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ボーボーキューを飲んだ後は、
ベルリン名物の二階建てバス100番に乗って、大聖堂前まで。
大聖堂の真後ろ、
シュプレー川沿いに入口がある、
「DDRミュージアム」。
DDR=旧東ドイツ
ここでは旧東時代の歴史から市民の生活が、
実際に手で触ってみることが出来ます。
くしくもこの日、次の日が8月13日で、
「ベルリンの壁建設から50周年」
という記念すべき日の一日前だったので、
壁関係&ドイツ統一関係の施設はものすごい人だかり。
ボーボーキューに続き、ここでも入場に少し並びました。
壁にいろんな引き出しがあり、
開けると説明が書いてあったり、
その頃のDDRの生産品などが入っていたり、
なかなかおもしろいつくりになっております。
こちら、DDRの居間。
なんだか懐かしい感じがする・・・。
ふむ、Bさんの実家もこんな色合い
(クリーム&茶&オレンジ)じゃないかい?
これってDDRというより、
典型的70年代の家具って感じ?
キッチン。
なんかここでも懐かしい感じのお鍋やら、
やかんが・・・。
留学生時代、
旧DDRのワイマールの学生寮のキッチン、
正にこんな感じでございました。
懐かしい!
DDR市民の旅行がテーマのコーナー。
←こんなスーツケース、Bさんの実家にもある。
(↑しつこいけれど、Bさん実家は西ドイツだったけどね・・・)
←注目すべきはこのアトラス(地図)。
東ドイツから車で旅行に行ってよかったのは、
ブルガリア、ルーマニア、チェコスロバキア、ソ連、
ポーランド、ハンガリー・・・きっとそれ以外の国は
国境を境に「白地図」だったんだろうな。
そしてこちら・・・。
政治犯の刑務所の独房の扉です。
すんごい、頑丈です。
真ん中の小窓
(たぶんご飯がここからさし出されたのでしょう)
は鋼鉄製で、開けてみると幅20cmぐらいありました。
独房のベッドに座ってみた、私。
この横に当時の「取調室」の復元があったのですが、
ここに座って頭を抱え込んで微動だにしない女性が・・・。
周りにもいっぱい観光客が居たのですが、
みんな近寄りがたい彼女のオーラに圧倒され、
そぉーっとその場を後にしていました・・・・。
ちょっと怖い・・・
彼女、過去に何かあったのですかね・・・?
東西分裂で家族になにか不幸が・・・・?
私は今住んでいるこのドイツという国が分断されていた時代のDDRにものすごく興味があります。
同じ民族でも壁一つで東西に分かれて、家族でも会えない、
他の国にも出れない・・・どんな感じだったんでしょう?
師匠は壁崩壊前に留学してきて、何度かDDR時代のベルリンに行ったそうですが、
あの国境検査で通るチェックポイントの雰囲気は今でも忘れられないと言います。
この「壁50周年」に際して、未だに高い失業率に悩む旧東地区。
東の政党、LINKEは「また壁を作ったら市民生活が楽になる・・・」なんて言ってるようですが。
こうなってくると共産主義と資本主義、どちらが良いとは一概には言えませんね。
「人類皆兄弟」なんてやっぱり夢のまた夢なんですかね?
そんなことを考えさせられる「DDRミュージアム」、とっても印象に残りました。
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興味深いミュージアムだね。こういうのはずっと残してほしいね。
ほんとに人類みな兄弟というのは、夢なんだろか?
・・・取調室の女性、人形かと思ったんだけど・・・(爆)。
それを撮影したのも、ようやった(~_~;)。
2011/8/16(火) 午後 11:15 [ mik*_m*k*_poo ]
私も人形だとばっかり思ってました。人間だったんですか?こわい〜(^_^;)
2011/8/16(火) 午後 11:20 [ あか ]
ワイマール時代のチェロのmarkusの嫁の東のチェコに近いど田舎な実家によく行って、その家族や親戚にDDR時代の話とかよく聞いたりUrlaubの八ミリとか見せてもらったけど、私達が思ってるよりはそこまで酷くないというか、明るく話してくれたのが印象的かも。ワイマールの東の先生たちもそんな感じじゃなかった?まぁ、でもそれはそこそこの生活をしてる人だからかな…なんて思ったり。
しかしMerketal懐かしい!!
2011/8/17(水) 午前 2:52 [ kao**eren ]
ベルリン出身のドイツ人の知り合いの人の子供時代の話聞いてたら不思議でしたー。ロシア語を学校で習ったり、同じドイツなのに子供は西ドイツ側の親戚の家に行けなかったりしたそうです。帰ってこなくなるからとか。
もう歴史になってしまってますけど、こういう場所はずっと残してほしいですね。
2011/8/17(水) 午後 0:25
アルペン55さん、
今の時代、壁作ったからって何もかも閉鎖できるとは思えませんけどね。今の自由さ便利さそのままで、DDR時代の失業率0%、全然仕事しなくても行って事務所に座ってリャOK・・・みたいなのが実現すると思ったら、そうは問屋が卸しませんからね。
働かざるもの食うべからず。
2011/8/17(水) 午後 6:37 [ naochan ]
いぬっちょさん、
そぉ〜っと近づいて、撮影に成功!
ほんまにちょっと怖かった・・・。
みんな「トラビ乗車体験」に並んでたけど、
ワイマールのベルヴェデ−レの入口にいつも停まってたよね。
ええっと・・あの先生、なんていう名前だっけ?
何回か街まで便乗させてもらったわ。
2011/8/17(水) 午後 6:42 [ naochan ]
あかさん、
外国人観光客も多いけど、中にはDDR人だった人も来ていて、
「これ、こんなん違うかったで・・」とか言いながら、
密かに突っ込みいれたりしてる人もいました(爆)。
このおばちゃんは、マジで怖かったです。
2011/8/17(水) 午後 6:46 [ naochan ]
カオーティさま、
そうなんだよね。
旧東の出身の人と話していると、
悪いことばっかじゃなかったって言う人が多い。
おかんもそうだったし・・ま、でもある程度の地位に居た人だからっていうのは、きっとあると思う。
メルケタール、また行って見たいねっ!!
2011/8/17(水) 午後 7:48 [ naochan ]
Hiromiさん、
家族を東に残して行かないと、西には出られなかったんですよね。
今からは想像もつきませんけど。
こういうところで「壁を知らない子供たち」にも
自国の歴史を忘れないように伝えていって欲しいと思います。
2011/8/17(水) 午後 8:24 [ naochan ]
ものすごいスピードでベルリンは変わっているのだと思いますが、その双方を目の当たりにしたnaochanさんの驚きは、私たちがパネルや資料で見るよりもはるかに大きいでしょうね〜。
ドイツ国内でも徐々にこの当時を知らない世代が主になっていきますが、やはり資料として残しておかないといけないですね。
2011/8/18(木) 午後 11:35
Mmt0731さん、
14年前はまだ「東ベルリンは一人で行ったら怖い」・・というイメージがあったのですが、今や西のクーダムなんかよりもっとすごい人で、繁華街も「眠らない街、東ベルリン」になっちゃってます。
この変貌ぶりにはもう、びっくりデス!
激動の歴史、長く後世に伝えていって欲しいですね。
2011/8/19(金) 午後 5:32 [ naochan ]