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Bさんにくっついてケルンへ行ってきました。
今回は視点を変えて、
中央駅側から撮った大聖堂。
ほんま、ハンパない大きさです。
普段なら大都会に来たら必ずお買い物〜〜!
に走るところですが、この日は日曜日。
Bさんが用事を済ませている間2時間、
仕方なく・・・・大聖堂へ。
観光客でごった返しています。
聞こえてくる言語、
①ロシア語
②英語
③中国語
・・・その次がやっとドイツ語って感じですかね。
ステンドグラスもどれを見てもハンパない、すごさ。
前日に「パルジファル」の初日で、
この一週間毎日舞台上でカトリックな舞台装置と人物を
くさるほど見ていたので、
本物の風格は違うなぁ・・・と再確認。
舞台上のハリボテとはかなり違う(当たり前!)。
一回りして他にすることがないので、
この機会に大聖堂の「宝物館」(有料)
にでも入ってみようかと入口へ・・・・・即、引き返す。
・・・・入場料5ユーロ。たっ・・・高い(汗)。
5ユーロあったらケルシュ(ケルンビール)が3杯飲める。
Bさんと合流して、ホテルにチェックイン。
疲れて寝てしまいそうなので、そのまま無理矢理出かけ、
・・・と言っても買い物は出来ないし、お天気もあまりよくないので、
ホテル近くのガッフェルのケルシュを置いている「サッカー居酒屋」へ。
バイエルン・ミュンヘンVSシャルケを観た後、ドルトムントVSハノーファーの前半戦まで観て、
(わざわざケルンまで来て、やっぱりサッカーを観ている・・・ヘンな二人。)
予約していたPeters Brauhaus(ペータース醸造所)のレストランへ。
ここは以前、Bさんが一人でケルンに来たとき入って、料理が美味しかったので、
前回二人できた時に入ろうと思っていたのですが・・・・場所を覚えるのが苦手なBさん、
(私はホテル探しで事前に地図をよく見るので大体の街の概要が頭に入っているけれど、
彼はまったくの白地図でケルン入りしているため・・・)
しかも名前もうろ覚え・・・「確か・・Pe・・ぺが付く名前だったと思う。」(汗)
そんこんなで、前回は迷いに迷ってPe・・の付く「ぺフゲン」(?!)に入ってしまったので、リベンジ!!
この風格のあるたたずまい。
でもケルシュはマイルドで、
私達はどちらかというと
ガッフェルの酸味が利いたほうが好み。
前菜の「サーモンの・・・なんちゃら(?!)」
Schlachtplatte
いろんな豚肉と血のソーセージ
びーる醸造所レストランの定番料理。
ザウアークラウトとマッシュポテト
豚ヒレの鉄板焼きとコロッケ、温野菜、キノコ。
ケルシュもたらふく飲んで、
やっとPetersを満喫できました!
皆さんもケルンにお越しの際は是非、
お勧めです
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旅行
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今シーズン始まってから、先週、Bさん実家に行ってきた以外は、
旅行、遠足など・・リフレッシュするような活動とは無縁だった私達。
別々の劇場で働いているので忙しい時期、暇な時期が微妙にズレ、
どちらかが働いている休日=「家でゴロゴロ&家事を片付ける」で終わってしまいがちです(泣)。
この半年、そういう感じで過ぎて行っちゃいました。
発端はこないだBさんが放った
「2月のカーニバルの休暇、安い飛行機が取れたらベルリンに行ってこようかな・・」との一言。
そう、州が違うのでBさんの職場は2月のカーニバルにも1週間休暇があります。
(そのかわり夏休みは5週間、私は6週間。)
そのころ疲れていたというのもありますが、それを聞いてなんか無性に腹が立ち・・・・
というのも、Bさんは三度の飯よりもチューバが大好き、とにかく練習の鬼なので、
仕事がなくても毎日2回、劇場へ行って朝晩きっちり練習します。
たまに休日が重なっても、「明日どうする?」・・「朝晩練習。」という言葉が返ってくる。
心の中では「つまんないな〜」と思いながらも、職業柄、練習は大事だし、
彼の生活リズムを壊してはならないとかなり気を使ってきました。
なのに〜〜〜〜〜!!
ベルリンへ・・・の一言で、わたくし、堪忍袋の緒が切れました。
「〇#☆!$Щ★ⅶヾ】ж〜〜〜〜〜〜!!」(←罵詈雑言)
メチャクチャ大人気ないとわかっていながらも・・・・。
考えてみれば秋ごろ、Bさんが時間があった時には、
私は仕事以外のコンサートやら「外套」やらで目が三角
自分のことだけで精一杯、たまの休みでも練習やら合わせやら・・・出かけてばっかりでした。
その間Bさんはおうちでご飯を作って待っていてくれたのです。
・・・でもぉ〜〜〜〜やっぱりちょっとは、リフレッシュ!遠足!したいじゃないですか、ねぇ?
(めっちゃ、自己中・・・まるで、子供です
その時は結局「時間が合わなかったから仕方ないということね。
・・・・とふてくされて、議論は終わったのですが、後日、大分経ってからBさんが
「1月の末、ルール地方に行く予定を月曜日にしてもらったから、日曜からデュッセルドルフに一泊しようか?」
「
やっぱり気にしてたんや・・・・フフフ、かわいい奴め。
というわけで久々のリトルジャパン1泊旅行、決定〜〜〜〜!!
デュッセルドルフといえば、
いわずと知れた和食「やばせ」。
大将のお勧め「刺身盛り」
大根、食われちゃったあとの
「ブリ大根」。
なんといっても極め付きは
「特選すし盛り合わせ」!!!
この日はうにもありました
私は全然興味ないんですけど、
この中トロ、Bさん曰く
「言葉にならない・・・」程のネタの良さ
追加で頼んだ一品すし。
〆は「鍋焼きうどん」。
日曜の夜、もちろん予約して行きましたけど、
早く着いて外は雨、寒かったので電話して時間を18時に早めてもらいました。
18時開店だったんですけど、18時ジャスト、開店と同時に3組どどっと入り、30分もしないうちに満席。
すごい人気です。
決してお安いわけではないのですが・・・クオリティーの高さはやはり皆わかるんですね。
ほんと、夢のような時間でした・・・・・。
次の日、
朝から日本食スーパーで買いだめ。
Bさんがいない間、
一人でゆっくり日本書店をまわり、
あんぱん、食パンを買い込み、
最後はラーメンです。
「匠」で味噌ラーメンと・・・
・・から揚げのセット。
お昼はお茶飲み放題、
白飯もおかわりし放題。
これで12.80ユーロ。
ま・・・安くはないですけど。
やっぱり人間、たまにはリフレッシュしないとね。
美味しいもの食べて日本食材買い込んで、余は満足じゃ
ま・・・来月ベルリンに行かせてもらえるかは、
これからの心がけ次第だね、Bさん。(←悪魔
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ベルリン記事、しつこくってすいません・・・
もうこれで!終わりにしますから、もう少々お付き合いください。
こちら、師匠宅の愛犬、ラッキーちゃんです。
すんごいおとなしくて、いい子です。
なかなか散歩に連れて行ってもらえなくても、
じーっと待っています。
私がひっくり返したり、こね回したり、
グリグリしても全然怒りません。
(↑か、かわいそうに・・・
普段はこんな風にベターっと寝てたりします。
お気に入りのボールがあって、
投げると取って来てくれますが、
口にくわえたまま二度と放してはくれないので、それ以上遊びが発展することは
絶対にありません・・・(汗)。
そんな、
おだやかながらもガンコなラッキー。
飼い主に似るんですねぇ・・・・師匠??
この視線がラブリー
さらにおまけです。最後の日に食べに行ったタイ料理。
「鴨の揚げたの」
向こうは「海老」。
みんなですごく悩んだ挙句、
たのんだものが来て見たら、
3つともよく似たソースの味でした(爆)!
でも美味しかった!
やっぱり大都市は何においても選択肢がいっぱいあって、競争が激しいから
お値段もそんなに高くない。
(・・・っていうか、ずっとご馳走になりっぱなしでしたが・・・すんません、師匠。)
でも外食に関しては、ザールブリュッケンほうが断然高い!!
(普段あんまり行かないけどね・・)
あぁ、夏休みもあと2日・・・・ここに来て、結構夏らしいいいお天気が続くドイツです
意味ねぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!!くそっ。
仕方ないのでテラスのチーク材のテーブル&椅子にオイルを塗る作業を昨日からしています。
あ〜腰、痛て
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ベルリン3日目は再開発地区の中心、
ポツダマー広場へ。
ソニーセンターのテント屋根は、
コンピューター制御されていて、
天候に応じて自動的に開閉するらしい。
今は「ソニーセンター」という名前は残っているけど、
経営者は韓国企業に代わったんだって・・・・。
ユダヤ人犠牲者記念碑
これってブランデンブルグ門からすぐ、
有名なホテル「アドラー」の真裏、
今やベルリンの超一等地に
こんな広大な敷地を使って、
2711本のコンクリートブロックが・・・・。
もちろん、ここに立つとなんだか、
妙な圧迫感はある・・・・・けれど、
これで犠牲者の方々の魂が救われるのかどうかは、疑問。
(あくまで、私の個人的な感想です。)・・・
ポツダマー広場の高層ビル群。
この辺、14年前は更地
師匠曰く、この一角に今はふつーに溶け込んでいる、
ベルリンフィルハーモニーの建物ですが、
(ソニーセンターの隣にあります)
建設時(1963年)、西側では、
「なんでこんな国境の壁すれすれに建てるのか!」
と文句も出ていたけれど・・・
40年以上経って、
今やここは世界の最先端、文化の中心。
東西統一を見越していたんですね・・・・すごいわ、ドイツ人。
歩道を歩いていたら、
「ここが壁でした」
の表示が。
左が西で、右が東でした。
普通の歩道、
ちょっと気をつけてないとわからないぐらいの
・・・こういうさりげなさが好き。
よくみると、
車道を横断してずーっとこの石畳2列の、
壁跡の印が続いていました。
東西分断という数奇な歴史を持った街、ベルリン。
他のドイツの街を訪れるのとはまったく違う、古いような新しいような、経験したことがない未知の感覚。
深い歴史の渦に自分も巻き込まれてゆくような不思議な、魅力的な街です
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ボーボーキューを飲んだ後は、
ベルリン名物の二階建てバス100番に乗って、大聖堂前まで。
大聖堂の真後ろ、
シュプレー川沿いに入口がある、
「DDRミュージアム」。
DDR=旧東ドイツ
ここでは旧東時代の歴史から市民の生活が、
実際に手で触ってみることが出来ます。
くしくもこの日、次の日が8月13日で、
「ベルリンの壁建設から50周年」
という記念すべき日の一日前だったので、
壁関係&ドイツ統一関係の施設はものすごい人だかり。
ボーボーキューに続き、ここでも入場に少し並びました。
壁にいろんな引き出しがあり、
開けると説明が書いてあったり、
その頃のDDRの生産品などが入っていたり、
なかなかおもしろいつくりになっております。
こちら、DDRの居間。
なんだか懐かしい感じがする・・・。
ふむ、Bさんの実家もこんな色合い
(クリーム&茶&オレンジ)じゃないかい?
これってDDRというより、
典型的70年代の家具って感じ?
キッチン。
なんかここでも懐かしい感じのお鍋やら、
やかんが・・・。
留学生時代、
旧DDRのワイマールの学生寮のキッチン、
正にこんな感じでございました。
懐かしい!
DDR市民の旅行がテーマのコーナー。
←こんなスーツケース、Bさんの実家にもある。
(↑しつこいけれど、Bさん実家は西ドイツだったけどね・・・)
←注目すべきはこのアトラス(地図)。
東ドイツから車で旅行に行ってよかったのは、
ブルガリア、ルーマニア、チェコスロバキア、ソ連、
ポーランド、ハンガリー・・・きっとそれ以外の国は
国境を境に「白地図」だったんだろうな。
そしてこちら・・・。
政治犯の刑務所の独房の扉です。
すんごい、頑丈です。
真ん中の小窓
(たぶんご飯がここからさし出されたのでしょう)
は鋼鉄製で、開けてみると幅20cmぐらいありました。
独房のベッドに座ってみた、私。
この横に当時の「取調室」の復元があったのですが、
ここに座って頭を抱え込んで微動だにしない女性が・・・。
周りにもいっぱい観光客が居たのですが、
みんな近寄りがたい彼女のオーラに圧倒され、
そぉーっとその場を後にしていました・・・・。
ちょっと怖い・・・
彼女、過去に何かあったのですかね・・・?
東西分裂で家族になにか不幸が・・・・?
私は今住んでいるこのドイツという国が分断されていた時代のDDRにものすごく興味があります。
同じ民族でも壁一つで東西に分かれて、家族でも会えない、
他の国にも出れない・・・どんな感じだったんでしょう?
師匠は壁崩壊前に留学してきて、何度かDDR時代のベルリンに行ったそうですが、
あの国境検査で通るチェックポイントの雰囲気は今でも忘れられないと言います。
この「壁50周年」に際して、未だに高い失業率に悩む旧東地区。
東の政党、LINKEは「また壁を作ったら市民生活が楽になる・・・」なんて言ってるようですが。
こうなってくると共産主義と資本主義、どちらが良いとは一概には言えませんね。
「人類皆兄弟」なんてやっぱり夢のまた夢なんですかね?
そんなことを考えさせられる「DDRミュージアム」、とっても印象に残りました。
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