただ、、、首の傷跡が痛々しいです。食事もまだ流動食だけ。
今までの点滴式ではなくなったので楽なのでしょうが、
お盆にのった食事は重湯、スープ、野菜ジュース、栄養ドリンク、、、

ドクターのお話は父と兄がお昼から聞きに行ってました。
私は仕事があったので早退しても間に合いませんでした。
退院かな?という話は全くなく、病状と今後の治療の話だったそうです。
そして残念なことに、摘出した部分からは良くない結果が出てしまいました。
これからの治療で多少強い薬を使うらしいです。
それは本人も聞いてるらしく、とても不安そうです。
特に母の母親(私の祖母)も母の兄も癌で亡くなってるからでしょう。
以前、祖母のお見舞いに行ったときも数分病室に居るだけ辛いものでした。
薬の副作用は想像を絶します。だから母も
「これからは食事も戻しちゃうんだね、吐いちゃうんだよね」
と心細そうにポツリ。私は
「何言ってんの、お母さんなら大丈夫に決まってるでしょ!」
と少しそっけないような言い方をしてしまいました。一緒に落ち込んでられないですし。

食事を終えた母がうがいをしようと薬を探してたんですが、見つからない。
兄に冷蔵庫に閉まって欲しいと頼んでたらしいんですが。
私がふと上の冷凍庫をあけ、、「これじゃないの?」と母に見せると絶句。
うがい薬のボトルが横たわっていて、中身は凍ってしまってましたから。
二人で苦笑です。これでうがい出来るの?と。看護師さんに聞いたら中身は問題ないようでしたけど。
とりあえず流れ出る分をコップに出してうがいしてました。
また兄に「うがい薬凍ってたよ」とメールをすると「それ、お父さんだよ」という返信。
なんという家族なんでしょうね(^^;

時々、手術の時のことを思い出します。
途中経過をドクターから聞いた時は目に涙が溢れてきて堪えるのに必死でした。
思った以上に癌細胞が見つかる兆候がありそうだと言われてたからです。
それで予定以上に大きく摘出されました。もしかしたら口の痺れが残るかもしれないとも。
家族や親戚の前で泣くわけにもいかず、かなり辛かったです。
とにかく薬は普通の生活に支障がない程度のものであって欲しい。
何とか癌細胞がなくなって欲しい、今はそう願うばかりです。

また召集が。

手術をしてから早くも2週間が過ぎました。
まだ母の顔は腫れてるんですが、何だか可愛い。こんな事言ったら怒られそうだけど。
携帯も使えるので時々メールが入ってきます。
先日、6人部屋に二人仲間が増えたときも嬉しそうなのが文面で分かりました。
ただ、、、家族写真を見て私の事を「これで結婚しないのはプライドが高いんじゃない?」
と言われたそうで(^^;それは余計なんですが、、、ただご縁がないだけですよ〜
そんな事を言われたらお見舞いに行きにくいなぁ、と思いつつも先日行きました。
軽くご挨拶をして母と話した後に食堂でお腹を満たして戻ってくると、、、
「女優さんみたいに綺麗なお嬢さんねって言ってたよ」
ですって(笑)それは余りにも言いすぎ!でも母はとっても嬉しいらしくニコニコしてるんです。
「だめだよ〜そんなに喜んでちゃ。話は半分以下くらいに聞いておくのよ」
そう言っておきましたが本人は既に天狗でした。たまにはそんな誤解があってもいいんですかね。
誰か喜んでくれる人がいるなら、、、

母は手術が口の周りだけなので普段は自由に動けます。
洗濯も自分でできるようで、家族は助かってしまいます(^^;
でも食事は栄養満点の液体なので点滴のように鼻から入れてます。
その間は動けないので私が代わりに終わってるはずの洗濯物を乾燥機まで取りに行くと、、、
あら、からっぽ?よく見たらミニタオルが一枚、、、
先に来て帰った兄が洗濯、乾燥をやっていったと言うんですが、、、なんで?
他の洗濯物は下の洗濯機に残ったままでした。病室に戻って談笑した後に兄にメール。
すると「俺はその前の洗物で乾燥を終えてから帰ってきたよ」
という説明で、、、何何?頭が混乱。結局は母の勘違いだったようです。
それにしても、、、乾燥機に一枚のミニタオルを残してしまったのは兄にマチガイナイ!

チューブの食事ですが、私も以前体験があります。やはり口の手術だったので。
その時は料理用のボールのようなものにプリンミクスみたいな液体が入っていて、
自分でチューブを使って吸ってました。
これがあっという間に終わってしまい、いつも空腹に耐えてたんですよね〜
その話をした時、母はとても不安そうだったんですが、あれからかなり年月は過ぎ、
すっかりモノも変わったようです。袋に入った液体はかなり満腹になるようで、
母には二袋がノルマとして渡されたそうですが、一袋で満腹だから半分で良いと看護師さんに言ったとか。
栄養を考えての事なので全部お腹に入れて下さいね、と返られたそうですけどね。
でも次の食事で無理やりお腹にいれたら、、、夜戻しちゃったそうです。その後は一袋に変更。
個人差もあるんでしょうね。

お見舞いに行ってると笑い話も多々あるんですが、今度また家族に呼び出しが掛かりました。
毎回、こういうのはドキドキするので心臓に良くないです(>_<)
ドクターに何て言われるのかな、、、

こんな日記でも、、、

つけてみようかな、と思いました。
滅多に行かない病院に行くと目新しい発見の連続です。
かなり昔に私が入院生活をしたころにはなかったようなもの見つけたり。

母が入院してる病院は大学病院ですが、決して病棟は大きいと言えません。
なので唯一、見舞いに来た人間が寛げる場は食堂。でも狭い(^^;
母の手術当日は長時間のオペだったんですが大勢親戚が来てくれちゃいまして。
居場所がなくて大変でした。手術室に入る前からだから、、、ほぼ12時間位ですね。
家族では「手術当日は丁重にお断りしたほうが良い」という結論がでてたんですが、、、
多分、母親が断り切れなかったようです。それと案外寂しがり屋なので言えない人もいたのかも。
心なしか来てくれた人たちを見て安心してるような横顔でした。
いざ母が手術室に運ばれると、、、残された私たちはさてどうしたものか(^^;
幸運にも6人部屋にはお昼に退院する人が居ただけで他のベッドは空いてました。
もしも満員だったら病室にすら居られない状態でしたね。
オペの合間にドクターの報告があったりもしましたが、ほぼ半日、親族一同でボーっとしてました。
これって何か方法ないんですかね、病院側で考えて貰えると助かるんですけど。

日もどっぷり落ちてからやっと看護婦さんから終了の報告。
まだ殆ど意識のない母は集中治療室に運ばれてました。ポロっときました。
無理に起こすこともしたくなかったので私はそっと脇から見てその日は帰りました。
それにしても、、、面会時間を過ぎた病棟はあまりにも寂しいです。真っ暗、、、

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