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坂東三十三観音札所

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坂東三十三観音札所訪問記です。
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北関東へ


相模から始まり、武蔵、上野と巡礼し札所は下野へと入ります
下野の4ヶ寺はすでに回っていますのでこちらから・・・


そして次は常陸国へ向かいます

常陸といえば「八溝知らずの偽坂東」と言われているのが二十一番札所
山を越えたらそこは福島県です
同じ県内とはいえ、やはり遠い・・・結局参拝したのはこの巡礼の最後の
方になってしまいました

その時の記事はこちら
伊香保・水沢



平成19年6月13日
十五番の白岩観音参拝の後、箕郷を抜けて上野田の交差点を
左に曲がり山を登っていくと水沢です
まわりには有名な水沢うどんの店が建ち並びまさに観光地です

山門に続く石段を通り過ぎしばらくすると駐車場があります
ここに停めると、ほとんど段差なくお参りが出来るので
年配の方には楽ですね

階段を上がると山門です
イメージ 1

この寺も三つ葉葵の紋所ですね
イメージ 2

こちらは駐車場からの入り口です
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鐘楼です
イメージ 4

この鐘は昭和50年に完成した「大和の鐘:たいわのかね」

六角堂です
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六角堂は、内部に回転する六地蔵尊を安置する、地蔵信仰の代表的建築物
地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間界、天人界の六道を守る地蔵尊を
祀り、六道輪廻の相を表していると言われます
この建物は天明七年に竣工されたものです

イメージ 6

イメージ 7

本堂も六角堂と同じく天明七年の竣工。彫刻はすべて掘り抜きになっています

山号の五徳山は、水の五つの徳をたたえたもので、五徳とは一、“常に己れの進路を求めてやまざるは水なり”居着いても止まることなく自分の進路に向かって進みなさい。二、“自ら活動しで他を動かすは水なり”自分から進んで動きなさい。三、“盛害に逢ってその勢力を倍加するのは水なり”障害にぶつかればぶつかった時以上のカをつけて進みなさい。四、“自ら潔くして他の汚濁を洗い而して、清濁併せいるは水なり”怠けないで悪い人も良い人も一緒に連れて行きなさい。五、洋々として大海を充し、発しては雲となり雨と変じ凍っては玲瑞たる氷雪と化して、其の性を失わざるは水なり”長年連れ添った妻を今になってイヤになったというようなことはしてはいけない、の五つで、一切の生命を生かそうとする観音さまのお心から出てきたものだそうです

水澤寺は天台宗
御本尊は千手観世音菩薩。開基は恵灌僧正。
推古天皇の朝、開創。

たのみくる 心も清き 水沢の 深き願いを うるぞうれしき

御朱印
イメージ 8


このあとは渋川・伊香保インターチェンジから関越道、北関東道に乗り
伊勢崎へ。高速を降りて上武道路、R354で館林を抜け古河に帰りました

これで上野国は終わり下野国へと入ります
群馬・榛名



平成19年6月13日
いよいよ上野国を回ります
この日は車で自宅を出て館林、大泉、世良田とひたすらR354を走り高崎に向かいます
ここからR17に入り榛名へ。高崎の街を見下ろしながら登っていくと白岩観音です
イメージ 1


仁王門
イメージ 2

鐘堂
イメージ 3


寺伝によれば延暦・大同(782年〜810年) の頃に伝教大師、弘法大師も来錫し、文徳天皇(八五一)の御代、在原業平が堂宇を修営したという。のちに源義家、新田義貞など武将の信仰もあつかったようです
この長谷寺のある所を「白岩」といい、六ヵ坊の修験が修法していた。新田義貞の挙兵にあたって、この修験者たちが坂東八ヵ国に盛んに檄を伝えたという。また白岩に境を接する里見郷は新田義貞と共に滅亡した里見一族の本拠地であり、のちの楠正成の家臣浜名左衛門義尊が遠江国濱名邑より来たりて諸堂を改修し護った。現山主はその三十九代目にあたるそうです(浜名静海住職)

観音堂
イメージ 4


天文元年(1532年) 上杉憲政が伽藍を整えてから日本三長谷の一つとなった
その後永禄六年(1563年) 武田信玄の箕輪城攻略の兵火で烏有に帰した。そこで武田勝頼が世無道上人に命じ、天正八年(1580年) 再建させたのが現在の観音堂である。唐破風をもつ見事な建築であります

長谷寺は金峯山修験本宗
御本尊は十一面観世音菩薩。開基は役ノ行者
文武天皇朱鳥年中 開創。
誰も皆な 祈る心は 白岩の 初瀬の誓ひ 頼もしきかな

御朱印
イメージ 5


この後は水沢観音に向かいます
今年の6月は飛ばしました・・・





坂東札所も行っていなかった九番、十番、十一番と廻り
すでに廻っていた十二番、十三番、十四番とあわせて
武蔵国は終了

次はやはりまだ廻っていない十五番、十六番と続きます

十二番はこちら
十三番はこちら
十四番はこちら
比企・吉見



平成19年6月8日
十番の巌殿山正法寺を参拝した後、高坂の駅前から東松山を抜け
吉見に入りました
駐車場から山門までの参道には左側に茶店を兼ねた土産物店などがあり厄除け団子を
売っています

安楽寺
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石段を登り仁王門をくぐります
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境内には三重塔もあります
イメージ 3

この三重塔と本堂は源範頼が建立したものですが、460年ほど前の天文年間の松山城
攻防戦で消失してしまったそうです

1661年に建てられた観音堂
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1790年鋳造の阿弥陀如来像「吉見の大仏」
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この寺は桓武天皇の時、奥州征討の坂上田村麻呂が戦勝を祈願、七堂伽藍を建立した
関東東北の地に観音信仰普及の端緒を開いたのは、田村麻呂であったが、ここもその
一霊場である。また天慶三年(940年)平将門叛乱の折、調伏を命ぜられ、百院百壇を設けて修法、効験があったとも伝えている。ともかく平安朝期には関東で有数な寺となっていたことは疑いない
また、平治の乱のあと助命され、この寺の稚子僧として育った源範頼がこの地の領主になってから、その折の報恩にと所領の半分を寄進し、三重塔と大講堂を建立したそうです
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安楽寺は真言宗智山派
御本尊は聖観世音菩薩。開基は坂上田村麻呂。
大同元年(806年)開創。

吉見よと 天の岩戸を 押し開き 大慈大悲の 誓いたのもし

御朱印
イメージ 7


天気予報では昼から雨
幸いまだ陽射しがありましたが、加須から羽生のあたりで真っ暗に曇り
怪しくなってきました
雨の降る前に三か寺を廻れたことは助かりました
誕生日だったからですかね・・・

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