師走に入り、世間が忙しくなると、私のいる業界も忙しくなる。御用納めが過ぎても、元日までびっしり入っている予定の仕事をこなすのが精いっぱいな年末年始でした。
さて、更新をさぼっていた言い訳はこんなところで終わりにして…
私的に恒例の忘年会が、暮れも押し迫った30日にあり、30年来の仲間と一緒にまさに、いやな一年を忘れ去るように羽目をはずしました。
店を借り切ってのカラオケパーティーですから、選曲は何でもあり、結構その人となりがわかります、趣味の悪さやKYとかね。私は無謀にも、一青窈さんの「ハナミズキ」を選曲、わたしゃチャレンジャー!!
一緒にバンドを組んだことはないが、音楽友達のK君
「あぁ、いい曲、大好きなんだ。」
それならと、マイクを差し出すと、
「泣いちゃいそうでさぁ、歌えないよ」
彼は手話を覚えるくらいこの曲を愛していた。
百年続きますように
何故、百年であり、永遠(とわ)ではないのか? K君とこの詩について語り合った。
まあ、酔っ払いの戯言ですが…
百年も永遠も、かなわぬ願いであることには違いないが、せめて生きている間だけでもって切ない思いを伝えるためには、こう言う言い方になるよね。
永遠(とわ)に続きますように
これじゃ、昭和の歌謡曲(演歌)になっちゃう。
「島唄」の八千代の別れだって、二度と会えないじゃ こんなにみんなが愛さない。
あえて使わない表現があるということで、私が敬愛する 種ともこ さんの名曲
KI・RE・I
その昔、あるサイトで、この曲の
星たち涙で倍になる
って表現を、理屈っぽいとか何茶らと批判して、ほら僕はこんなに理解しているんだと言わんばかりの文章を読んだことがあった。先に自分の意見を書き残した人に対して、後から言うのはちょいと卑怯な気がしますが、私は種さんがここで、
星たち涙で滲んでる
とは絶対に言いたくなかったんだと思う。
一人で泣いていることは事実でも、知られたくない、そんな気持ちでしょう。あえて倍になると表現した気持ちを察せられないのかな?
別れを告げたカレが部屋を出ていくという設定だけなら、松任谷由実さんの「SUGAR TOWNはさよならの町」 って曲があって、年に1回か2回の雪が積もる日とか、チェーンを巻くのを手伝うとか、深い悲しみを表に出さない主人公は、抜群にかっこいいのです。
KI・RE・Iにおいて主人公は、たぶんティッシュの箱を抱えて泣いているだろうし、未練もあって部屋を飛び出しちゃう。種さん自身の作品で後々 映画の主人公ではない という一節があるけど、ある意味、ユーミンの世界とは、対極をなしているといえよう。
松任谷由実さんが、主人公が物語のような理想的な世界を演じることによって、多くの人に夢や希望を与えるのに対して、種さんは、この作品の中で主人公に対して、
恋をしてなきゃ見れなかった
と、成長を与えている。この主人公は、今はボロボロだけど、絶対に立ち直れると、誰もが思う、種さんが照れてめったに言いそうにない「やさしい世界」だと思います。
種さんのこの曲は、種さん以外には歌ってほしくないですね。
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